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セシリアは見た!①

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テオノクス侯爵とラバール伯爵を追ってセシリア達は貴賓室の方へと足を向けた。
壁際に身を隠しながら2人を追っていくと、会場の華やかな雰囲気も、優雅なバイオリンの演奏も聞こえなくなった頃、どうやら侯爵のプライベートエリアに足を踏み入れたようだ。

そっと覗いてみると侯爵は伯爵を部屋の中に入れると、一度二度と左右を見て人が居ないことを確認して中に入って行った。

「絶対あそこで取引をするわね」
「近づいて話を聞いてみるか?鍵穴からも何か見えるかもしれない」
「そうね」

セシリアがそっと部屋に近づこうと廊下の陰から身を出した瞬間にスライブが突然セシリアの腕を引っ張り、壁に押し付けるように覆いかぶさった。

「なに!?」
「黙って…」

そしてそのまま口づけられる。セシリアはスライブの予想しない行動に困惑しながら、その胸を叩いた。
だが一向にそのキスは止まらず、逆に深くなっていく。

(何が起こっているの?はぁ?キス!?)

何度も口内を侵されるようなキスにセシリアの腰が砕けそうになるのをスライブが抱き留めた。
その行動の原因がセシリア達に声をかけて来たことで、状況を察した。衛兵が来たのだ。

「お前たち、何をしている!」
「何って…恋人に口づけをしているのだが」

真っ赤になりながら、泣きそうな顔でスライブに縋りついているセシリアを見て、衛兵が状況を察したようだ。
衛兵は驚くと同時に羞恥に顔を染めながらもぶっきらぼうに言い放った。

「お客人、ここは侯爵のプライベートエリアだ。貴賓室はあちらなので即刻出て行ってもらいたい」
「それは失礼した。誰にも目のつかない場所へと彷徨っていたらこちらに来てしまった。さて、セシリア。申し訳ないが二人の時間はもう少しお預けだな」
「え…えぇ。」

じろりと睨む衛兵に臆することなく、スライブは再びセシリアの腰を引き寄せて歩き始めた。
衛兵が見えない場所にある部屋に身を滑らせた後、セシリアは大きく息をついた。

「スライブ!!どういう事よ!!」
「どういうことと言われても、背後で気配がしたから咄嗟に体が動いた」

セシリアには気づかなかったが武道にも才があるスライブにはあの時に人の気配を感じたのだろう。
だが、それにしてもあの暴挙はないだろう。

「それにしても…他にも言い訳はあったでしょ。何もあんなキスしなくても」
「まぁそれに関してはお前の怒りは甘んじて受けるよ。一度キスしたら止まらなくなってしまった」
「~!!」

セシリアは声なき声を上げたが、もうあのことを思い出すだけでも恥ずかしくて死にそうだった。だからもう思考を停止することにした。
だが、恨みがましい目でスライブを睨んでしまうのは仕方ないだろう。

「そんな可愛い顔をするともう一度したくなってしまうぞ」
「もう!!スライブなんて知らないから!」
「それよりも、取引現場を押さえに行くんだろう?ちょうどこの部屋だったら侯爵の部屋にベランダ伝いに行けるかもしれない」
「ここを渡っていくの?」

急に話を現実に戻されたセシリアはとりあえず先ほどの件を頭の隅に追いやってスライブの提案を聞いた。
確かにそれは可能だが、ここは二階だ。死ぬことはない高さだが誤って落ちれば怪我をするのは必至だろう。

「セシリアはここで待っているといい。俺が見てくる」
「私も行くわ。そのためにここに来たのだもの」

とはいっても、今日はドレス姿。しかも少々動きにくい。
うーんと悩んだセシリアはドレスを破こうとその裾に手をかけて思いっきり引き裂こうとするのを見て、スライブはその行動に慌てて待ったをかけた。

「お前!!何をするつもりだ!?」
「何って…これじゃベランダ越えられないじゃない」
「だからってドレスを破こうとするやつがあるか!こうすればいいだろう?」

スライブがそう言ったと同時に、セシリアは浮遊感に襲われ慌ててスライブにしがみついた。
いわゆるお姫様だっこというものをされているではないか。そしてセシリアが止める間もなく、スライブはひらりとベランダの手すりに足を掛ける。

気づけばセシリアは空を飛んでいて、隣のベランダに着地するまでがスローモーションに見えた。

「よし、ここに身を潜めれば侯爵たちの話も聞けるし中も見れるな」

(なんか、今日はスライブに振り回されてばっかりだわ)

半分悔しいような、半分頼もしく感じるような、複雑な心中をよそに、中では侯爵たちの会話は進んでいく。
それをそっと聞き耳を立て、セシリアは気配を殺しながら中を盗み見た。
中ではワインを傾けながら談笑する侯爵と伯爵の姿があった。そしてそれを無表情で眺めているリュカの姿も見ることができた。


「この間の獅子の置物、アレクセイ様はお喜びになりましたか?」
「あぁ、いたくお気にいりになったようだ。」
「それはようございました。あれは私が設計して作らせたものです。瞳にルビーをはめたところは自分でも気に入っております。一点ものですし、気に入ってもらえて安心しました」
「これでアレクセイ様からさらなる信頼を得ることができたと思う。ラバール伯爵、礼を言う」
「いえいえ。いつも監査の目を誤魔化してくださっている侯爵様のお役に立てられれば幸いでございます」

この間の獅子の置物…と言うことは、多分カレルが見た置物のことだろう。
つまり伯爵から侯爵へ、侯爵からアレクセイに流れたと言うことだ。
一連の不正の流れが繋がった。

(まさかアレクセイ叔父さんにまで話が及ぶとは思わなかったけど)

これで事件の全容が明らかになった。あとは裏付け捜査を行なえば事件も解決となるだろう。
ただ裏付けと言っても現時点で手元にあるのは物証としては裏帳簿だけだ。セジリ商会とラバール伯爵の不正は立証できても、テオノクス侯爵とアレクセイとの癒着は立証できない。所詮はトカゲの尻尾切りになるだろう。

それをスライブも察したのか低く呟いたのがセシリアの耳にも届いていた。

「テオノクスを追い詰めるための一手が欲しいな」
「そうね…証言とかあればまた違うんだけど」

じっと考えていると、セシリアの頭上から酷く真摯な声が聞こえた。

「セシリアはリュカも共犯だと思うか?」
「分からない…でも、進んで共犯をやっているようには思えないわ」

彼の父親に対峙している時の態度を見る限りはそう思た。それに先程の舞踏会での様子から何か不満そうな、辛そうな、やり場のない怒りを持っているような人間のように見えた。

これまでの情報を考えるとリュカは貴族と言うものに酷い嫌悪感を持っているのかもしれない。それは父親の不正を見ているからではないだろうか?
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