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五月雨の空だに澄める月影に
その正体は②
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これまで妖は子供を攫っている。ということは、妖が姿を現わすのは子供の近くだと言える。
暁はもう16歳。立派な成人である年齢だ。子供とは言えない。
だとするならば、暁の前に妖が現れるのは難しいのではないかという考えが浮かんだ。
そうなると、この妖の調伏は少し時間がかかるだろう。
子供を囮にして妖を誘いだすというのも手だろうが、子供を危険に晒してしまうためその案の実行は避けたいところだ。
金烏もそれが分かったのか、深いため息をついた。
『ま、妖が姿を現わしてくれるなら話は早いんだけどな』
陰陽師は妖を調伏する能力はある。
だがその妖が姿を現わさなければ、例え因果と真名が分かっても調伏できない。
『もう少し因果を探ってみるよ。そうしたら何か手があるかもしれない』
暁がそう言うと金烏と玉兎が頷いた気配がした。
やはりミエの家で調査をする必要があるだろう。そこから突破口が見えるかもしれない。
(そう言えば蒼樹様はどこに行ったんだろう?)
暁を置いてさっさとどこかに行ってしまった蒼樹の事を思い出す。
蒼樹と協力して妖の調査をし、調伏するよう命を受けているがいないものは仕方がない。
一人でも調伏するしかないだろう。
暁は気持ちを切り替えてミエの家を目指した。
村人に言われたミエの家への道は、鬱蒼とした木々の間にある山道だった。
広さはあるが、大きな石や隆起した樹の根が地面に現れてごつごつとして足場が悪い。
その障害を避けて縫うようにして道を進む。
『暁、この道の先だ。濃い穢れを感じる』
『あそこの雑木林の先かな?』
玉兎の言葉に暁がそちらへと向かおうとして、雑木林へと続く小道へと一歩足を踏み入れた時だった。
「!!」
ぞくりとした悪寒が暁の体を駆け抜けた。
肌が粟立ち息を呑む。
妖の放つ穢れにも似た人外の力に触れる感触だったが、それよりも暁が感じたのは畏怖だった。
圧倒的な霊力。
纏う空気はぴんと張った冬の空気のようで清浄という言葉が似合う。
だがあまりにも澄みすぎて、穢れた人間を排除するような恐怖が暁を襲う。
初めての感覚に暁が戸惑い、一瞬足を止めたその刹那。
雑木林からまばゆい光が発せられた。
『暁!急ごうぜ。なんか起こってるのは間違いない』
『あ、うん』
金烏の切羽詰まったような声に、暁は弾かれるようにして走った。
雑木林を抜けると風がどうっと吹き、その風圧で反射的に顔を覆った暁は、風が収まると同時にその光景を目にした。
そこには長い髪を風に靡かせながら真っすぐに立つ蒼樹の姿があった。
蒼樹の前には騒速が地面へと突き刺さり、青白い光を放っていた。
そして青白い光は地面を伝うように稲妻の如くうねり伸びていく。
「蒼樹様!?」
何故ここに蒼樹がいるのか。
そして何をしようとしているのか。
その疑問を問おうと口を開く前に、蒼樹は横目でチラリと暁を見て、そして怒鳴った。
「遅い!」
「すみません!でもどうしてここに?蒼樹様は何をされようとしているのですか?」
「うるさい。いいから黙って見ていろ」
蒼樹はその視線を暁から再び騒速へと戻した。
暁との短い会話の間も騒速からはバチバチという音と共に小さな雷と青い光を纏っている。
蒼樹は目の前で手を合わせ、透き通るような凛とした声で詠唱した。
「諸々の禍事、罪、穢れをあらんをば、祓い給え清め給えと申す事を聞し召せと恐こみ恐こみも申す」
そうして蒼樹がパンッと一つ柏手を打った。
青白い光が周囲を明るく照らす。
そして騒速から発せられた稲妻が地面を走り、一か所に集結して地面を発光させた。
騒速から生まれた激しい風圧を受けながら暁はその光景を固唾を呑んで見ていた。
やがて円形に光る地面から何か地鳴りのような低い音が響き始め、その音と共に地面からゆっくりと人の頭が現れた。
「んあああああっ…!」
悲鳴に近い女の声が暁の耳に響く。
頭から、顔、首、胸…徐々に女の姿が地面から現れて行く。
強い力で無理やり引っ張られるようにして、ずりずりと地面から体を現わしていく様子はまるで…
「妖を引き摺り出している?」
そもそも妖が出現しなくては調伏することはなく、それが一般的なはずだ。
だが目の前の蒼樹は、騒速に気を流して稲妻を発生させて本来ならば出現していない妖を顕現させているのだと気づいた。
(なんて無茶苦茶な!)
