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テオノクス侯爵への断罪①

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セシリアがその視線だけでマクシミリアンに先を促すと、マクシミリアンは一度頷いたのち、今度はテオノクス伯爵を呼び、彼らに対して罪状を読み上げた。

「ラバール伯爵及びテオノクス侯爵については結託して下記の罪を犯したことについて告発いたします」

罪状は次の2つだった。

・ラバール伯爵の依頼に従い監査結果の改竄を指示し、承認した罪
・またその見返りとして金品を受領していた罪

それを聞いた侯爵はまさか自分も告発されるとは思わなかったようで一瞬、表情が硬直したが、伯爵とは違い落ち着いたように言った。それは自分には処罰が行われないと言う自信のようにも感じられた。

「私がそれらの犯罪を行なったと言うのでしょうか?」
「あぁ。監査についてはセジリ商会単独で改ざんするのは難しい。そしてこれを可能にできる人物…それは最終承認を行っているテオノクス侯爵だ」
「陛下は私とラバール伯爵が繋がっているとでも?」
「そうだ。証言者がいる。マックス、証人を」

その言葉に応じて広間に進み出たのはカレルだった。
この場に動じず、いつものように柔和な笑みを見せていた。あまりにいつも通りの人好きのする優しい雰囲気だったので少し場違いなようにも思えて、セシリアは思わず心の中でクスリと笑ってしまった。

だが、それはセシリアだけのようで、伯爵は小刻みに震えながらカレルを指差していった。

「お前は!」
「覚えていていただけるなんて光栄ですよ、伯爵」
「カレル、お前は伯爵と侯爵に繋がりがあると言うのだな」

返ってくる答えを分かりつつも演技に見せないように注意を払いながらもセシリアはカレルに質問した。

「えぇ。僕はこの目でお二人がセジリ商会の商談部屋で会っているのを見ています。伯爵のお嬢さんが僕にご執心だったので部屋付きにしてくれたのです。そのおかげで趣味の悪い金の獅子の置物を贈られているのを見ましたよ」

「ですが物品を送るという事は貴族間では当たり前のことです。それに侯爵と我が娘セレスティーヌは婚約をするのです!贈り物くらいするのは当然ではないですか!」

「伯爵のおっしゃる通り。我々の子供達は婚約を前提の付き合いをしております。確かに金品をいただいたかもしれませんが、それは両家の交際の範囲であること。監査結果の改竄の見返りではございません。」

堂々と言い放つ侯爵は、さすが伯爵とは器が違う。
動揺もせずに淡々と述べる。もちろんその反論は全く隙のないものでもあった。

「では、この改竄された監査結果の承認については?」
「単なる見逃しです。それについては私の不徳の致すところ。今後同様のことが発生しないように対策を立てますのでご容赦を」
「そなたの言い分はわかった。だが、それならばカレルが見た金の獅子像については候が保持しているのだろうな?」
「さぁ…どうでしょうか?家を探せば見つかるやもしれません。よくは覚えてないですが」

堂々と言い放った侯爵の態度にセシリアは心の中で顔を顰めていた。
カレルの証言があればもう少し優位に話を進められると思っていた。
セシリアがチラリとマクシミリアンの方に視線を向けたが、首を振られてしまった。

(現時点で手札はこれ以上ないわ。でも侯爵は無理でも伯爵は引き摺り下ろさなくちゃ)

セシリアの中ではアレクセイと侯爵との関連まで一気に片を付けたかったのだが、現時点ではこれ以上の証拠は揃っていない。すぐさま方針転換をすることに決めた。

「ちなみに私の手元にある監査結果は改竄されていると思うのだが、それについて候はどう思うか?もちろん"会計の知識があるものが見れば"一目瞭然の内容だが」
「…そうですね。陛下のおっしゃる通り改竄されているのは事実だと思います」
「では、今回監査結果に関しては、ラバール伯爵及びセジリ商会の企みであり、そなたは関係ないと言うことだな」
「はい。」

それを聞いたラバール伯爵は青くなって侯爵へ掴みかかっていった。

「侯爵さま!私をお見捨てになられるか!?」
「人聞きの悪いことは言わないでくれたまえ、伯爵。私は君からリュカへの贈り物は受け取ったかもしれないが、決してそれは監査結果の偽造などではない。」
「そんな…」

頼りの侯爵の後ろ盾を失い、力なくうなだれる伯爵の目には悲壮感とわずかに涙が見えるようだった。
それを尻目にまたしても侯爵は堂々とセシリアに向き直っていった。

「陛下もご納得いただけたでしょうか?」
「そうだな…」

(これ以上の追及は無理ね。残念ながらこれについては不起訴にするしかないか…)

結局はトカゲの尻尾きりにしかならなかった。
アレクセイを引き摺り出す機会を失ったことは大きい。これによってアレクセイ派閥はさらに勢いづくかもしれない。
その証拠に侯爵は顔には出さないが、その目には勝ち誇った光が見え隠れしていた。

(せめて彼が居れば。なんて思っても仕方ないわね)

スライブの言葉も、自分の言葉も彼には通じてはいなかったのかと思うと、正直テオノクス侯爵を追い詰めるよりもそちらの方が残念だった。
セシリアは一つため息をついて、侯爵の無罪を宣言しようと口を開いた。その時だった。

「お待ちください、陛下。テオノクス侯爵家の罪について断罪の必要がございます」

息を切らして広場に駆けつけた人物を見て、セシリアは目を見開くとともに、歓喜の声をあげそうになった。
動揺のあまり息を飲んで動けないテオノクス侯爵をよそに、リュカはセシリアの近くまできてその足を折った。

「そなたはテオノクス侯爵家の罪について告発すると言うのか?」
「はい。その通りでございます。」
「父親の罪を告発するとは、すなわちテオノクス家の罪を認めるという事。それはそなたも断罪され、罰がくだされること。その意味、分かるな。」

その覚悟を確かめるようにセシリアはリュカの瞳を真っ直ぐに見つめる。それに答えるかのようにリュカもまたセシリアを見つめた。

「はい、それでも、私が証人として発言させていただきます」
「リュカ、発言を許す。証言せよ」
「まず、これまでの一連の容疑について、全て陛下の仰せの通りです」

リュカはその罪を認めるかのように言葉を一言一言ゆっくりと言葉を発していった。

「我が父、テオノクス侯爵はラバール伯爵とセジリ商会がワインの希釈して生産量と販売量を誤魔化して酒税を隠匿していることを知っていました。そしてそれを隠すために監査について手引きし、その見返りを受けていました」
「リュカ!!お前は!父を裏切るのか?!」
「もうやめよう、父上…」
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