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歯車①

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出張から帰ってきて、なるべくあの夜のことは思い出さないようにしていた。


『俺……やっぱりお前の事……』


"忘れられない"とか、そういう話だったのか。それとも単に自分の自意識過剰で"いい思い出だったよ"とかの話だったのだろうか。

悶々とした気持ちになっていた。


「……先輩。香澄先輩ってば」


名前を呼ばれて私は我に返る。足立君が不思議そうな顔で首をかしげている。


「あ……どうしたの?」
「いや、パソコン画面ににらめっこしてたんで、なんか難しい案件でもあったのかなぁと。」
「ちょっと……ぼーっとして。」
「そうすか?沖縄に行ってからちょっと変だったんで気になって。」
「久しぶりの出張で疲れたのかな。」
「頼りないかもしれませんが、なんかあったら相談してくださいね。」


後輩にまで心配をかけてしまう。申し訳ない気持ちと自分らしくないという思いが重なって、私は気合を入れた。


「大丈夫!!」
「俺……なんでも聞きますよ。」


真剣なまなざしで見つめられる。


「ありがとう。なんかあったら相談するかもね。」
「はい、待ってます。」
「それより、人の心配するよりは資料できてる?そろそろ20時くらいになっちゃってるし区切りを付けたら帰らないと!」
「先輩こそ、今日はもう帰った方が……顔色悪いですし。」
「うん。この企画案をパワーポイントにまとめたら帰るよ。」


そういって私はコーヒーでも飲もうと席を立ち、休憩コーナーに行くことにした。

しっかりしないと。最近書類のミスも多いってこの間課長に言われたばかりだった。

廊下の曲がり角。ちょうど今の課長と前の課長の声が聞こえた。


「森本が……」


私の事を話しているらしい。何となく入りずらくて、私は曲がり角に身を隠すように立って息をひそめた。


「そっちで森本どうよ。」


前の課長が今の課長に語り掛けている。

そういえば2人の課長は同期だったはずだ。


「森本か。頑張ってるけど、それだけなんだよなぁ。指示ばっかり出して自分では動かないってか。考えが浅いっていうか。」
「まぁ、そういう面はあるよな。でも事務処理は真面目できちんとしてるし。そこは評価してる。このままなら安い人件費で事務処理マシーンとしては使えるからな。」
「そうだな。結婚もしそうにないし。」
「俺としてはやめてもらって若いのに入ってもらったほうが嬉しいけど。」
「はははは。言えてる。」


爪痕が残るくらい、グッと拳を握っていた。泣いてはいけない。

会社にとってはその程度の評価。

暗に退職を促されている時はあった。仕事を周りに任せていたのは私がマネジメント業務がメインだったからだ。

自分は司令塔で、最終チェックをする。円滑に仕事が回るようにメンバーに気を使って。

何かあったら全身で庇う。それが私のやり方だったから。

でも、それが彼らには無能に映っていたのだ。

私はそっとそこから離れた。

私にとって……仕事ってなんだろう。

茫然とそう思った。答えは出なかった。
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