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セシリアは見た!②

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スライブもリュカのことを思っているという事は自分と同じ思いなのだろうとセシリアは思った。
リュカは誠実な人柄だ。
だが、この不正に加担しているとなれば捕縛せざるを得ない。

そんなことを思っていると部屋の中の侯爵と伯爵の会話が終わっていた。

「…と言うことで、引き続きよろしくお願いします」
「了解した。そろそろ会場に戻るとするか」
「そうですね、貴族用のワインを欲しいという方がまだまだいますから。」

いくつかの取引が終わり、ラバール伯爵は部屋から出て行くのに続いてテオノクス侯爵もまた部屋を出ようとした。
その後ろ姿に苦悶の表情を浮かべたリュカが声をかけていた。

「父上、いつまでこのようなことを続けるおつもりですか?」
「このようなこととはなんだ?」
「監査を誤魔化していることも、アレクセイ様への賄賂についてもです」
「私に意見する気か?そもそも出来損ないのお前の将来を考えて、こうして我がテオノクス家の地位を盤石にしようとしているんだ。それに、無能なお前に何ができる?何もできないお前のためにこうしてアレクセイ様の後ろ盾を得ようとしているのではないか」
「でも、僕は…!!」
「庶民なんぞと馴れ合って他の貴族から変人呼ばわりされおって。お前は父の言うことを黙って聞いてれば良いんだ」

それだけを言い捨てリュカを一瞥したテオノクスは、そのまま部屋から出て行った。
リュカを見ると街で会ったときはあんなに穏やかで楽しそうにしていたと言うのに、がっくりと項垂れその表情にはくらい影が落ちている。

テオノクス侯爵の背中を見送ったリュカはグッと拳を握り、何かに耐えているようだった。暗い顔をしているリュカを見るのは正直堪れない。
セシリアはやるせない思いを抱えたままその場を立ち去ろうとした時だった。

「お前はそれで良いのか?」
「何者だ!?」

スライブが静かに立ち上がり、部屋の中に入っていったかと思うとリュカにそう言って近寄っていったのだ。
セシリアもスライブの突然の行動に驚いたがリュカもまた驚き、そしてスライブを睨みつけていた。

「お前、何故ここにいる!衛兵!」
「衛兵を呼ぶか?それも良いだろう。だがそれではお前はただの臆病者だな。父親に言い返すこともできず、不正をただ黙って見ているだけ。心の中で今の状況に対して不満を持っていても傷つくことを恐れて何もしない。」
「俺だって!このままじゃいけないとは分かっている。だが、どうしたら良いんだ!?」
「答えを他者に求めるな。現状を変えるのは自分自身でしかない」

セシリアがスライブを制しするまもなく、スライブはリュカを静かに見つめたまま言葉を続けた。


「自分自信しかないって…それができたら苦労しない!どうせ僕は父には及ばない。無能で出来損ないで父のような政治的な手腕も学も能力もない。何一つあの人には勝てない」
「だからなんだ?お前は父と同じ人間ではない。個別の存在だ。父の真似をする必要はないし、奴のようにあろうとする必要はない」

リュカは息を飲んだままじっとスライブを見つめていた。

「お前には目指したいものはないのか?自分の中でのありたい姿はないのか?父親を恐れて、それを越えることはできないと、鼻から諦めているのではないか?」
「諦めているって?僕には諦めるしかないんだよ!その格好、舞踏会にきたんだろう?お前だって僕と同じだろ。貴族という家の柵から抜け出せないんだ!」

リュカは声荒げて叫んだ。
それは魂の叫びにも似ていた。自分の思いとは裏腹なこの世の不条理に対する怒り。そしてそれに対して無力な自分への怒り。
それをスライブは受け止めるように、一旦目をつむった。そしてポツリと話始めた。