「ぐきゃあああああ…!」
暁が驚いていると女の甲高い叫び声が木霊し、完全に現われたのは女の幽鬼の姿だった。
青白い顔に吊り上がった赤い目は濁っていて、もうどこを見ているのか分からない。
振り乱した黒髪はすでに光沢を失い、ぼさぼさした箒のようになっていた。
朱と茶色の縦縞の入った着物は煤けてしまっており、明らかに纏う空気は人間のものではなく、瘴気を孕んでいた。
『女の幽鬼…ということはあれがミエという女か』
暁は幽鬼の出現の様子を息を呑んで見ていたが、玉兎の静かな声がそう言うのを聞いた。
(あれがミエさん?)
子供を攫う妖の正体はミエの方だった。
ではやはり殺された恨みから妖へと変じたのだろうか?
だけど、と暁の中で一つの疑問が生じた。
ならば何故ミエは子供を攫うのか?
そんな疑問が一瞬暁の脳裏を過ぎった。
だがそれは本当に一瞬の事。
暁は目の前のミエを見据えて、懐に手を忍ばせた。
直ぐにでも攻撃をするための護符を取り出せるようにするためだ。
ミエはというと、空中に浮きながら何かを探すように顔を左右に動かし、悲壮な声を上げていた。
「吾子や…私の吾子…どこにいる?」
音もなく地面へと降り立ったミエはまるで探し物をするように視線を彷徨わせながら一歩一歩と音もなく歩く。
「吾子…見つからない…私の吾子おおおお!!!」
「!」
突然ミエが叫ぶと、その周りに髑髏が青白い炎と共に現れ、蛇行しながら暁の方へと向かってきて暁達を襲ってきた。
「!」
あまりにも突然の動きに暁が護符を出すタイミングを失う。
防御しようにも間に合わない。
(やられる!!)
暁へと迫る髑髏が大きな口を開けて襲ってくるのを暁は息を呑んで瞠目した。
暁はもう16歳。立派な成人である年齢だ。子供とは言えない。
だとするならば、暁の前に妖が現れるのは難しいのではないかという考えが浮かんだ。
そうなると、この妖の調伏は少し時間がかかるだろう。
子供を囮にして妖を誘いだすというのも手だろうが、子供を危険に晒してしまうためその案の実行は避けたいところだ。
金烏もそれが分かったのか、深いため息をついた。
『ま、妖が姿を現わしてくれるなら話は早いんだけどな』
陰陽師は妖を調伏する能力はある。
だがその妖が姿を現わさなければ、例え因果と真名が分かっても調伏できない。
『もう少し因果を探ってみるよ。そうしたら何か手があるかもしれない』
暁がそう言うと金烏と玉兎が頷いた気配がした。
やはりミエの家で調査をする必要があるだろう。そこから突破口が見えるかもしれない。
(そう言えば蒼樹様はどこに行ったんだろう?)
