上 下
76 / 140
五月雨の空だに澄める月影に

その正体は②

しおりを挟む
これまで妖は子供を攫っている。ということは、妖が姿を現わすのは子供の近くだと言える。

暁はもう16歳。立派な成人である年齢だ。子供とは言えない。
だとするならば、暁の前に妖が現れるのは難しいのではないかという考えが浮かんだ。

そうなると、この妖の調伏は少し時間がかかるだろう。

子供を囮にして妖を誘いだすというのも手だろうが、子供を危険に晒してしまうためその案の実行は避けたいところだ。

金烏もそれが分かったのか、深いため息をついた。

『ま、妖が姿を現わしてくれるなら話は早いんだけどな』

陰陽師は妖を調伏する能力はある。
だがその妖が姿を現わさなければ、例え因果と真名が分かっても調伏できない。

『もう少し因果を探ってみるよ。そうしたら何か手があるかもしれない』

暁がそう言うと金烏と玉兎が頷いた気配がした。
やはりミエの家で調査をする必要があるだろう。そこから突破口が見えるかもしれない。

(そう言えば蒼樹様はどこに行ったんだろう?)

暁を置いてさっさとどこかに行ってしまった蒼樹の事を思い出す。

蒼樹と協力して妖の調査をし、調伏するよう命を受けているがいないものは仕方がない。
一人でも調伏するしかないだろう。

暁は気持ちを切り替えてミエの家を目指した。

村人に言われたミエの家への道は、鬱蒼とした木々の間にある山道だった。
広さはあるが、大きな石や隆起した樹の根が地面に現れてごつごつとして足場が悪い。

その障害を避けて縫うようにして道を進む。

『暁、この道の先だ。濃い穢れを感じる』
『あそこの雑木林の先かな?』

玉兎の言葉に暁がそちらへと向かおうとして、雑木林へと続く小道へと一歩足を踏み入れた時だった。

「!!」

ぞくりとした悪寒が暁の体を駆け抜けた。
肌が粟立ち息を呑む。

妖の放つ穢れにも似た人外の力に触れる感触だったが、それよりも暁が感じたのは畏怖だった。

圧倒的な霊力。
纏う空気はぴんと張った冬の空気のようで清浄という言葉が似合う。

だがあまりにも澄みすぎて、穢れた人間を排除するような恐怖が暁を襲う。

初めての感覚に暁が戸惑い、一瞬足を止めたその刹那。
雑木林からまばゆい光が発せられた。

『暁!急ごうぜ。なんか起こってるのは間違いない』
『あ、うん』

金烏の切羽詰まったような声に、暁は弾かれるようにして走った。

雑木林を抜けると風がどうっと吹き、その風圧で反射的に顔を覆った暁は、風が収まると同時にその光景を目にした。

そこには長い髪を風に靡かせながら真っすぐに立つ蒼樹の姿があった。

蒼樹の前には騒速が地面へと突き刺さり、青白い光を放っていた。 
そして青白い光は地面を伝うように稲妻の如くうねり伸びていく。 

「蒼樹様!?」

何故ここに蒼樹がいるのか。
そして何をしようとしているのか。
その疑問を問おうと口を開く前に、蒼樹は横目でチラリと暁を見て、そして怒鳴った。

「遅い!」
「すみません!でもどうしてここに?蒼樹様は何をされようとしているのですか?」
「うるさい。いいから黙って見ていろ」

蒼樹はその視線を暁から再び騒速へと戻した。

暁との短い会話の間も騒速からはバチバチという音と共に小さな雷と青い光を纏っている。

蒼樹は目の前で手を合わせ、透き通るような凛とした声で詠唱した。

「諸々の禍事、罪、穢れをあらんをば、祓い給え清め給えと申す事を聞し召せと恐こみ恐こみも申す」

そうして蒼樹がパンッと一つ柏手を打った。
青白い光が周囲を明るく照らす。

そして騒速から発せられた稲妻が地面を走り、一か所に集結して地面を発光させた。

騒速から生まれた激しい風圧を受けながら暁はその光景を固唾を呑んで見ていた。

やがて円形に光る地面から何か地鳴りのような低い音が響き始め、その音と共に地面からゆっくりと人の頭が現れた。

「んあああああっ…!」

悲鳴に近い女の声が暁の耳に響く。

頭から、顔、首、胸…徐々に女の姿が地面から現れて行く。

強い力で無理やり引っ張られるようにして、ずりずりと地面から体を現わしていく様子はまるで…

「妖を引き摺り出している?」 

そもそも妖が出現しなくては調伏することはなく、それが一般的なはずだ。 

だが目の前の蒼樹は、騒速に気を流して稲妻を発生させて本来ならば出現していない妖を顕現させているのだと気づいた。 

(なんて無茶苦茶な!)