「俺も昔全てから逃げていた。権力闘争にも嫌気が差していたし、私服を肥やす貴族供も吐き気がするほど嫌いだった。だから逃げ出した。俺には何もできないと。お前と同じだ」
「だろう!逃げて何が悪い!どうせ何も変えられないんだ!」
「だが、俺はある少女に出会ったことで変わろうと思えるようになった」
「少女?」
「彼女は言った。国を支える臣民の生活を保障し、誰もが健康的で文化的な生活を送れる国を目指すべきだと。そしてそのためにできることをすると。」

それは多分以前自分がランドールでスライブに言ったことだ。
何故彼は今、それをリュカに言うのか。思わずスライブの言葉を待った。それはリュカも同じでスライブを見つめたまま黙って聞いていた。
スライブはそんなリュカに対して、更に言葉を続けた。

「俺はそれを聞いた時、なんて壮大で馬鹿馬鹿しい夢だと思った。だけどどうだろう?彼女は無謀だと思いつつも確固たる信念を持っていた。そしてそのための努力を惜しまなかった。あらゆる国の論文をよみ、知識をつけ、そして行動した。たった15歳の少女がだぞ。
そして俺は気づいた。自分にも現状を変えられる力がある。小さな力でも積み重ね努力すればきっとありたい自分になれるかもしれないと。彼女に相応しい自分になりたいと、強く思ったんだ。」

あの時にスライブに言ったことを彼はそんな風に捉えてくれたのだ。

自分が努力することは努力とも思ってない。ただ、ランドールの戦火を再び起こさないようにするのに必死だった。
王に即位してからも苦労も多かったが、みんなに支えられてなんとかやってきたのだ。

だがその行為を認めてくれるスライブの言葉に、セシリアは少し泣きそうになりながらも思わず微笑んでしまった。

「リュカ、お前はその努力と同等のことをお前はしたのか?現状を現状と捉えたまま何もしてないのではないか?小さな勇気を奮い立たせることもできないのか?」
「僕の勇気…」

呆然とするリュカにセシリアも歩み寄って言った。

「リュカ、貴方は孤児院に多額の寄付をしている。街の人とも身分に関係なく接していて、アイスで服を汚されても起こりもしなかった。その優しさは誇って良いものよ。決して自分を卑下しないで」
「そんな小さなことを?誇らしくともなんともないことだよ」
「でもそれすらもしない人間はいる。貴方のお父上のように。彼と違うことをしている時点であなたは一人の人間として父親とは違う道を歩んでいる。だから私は貴方は自分を変える勇気を持っていると思うわ」

スライブもセシリアの傍に寄り添いながらもリュカに畳みかけるように言った。

「リュカ、もしお前が自分を変えたいならば一歩を踏み出せ。この不正を悪と思い、自分の良心に従い心のままに行動できるのならば自分を変えられる。これはチャンスだ。それをお前はどうする?」
「チャンス…僕も…変われるかな」

リュカは顔を伏せ、ぽつりと力なく呟いた。
セシリアはリュカに近づき、そっとその手を取った。
リュカの金の瞳が室内の光に照らされて煌めいて見える。そこに少しの希望と願望と恐れと不安が入り混じっていた。

「リュカ・テオノクス。私はこの不正を明らかにしたいと思っています。そのために貴方の力が必要です。どうか…この不正に関する裁判に証言者として立って欲しい」

リュカの瞳がはっと見開かれる。
何かを言おうとリュカが口を開いた時、遠くから彼を呼ぶ声がした。どうやらテオノクスが戻ってきたようだ。

「セシリア、そろそろ戻るぞ」
「えぇ、そうね」
「お前に勇気があるかは見させてもらうことにする」

スライブはリュカにそういうと、再びセシリアを抱き抱えてベランダに出た。
それを追うようにリュカが声をあげる

「待ってくれ!君たちは街で会った…!?」

リュカが呼び止める声とテオノクスが部屋のドアを開けるタイミングはほぼ同時だった。
セシリア達はその音を後ろに聞きながら部屋を去っていった。

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