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出張②

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「はいよ、ゴーヤチャンプル」


お店はこじんまりとしていて、地元の人が通うような質素で昔ながらのお店の雰囲気があった。

出てきたゴーヤチャンプルを食べる。内地で食べるよりやはり本場は美味しい。

そうやってゴーヤチャンプルに舌鼓を打っていると聞き覚えのある声が聞こえた。


「すんません。1人空いてますか?」
「あ……」
「あ……」


お互い見つめあう。


「森本さんもここにいたんですね。」


ナチュラルに私の前の席に座ったのは水谷だった。


「なんでこのお店、知っているの?たまたま?」
「いや、金井に聞いて。」


金井とは私と水谷の共通の友達だった。


「あぁ……」


なんて失態だと思った。そこまで気が回らなかった。もくもくと食べるのを水谷はじっと見ていた。


「なに?」
「いや……よく食べるなぁと」
「人の食べる姿を見るのは悪趣味じゃないですか?」
「だって、ほかに見るものないだろう?」
「……。」


無視だ。無視。


「なぁ、そろそろ……その態度止めないか?」
「え?」
「明らかに俺のこと避けてるだろ?まぁ……元カレと仕事して普通でいろというのも変な話だって分かっているけどな。」
「別に……避けているわけじゃないけど。あまり積極的には関わりたくない。」
「まぁ……そうだよな。」


そう言って水谷は苦笑した。


「ということは、まだ俺を意識したりしてるのか?」
「はぁ?」


この男はなんだってそんなこと言うのだろうか?

ばかか?バカなのか?

開いた口がふさがらないということはこういうことを言うのだろう。


「じゃあさ、仕事仲間として、このあとバーにでも行くか。断らないよな。だって俺とお前は仕事の同僚で、恋愛感情なんてないんだかな」


悪戯っぽく笑う。ここで引き下がったら、私が少しでも水谷に未練があるように取られるのも癪で私は渋々と飲みに行くことになったのだ。





何気なく入ったバーは悪くなかった。

お酒もおいしい。ゆっくり話せる雰囲気だった。

私はソルティードックを、水谷は雪国を。

しばらくお互い無言のままカクテルに口をつける。

私はソルティードックの甘いが塩の味をゆっくり味わう。

何を話したらいいのか、少し居心地が悪い。とりあえず当たり障りのないお酒の話をすることにした。


「雪国……おいしいよね……」


雪国は日本酒をベースにしたカクテル。すっきりした味わいだけど、やっぱり日本酒だけあって飲むと結構酔う。


「……あぁ。お前、これ好きだったよな。」
「そうだね。」


私はそれなりにお酒が強く、雪国も好んで飲んでいたお酒の一つだった。


「でも……意外。そんなお酒頼むなんて。」
「そうか?」
「だって……」


そのあとは過去の話だ。私は一瞬言葉を詰まらせる。


「なんだよ」
「……あ……お酒、強くなったなぁって思って」


私の記憶の中の彼は、カシスオレンジでさえも顔が真っ赤になって飲めないような男性だった。


「あぁ。社会人になって揉まれたって感じかな。飲まなくちゃいけない酒を飲んで、酔っぱらう余裕もなく、上司のお酌して……先輩に合わせてテキーラなんかも揉まされてさ。」
「そうなんだね」
「お前は相変わらずだね」
「それでも前よりは弱くなったよ」
「ははは、でもその割にこの間の飲み会では結構日本酒飲んでたよな」
「まぁ、ね。」
「でもその調子だと酔っ払ってお持ち帰りーなんてことはならないな」
「ならないね。」
「もうちょっと酔うフリとかすれば、男なんてちょろいもんだろ?」
「そういうのは私らしくないでしょ?」
「たしかに。お前はそういう女じゃないな。」


そう言って水谷は苦笑した。


「でもさ、一度あったじゃん。酔っ払いすぎて帰れなかったこと。」
「そうだっけ。」


心当たりがあったが、私は忘れた振りをした。


「新入社員で張り切って男と対等に飲んで、潰れて、駅まで迎えに行った途端寝てしまって、おぶって帰った」


あの時の彼の体温と優しさを覚えてる。弱い部分も強がりな部分も全部見せられた。


「なかなか重かったぞ、お前。」
「覚えてるのそこ?!」


それでも文句も言わず家まで送ってくれたのは彼の優しさだった。そんなことをぼんやりと思い出していた。


「なぁ……この8年、お前は何をしていた?」


ぐさりと来る。


「まぁ、普通に大学院を卒業して、今の会社に入って、企画部で事業の企画して、この間次世代エネルギー部に入ったってところかな。ずっと仕事が中心だったな。」
「お前の会社男性主体の会社だからな。女のお前には大変だっただろうな。それに……頑張り屋なのは知ってるよ」


そう……男性社会の中での女性の立場はまだまだ肩身が狭く、どうしても出世争いからは外されていた。だけど負けてられない、その一心で仕事に打ち込んだ気がする。


「企画部の仕事、大変だったろう……頑張ったな。」


私の顔を覗き込む水谷の目は優しくて、その言葉だけで私の苦労を全部わかってくれたような気がした。

酔っているせいか、胸の奥がいっぱいになって私は言葉を詰まらせた。

誰にも評価されない仕事。誰にも認められない仕事。

誰かに言ってもらいたかった言葉をどうしてこの男は言ってくれるのだろう。

話題を変えようと私も尋ねてみる。


「結婚……したんだよね。」
「あぁ……そうだな。」
「結婚はいつ?」
「5年前。」
「そう……。」
「職場での恋愛結婚だな。……まぁ結婚には興味はなかったけど、上司の勧めもあったし。でも……ずっと……お前のことは忘れなかったよ」


何度目だろうか。胸が痛んだ。


「そんな話しても……今はもう意味がないことでしょ。そんな話するなら帰るよ」
「あ……悪かったな。」


変な空気が流れる。この空気は知っている。何度も経験した雰囲気。そう……喧嘩したあと、よりを戻そうとするときの雰囲気に似ていた。

私は気持ちを切り替えるために立ち上がってキャッシャーに向かった。


「結婚祝い。おごってあげる。」


外は沖縄なだけあって夜だけど生ぬるい空気だった。宿泊先であるホテルに向かって歩き出す。お互いに無言。

部屋は同じ階で、私と水谷ははす向かいの部屋だった。


「じゃあ、お休み。」


そういって私が部屋に入ろうとしたその手を彼は握った。


「なに?」
「俺……やっぱりお前の事……」


その言葉を聞かず、私は手を振り払って私は部屋に入った。

胸が……ざわざわする。

相手は既婚者。期待なんてしていない。だけど、どうしてだろう。こんなに胸が……痛い。

扉にもたれて私はその場にずるずるとしゃがみ込んでいた。


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