暁を置いてさっさとどこかに行ってしまった蒼樹の事を思い出す。
蒼樹と協力して妖の調査をし、調伏するよう命を受けているがいないものは仕方がない。
一人でも調伏するしかないだろう。
暁は気持ちを切り替えてミエの家を目指した。
村人に言われたミエの家への道は、鬱蒼とした木々の間にある山道だった。
広さはあるが、大きな石や隆起した樹の根が地面に現れてごつごつとして足場が悪い。
その障害を避けて縫うようにして道を進む。
『暁、この道の先だ。濃い穢れを感じる』
『あそこの雑木林の先かな?』
玉兎の言葉に暁がそちらへと向かおうとして、雑木林へと続く小道へと一歩足を踏み入れた時だった。
「!!」
ぞくりとした悪寒が暁の体を駆け抜けた。
肌が粟立ち息を呑む。
妖の放つ穢れにも似た人外の力に触れる感触だったが、それよりも暁が感じたのは畏怖だった。
圧倒的な霊力。
纏う空気はぴんと張った冬の空気のようで清浄という言葉が似合う。
だがあまりにも澄みすぎて、穢れた人間を排除するような恐怖が暁を襲う。
初めての感覚に暁が戸惑い、一瞬足を止めたその刹那。
雑木林からまばゆい光が発せられた。
『暁!急ごうぜ。なんか起こってるのは間違いない』
『あ、うん』
金烏の切羽詰まったような声に、暁は弾かれるようにして走った。
雑木林を抜けると風がどうっと吹き、その風圧で反射的に顔を覆った暁は、風が収まると同時にその光景を目にした。
そこには長い髪を風に靡かせながら真っすぐに立つ蒼樹の姿があった。
蒼樹の前には騒速が地面へと突き刺さり、青白い光を放っていた。
そして青白い光は地面を伝うように稲妻の如くうねり伸びていく。
「蒼樹様!?」
何故ここに蒼樹がいるのか。
そして何をしようとしているのか。
その疑問を問おうと口を開く前に、蒼樹は横目でチラリと暁を見て、そして怒鳴った。
「遅い!」
「すみません!でもどうしてここに?蒼樹様は何をされようとしているのですか?」
「うるさい。いいから黙って見ていろ」
蒼樹はその視線を暁から再び騒速へと戻した。
暁との短い会話の間も騒速からはバチバチという音と共に小さな雷と青い光を纏っている。
蒼樹は目の前で手を合わせ、透き通るような凛とした声で詠唱した。
「諸々の禍事、罪、穢れをあらんをば、祓い給え清め給えと申す事を聞し召せと恐こみ恐こみも申す」
そうして蒼樹がパンッと一つ柏手を打った。
青白い光が周囲を明るく照らす。
そして騒速から発せられた稲妻が地面を走り、一か所に集結して地面を発光させた。
騒速から生まれた激しい風圧を受けながら暁はその光景を固唾を呑んで見ていた。
やがて円形に光る地面から何か地鳴りのような低い音が響き始め、その音と共に地面からゆっくりと人の頭が現れた。
「んあああああっ…!」
悲鳴に近い女の声が暁の耳に響く。
頭から、顔、首、胸…徐々に女の姿が地面から現れて行く。
強い力で無理やり引っ張られるようにして、ずりずりと地面から体を現わしていく様子はまるで…
「妖を引き摺り出している?」
そもそも妖が出現しなくては調伏することはなく、それが一般的なはずだ。
だが目の前の蒼樹は、騒速に気を流して稲妻を発生させて本来ならば出現していない妖を顕現させているのだと気づいた。
(なんて無茶苦茶な!)
「ぐきゃあああああ…!」
暁が驚いていると女の甲高い叫び声が木霊し、完全に現われたのは女の幽鬼の姿だった。
青白い顔に吊り上がった赤い目は濁っていて、もうどこを見ているのか分からない。
振り乱した黒髪はすでに光沢を失い、ぼさぼさした箒のようになっていた。
朱と茶色の縦縞の入った着物は煤けてしまっており、明らかに纏う空気は人間のものではなく、瘴気を孕んでいた。
『女の幽鬼…ということはあれがミエという女か』
暁は幽鬼の出現の様子を息を呑んで見ていたが、玉兎の静かな声がそう言うのを聞いた。
(あれがミエさん?)
子供を攫う妖の正体はミエの方だった。
ではやはり殺された恨みから妖へと変じたのだろうか?
だけど、と暁の中で一つの疑問が生じた。
ならば何故ミエは子供を攫うのか?
そんな疑問が一瞬暁の脳裏を過ぎった。
だがそれは本当に一瞬の事。
暁は目の前のミエを見据えて、懐に手を忍ばせた。
直ぐにでも攻撃をするための護符を取り出せるようにするためだ。
ミエはというと、空中に浮きながら何かを探すように顔を左右に動かし、悲壮な声を上げていた。
「吾子や…私の吾子…どこにいる?」
音もなく地面へと降り立ったミエはまるで探し物をするように視線を彷徨わせながら一歩一歩と音もなく歩く。
「吾子…見つからない…私の吾子おおおお!!!」
「!」
突然ミエが叫ぶと、その周りに髑髏が青白い炎と共に現れ、蛇行しながら暁の方へと向かってきて暁達を襲ってきた。
「!」
あまりにも突然の動きに暁が護符を出すタイミングを失う。
防御しようにも間に合わない。
(やられる!!)
暁へと迫る髑髏が大きな口を開けて襲ってくるのを暁は息を呑んで瞠目した。
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