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五月雨の空だに澄める月影に
妖の影③
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部屋に通されると、二人の女房が暁と蒼樹の着物をそれぞれ持ってきてくれた。
蒼樹の着物は水色のもので、対して暁の着物は鮮やかな朱色の物であった。
そして何故か薄緑の着物も用意されている。
暁と蒼樹しかいないのに、なぜ3つも着物があるのかと思って見ていると、部屋を案内してくれた女房が口を開いた。
「こちらが、蒼樹様の御召し物でございます。申し訳ありませんが少し寸法が合わないかもしれませんが…」
「いや、問題ない」
確かに蒼樹は一般男性よりも少し長身であるため、普通の着物だと裾が短いかもしれない。
袴の膨らみも少し狭く見えるだろうが、あとは帰宅だけであることを考えれば問題ない範囲だろう。
次に女房は暁に向かうと、少しだけ困ったような表情を浮かべた。
そしておずおずと口を開きたながら、差し出してきたのは薄緑の着物だった。
「暁様は…その、どちらの着物になされますか?」
「どちら、ですか?」
「えぇ。こちらは狩衣でございます。それで、その…暁様は少々小柄ですので、この狩衣は大きいと思われます。それでこちら…童用なのですが…こちらなら寸法が近いかと…」
そう言って鮮やかな朱色の水干を差し出された。
確かに暁は小柄だ。
さすがに童用のは言い過ぎだろう。
だが確かに大人の男性用の狩衣はぶかぶかなのは否めない。
帯に短したすきに長し。
暁は悩んだ末に、狩衣を選択した。
童用のを選ぶのは矜持が許さない。
「こちらにします」
「そうでございますか。では、なにかございましたらお呼びください」
そう言って女房達は部屋を出て行った。
あとに残されたのは蒼樹と暁だけで、お互い無言なので部屋は静寂に包まれている。
すると徐に蒼樹が着物を脱ごうとして帯を解くと、上掛けの着物を脱いだ。
白い小袖だけの姿になると、その襟元をぐいと開けたのだ。
そして用意された布で体を拭き始めた。
小袖の白からは鍛えられた胸板が露になり、艶やかな髪が濡れて、その逞しい胸に流されるようにかかっている。
蒼樹はそのまま高く結い上げていた髪をほどいた。
長い髪が重力に従うように肩にかかると、それを無造作に拭き上げて最後に前髪をかきあげる。
余りにも色気のあるその姿を見て、暁は「ぎゃぁ」と悲鳴を上げそうになるのをぐっと堪えた。
そして慌てて後ろを振り向いて暁は蒼樹を視界から追いやる。
暁は光義としか暮らしていないし、その光義の裸など見たことがない。
子供の頃は太秦の人里離れた場所でひっそりと住んでいたので、人との交流が殆どなかった。
故に子供のころから男性の裸など見たことがない上、初めて見たのがこの色気を醸し出した男性の裸だ。
これを叫ばずにしていられるだろうか?
心臓がバクバクなり、何か見てはいけないものを見たような気まずさと、猛烈な恥ずかしさを覚えた。
その様子を見た蒼樹が怪訝そうな声を上げる。
「どうした突然。なにか問題でもあるのか?」
「い、いえ…そ、その。あまりじっと見るのもと思いまして」
「別に気にしないがな。それより、お前は着替えないのか?」
「ひゃい!?」
思わず変なところから声が出てしまった。
そうだ。一部屋しかないということは、自分もこの部屋で着替えなくてはならないと言うことだ。
だが、暁は女であることを隠している。ここで着替えるわけにはいかない。
それらしい言い訳を必死に考えるが頭が真っ白になって思い浮かばない。
その時すっと白い影が現れた。玉兎だ。
「暁は幼少時に背中に傷を受けている。それを見られたくないのだ」
「そうなのか?」
「え?あ、はい!そうなんです!!」
『玉兎、ありがとう!』
暁が念話でそう声を掛けると玉兎はこちらを見て小さく笑って答えた。
蒼樹はというと暁の言葉を聞いて、特に顔色を変えるわけでもなく、むしろどうでもいいような表情だった。
「俺は気にしないが。有達といるときは、皆体中傷だらけだったからな。体に傷があるなど普通だ」
「有?」
「あぁ、古い友人だ。よく、共に剣術を学んで、稽古をしていた」
「そうなのですか」
貴族で剣術を身に着ける人間はあまり多くはないが、最近は剣術を身に着けて自衛をする人間も増えているという。
それに蒼樹の友人であるのであれば、神祇官の同僚で蒼樹のように神剣を有している人間なのかもしれない。
そうならば神剣を使えるように剣術を学ばなければならないだろう。
「まぁだから俺は傷など気にはしないが」
「ははは…でも私は気になるので。…あ、なので女房殿にお願いして別の部屋を用意してもらいます」
暁はなるべく蒼樹の体を見ないようにしてそう言うと、そのまま逃げるように部屋を出た。
(ううう…めっちゃ恥ずかしかった)
真っ赤な顔をした暁が部屋を出るとすぐに女房が暁に気づいて声を掛けて来た。
「陰陽師殿。まだお着替えじゃなかったのですか?」
「あ、申し訳ないのですが、もう一部屋お借りできませんか?」
「はぁ。いいですけど。…顔が赤いですが、風邪でもお召しになりましたか?温かい物をお持ちしましょうか?」
「あ、だ、大丈夫です!」
不意に蒼樹の上半身を露わにした色気のある姿を思い出してしまい、顔が再び火照ったように赤くなった。
ぶんぶんと首を振って何とか平静を装う暁の様子に、少しだけ怪訝な顔をした女房だったがそれ以上は突っ込まれることはなかった。