「ぐきゃあああああ…!」 

暁が驚いていると女の甲高い叫び声が木霊し、完全に現われたのは女の幽鬼の姿だった。

青白い顔に吊り上がった赤い目は濁っていて、もうどこを見ているのか分からない。 
振り乱した黒髪はすでに光沢を失い、ぼさぼさした箒のようになっていた。 
朱と茶色の縦縞の入った着物は煤けてしまっており、明らかに纏う空気は人間のものではなく、瘴気を孕んでいた。

『女の幽鬼…ということはあれがミエという女か』

暁は幽鬼の出現の様子を息を呑んで見ていたが、玉兎の静かな声がそう言うのを聞いた。

(あれがミエさん?) 

子供を攫う妖の正体はミエの方だった。

ではやはり殺された恨みから妖へと変じたのだろうか?
だけど、と暁の中で一つの疑問が生じた。
ならば何故ミエは子供を攫うのか?
そんな疑問が一瞬暁の脳裏を過ぎった。

だがそれは本当に一瞬の事。

暁は目の前のミエを見据えて、懐に手を忍ばせた。
直ぐにでも攻撃をするための護符を取り出せるようにするためだ。

ミエはというと、空中に浮きながら何かを探すように顔を左右に動かし、悲壮な声を上げていた。

「吾子や…私の吾子…どこにいる?」 

音もなく地面へと降り立ったミエはまるで探し物をするように視線を彷徨わせながら一歩一歩と音もなく歩く。 

吾子あこ…見つからない…私の吾子おおおお!!!」 
「!」 

突然ミエが叫ぶと、その周りに髑髏が青白い炎と共に現れ、蛇行しながら暁の方へと向かってきて暁達を襲ってきた。

「!」 

あまりにも突然の動きに暁が護符を出すタイミングを失う。
防御しようにも間に合わない。

(やられる!!)

暁へと迫る髑髏が大きな口を開けて襲ってくるのを暁は息を呑んで瞠目した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

公爵令嬢はだまっていられない!

西藤島 みや
ファンタジー
目が覚めたら異世界だった、じゃあ王子様と結婚目指して…なんてのんびり構えていられない!? 次々起きる難事件、結局最後は名推理?巻き込まれ型の元刑事…現悪役令嬢、攻略対象そっちのけで事件解決に乗り出します! 転生ものですが、どちらかといえばなんちゃってミステリーです。出だしは普通の転生物、に見えないこともないですが、殺人や詐欺といった犯罪がおきます。苦手なかたはご注意ください。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

夜通しアンアン

戸影絵麻
ホラー
ある日、僕の前に忽然と姿を現した謎の美少女、アンアン。魔界から家出してきた王女と名乗るその少女は、強引に僕の家に住みついてしまう。アンアンを我が物にせんと、次から次へと現れる悪魔たちに、町は大混乱。僕は、ご先祖様から授かったなけなしの”超能力”で、アンアンとともに魔界の貴族たちからの侵略に立ち向かうのだったが…。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

妹がいじめられて自殺したので復讐にそのクラス全員でデスゲームをして分からせてやることにした

駆威命(元・駆逐ライフ)
ホラー
僕、蒼樹空也は出口を完全に塞がれた教室で目を覚ます 他にも不良グループの山岸、女子生徒の女王と言われている河野、正義感が強くて人気者の多治比など、僕のクラスメイト全員が集められていた それをしたのは、ひと月前にいじめが原因で自殺した古賀優乃の姉、古賀彩乃 彼女は僕たちに爆発する首輪を取りつけ、死のゲームを強要する 自分勝手な理由で殺されてしまう生徒 無関心による犠牲 押し付けられた痛み それは、いじめという状況の縮図だった そうして一人、また一人と死んでいく中、僕は彼女の目的を知る それは復讐だけではなく…… 小説家になろう、カクヨム、アルファポリスにて連載しております

処理中です...