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歯車②
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うつむき、トボトボとオフィスに引き返す。
その時運が悪く、水谷が前から歩いてきてばったりと出会ってしまった。
「あ……」
「あ……」
お互いに立ち止まる。
「……お前。何かあったのか?」
なんでこのタイミングで。そんな時に。
「なんでもない。」
視線を落としてぐっと歯を食いしばって。そして水谷の横を通り過ぎようとした。
「あ。香澄先輩!ちょっと分からないことが」
オフィスの扉が開いて足立君が顔を出して少しぎょっとした表情をすると同時に、水谷が私の腕をつかむ。
「え!?」
そのまま何も言わずに引っ張られる。乱暴にエレベータに乗せられ、無言のままにオフィス近くの公園に連れていかれた。
夜の暗闇を心もとない電灯が照らし、足元に影を落とした。
促されるようにベンチに座る。
水谷はしばらくどこかに行っていた。
その方が助かる。こんな泣き顔は誰にも見られたくない。
結婚しなかったから、せめて仕事で結果を出したかった。
それが12年前に別れを告げた水谷への当てつけでもあり、そして次々と結婚して幸せをつかんでいった友人たちとせめて対等になるための手段だった。
だけど……私には何もなかった。
何にも……なれなかった。
呆然と足元に伸びた自分の影に重なるように人影が伸びる。
顔を上げると水谷がコンビニ袋にビールの缶を数本入れて戻ってきた。
「ん。」
ぶっきらぼうに差し出される缶を受け取る。ぷしゅりという音を立ててタブを開ける。
だけど飲む気にもならずにぼうっと缶を眺めていると水谷はぐびぐびとビールを飲み始めた。
「なんか……あったんだな。」
無言でいるとそれを肯定と取ったようだった。
「辛いか。」
「うん。そうだね……。」
「無理すんなって言っても、無理するんだろうな。お前は。だけど……そうだな。俺の話をしようか。お前は、俺が順風満帆に生きてきたと思うか?」
突然の問い。
私からすると大手の三ツ輪自動車。
転職したとしても私が記憶している段階では大手精密機械会社でスマートフォンの設計開発をしていた。
結婚もしていて、それなりのポジションにいて、順風満帆以外の何があるのだろうか。
「俺たち……5年間SEXレスなんだ。」
「え?」
「結婚してすぐにレスになった。俺は子供が欲しかったけど、あいつは……仕事がひと段落してからって言っていて。そのうち、あいつの浮気していることが分かってな」
「……。」
「ははは。バカだろう?結婚して幸せになった気がしてたんだ。だけど……それは俺だけだったんだなって思って。情けなくて。でもお前が仕事を頑張っている仕事見てたら、まだお互いが学生時代だった頃もお前は研究頑張ってて、俺も負けてられないなぁって思ってた。」
「どうしてそんなこと、私に言うの?」
「……年を取るとさぁ、愚痴を言う相手もいなくなるんだよな。先輩にも後輩にも。だから、お前もそうなのかなって。」
確かにそうだった。
「でも……私は仕事に逃げていただけなのかな。……それも、失っちゃたけどね。」
「どういう意味だ。」
私はさっき課長たちが話していた内容を説明した。
ぽつり。手に涙がこぼれる。
そんな私の頭を自分に引き寄せて、水谷は呟いた。
「お前はよくやっているよ。だから……泣いていいんだ。」
その言葉が欲しかった。だから泣いた。嗚咽を殺して。涙がとめどなくあふれていた。
ひとしきり泣いた後オフィスにバッグを置いたままであることに気づいた。
「私、取ってこなくちゃ。」
「送るよ。」
「今日は……いいよ。」
「そうか。」
そういって私は水谷と別れた。
その時運が悪く、水谷が前から歩いてきてばったりと出会ってしまった。
「あ……」
「あ……」
お互いに立ち止まる。
「……お前。何かあったのか?」
なんでこのタイミングで。そんな時に。
「なんでもない。」
視線を落としてぐっと歯を食いしばって。そして水谷の横を通り過ぎようとした。
「あ。香澄先輩!ちょっと分からないことが」
オフィスの扉が開いて足立君が顔を出して少しぎょっとした表情をすると同時に、水谷が私の腕をつかむ。
「え!?」
そのまま何も言わずに引っ張られる。乱暴にエレベータに乗せられ、無言のままにオフィス近くの公園に連れていかれた。
夜の暗闇を心もとない電灯が照らし、足元に影を落とした。
促されるようにベンチに座る。
水谷はしばらくどこかに行っていた。
その方が助かる。こんな泣き顔は誰にも見られたくない。
結婚しなかったから、せめて仕事で結果を出したかった。
それが12年前に別れを告げた水谷への当てつけでもあり、そして次々と結婚して幸せをつかんでいった友人たちとせめて対等になるための手段だった。
だけど……私には何もなかった。
何にも……なれなかった。
呆然と足元に伸びた自分の影に重なるように人影が伸びる。
顔を上げると水谷がコンビニ袋にビールの缶を数本入れて戻ってきた。
「ん。」
ぶっきらぼうに差し出される缶を受け取る。ぷしゅりという音を立ててタブを開ける。
だけど飲む気にもならずにぼうっと缶を眺めていると水谷はぐびぐびとビールを飲み始めた。
「なんか……あったんだな。」
無言でいるとそれを肯定と取ったようだった。
「辛いか。」
「うん。そうだね……。」
「無理すんなって言っても、無理するんだろうな。お前は。だけど……そうだな。俺の話をしようか。お前は、俺が順風満帆に生きてきたと思うか?」
突然の問い。
私からすると大手の三ツ輪自動車。
転職したとしても私が記憶している段階では大手精密機械会社でスマートフォンの設計開発をしていた。
結婚もしていて、それなりのポジションにいて、順風満帆以外の何があるのだろうか。
「俺たち……5年間SEXレスなんだ。」
「え?」
「結婚してすぐにレスになった。俺は子供が欲しかったけど、あいつは……仕事がひと段落してからって言っていて。そのうち、あいつの浮気していることが分かってな」
「……。」
「ははは。バカだろう?結婚して幸せになった気がしてたんだ。だけど……それは俺だけだったんだなって思って。情けなくて。でもお前が仕事を頑張っている仕事見てたら、まだお互いが学生時代だった頃もお前は研究頑張ってて、俺も負けてられないなぁって思ってた。」
「どうしてそんなこと、私に言うの?」
「……年を取るとさぁ、愚痴を言う相手もいなくなるんだよな。先輩にも後輩にも。だから、お前もそうなのかなって。」
確かにそうだった。
「でも……私は仕事に逃げていただけなのかな。……それも、失っちゃたけどね。」
「どういう意味だ。」
私はさっき課長たちが話していた内容を説明した。
ぽつり。手に涙がこぼれる。
そんな私の頭を自分に引き寄せて、水谷は呟いた。
「お前はよくやっているよ。だから……泣いていいんだ。」
その言葉が欲しかった。だから泣いた。嗚咽を殺して。涙がとめどなくあふれていた。
ひとしきり泣いた後オフィスにバッグを置いたままであることに気づいた。
「私、取ってこなくちゃ。」
「送るよ。」
「今日は……いいよ。」
「そうか。」
そういって私は水谷と別れた。
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