そんなことがありつつも、暁は無事に着物を着換えることが出来た。
蒼樹の着物は水色のもので、対して暁の着物は鮮やかな朱色の物であった。
そして何故か薄緑の着物も用意されている。
暁と蒼樹しかいないのに、なぜ3つも着物があるのかと思って見ていると、部屋を案内してくれた女房が口を開いた。
「こちらが、蒼樹様の御召し物でございます。申し訳ありませんが少し寸法が合わないかもしれませんが…」
「いや、問題ない」
確かに蒼樹は一般男性よりも少し長身であるため、普通の着物だと裾が短いかもしれない。
袴の膨らみも少し狭く見えるだろうが、あとは帰宅だけであることを考えれば問題ない範囲だろう。
次に女房は暁に向かうと、少しだけ困ったような表情を浮かべた。
そしておずおずと口を開きたながら、差し出してきたのは薄緑の着物だった。
「暁様は…その、どちらの着物になされますか?」
「どちら、ですか?」
「えぇ。こちらは狩衣でございます。それで、その…暁様は少々小柄ですので、この狩衣は大きいと思われます。それでこちら…童用なのですが…こちらなら寸法が近いかと…」
そう言って鮮やかな朱色の水干を差し出された。
確かに暁は小柄だ。
さすがに童用のは言い過ぎだろう。
だが確かに大人の男性用の狩衣はぶかぶかなのは否めない。
帯に短したすきに長し。
暁は悩んだ末に、狩衣を選択した。
童用のを選ぶのは矜持が許さない。
「こちらにします」
「そうでございますか。では、なにかございましたらお呼びください」
そう言って女房達は部屋を出て行った。
あとに残されたのは蒼樹と暁だけで、お互い無言なので部屋は静寂に包まれている。
すると徐に蒼樹が着物を脱ごうとして帯を解くと、上掛けの着物を脱いだ。
白い小袖だけの姿になると、その襟元をぐいと開けたのだ。
そして用意された布で体を拭き始めた。
小袖の白からは鍛えられた胸板が露になり、艶やかな髪が濡れて、その逞しい胸に流されるようにかかっている。
蒼樹はそのまま高く結い上げていた髪をほどいた。
長い髪が重力に従うように肩にかかると、それを無造作に拭き上げて最後に前髪をかきあげる。
余りにも色気のあるその姿を見て、暁は「ぎゃぁ」と悲鳴を上げそうになるのをぐっと堪えた。
そして慌てて後ろを振り向いて暁は蒼樹を視界から追いやる。
暁は光義としか暮らしていないし、その光義の裸など見たことがない。
子供の頃は太秦の人里離れた場所でひっそりと住んでいたので、人との交流が殆どなかった。
故に子供のころから男性の裸など見たことがない上、初めて見たのがこの色気を醸し出した男性の裸だ。
これを叫ばずにしていられるだろうか?
心臓がバクバクなり、何か見てはいけないものを見たような気まずさと、猛烈な恥ずかしさを覚えた。
その様子を見た蒼樹が怪訝そうな声を上げる。
「どうした突然。なにか問題でもあるのか?」
「い、いえ…そ、その。あまりじっと見るのもと思いまして」
「別に気にしないがな。それより、お前は着替えないのか?」
「ひゃい!?」
思わず変なところから声が出てしまった。
そうだ。一部屋しかないということは、自分もこの部屋で着替えなくてはならないと言うことだ。
だが、暁は女であることを隠している。ここで着替えるわけにはいかない。
それらしい言い訳を必死に考えるが頭が真っ白になって思い浮かばない。
その時すっと白い影が現れた。玉兎だ。
「暁は幼少時に背中に傷を受けている。それを見られたくないのだ」
「そうなのか?」
「え?あ、はい!そうなんです!!」
『玉兎、ありがとう!』
暁が念話でそう声を掛けると玉兎はこちらを見て小さく笑って答えた。
蒼樹はというと暁の言葉を聞いて、特に顔色を変えるわけでもなく、むしろどうでもいいような表情だった。
「俺は気にしないが。有達といるときは、皆体中傷だらけだったからな。体に傷があるなど普通だ」
「有?」
「あぁ、古い友人だ。よく、共に剣術を学んで、稽古をしていた」
「そうなのですか」
貴族で剣術を身に着ける人間はあまり多くはないが、最近は剣術を身に着けて自衛をする人間も増えているという。
それに蒼樹の友人であるのであれば、神祇官の同僚で蒼樹のように神剣を有している人間なのかもしれない。
そうならば神剣を使えるように剣術を学ばなければならないだろう。
「まぁだから俺は傷など気にはしないが」
「ははは…でも私は気になるので。…あ、なので女房殿にお願いして別の部屋を用意してもらいます」
暁はなるべく蒼樹の体を見ないようにしてそう言うと、そのまま逃げるように部屋を出た。
(ううう…めっちゃ恥ずかしかった)
真っ赤な顔をした暁が部屋を出るとすぐに女房が暁に気づいて声を掛けて来た。
「陰陽師殿。まだお着替えじゃなかったのですか?」
「あ、申し訳ないのですが、もう一部屋お借りできませんか?」
「はぁ。いいですけど。…顔が赤いですが、風邪でもお召しになりましたか?温かい物をお持ちしましょうか?」
「あ、だ、大丈夫です!」
不意に蒼樹の上半身を露わにした色気のある姿を思い出してしまい、顔が再び火照ったように赤くなった。
ぶんぶんと首を振って何とか平静を装う暁の様子に、少しだけ怪訝な顔をした女房だったがそれ以上は突っ込まれることはなかった。
そんなことがありつつも、暁は無事に着物を着換えることが出来た。
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