上 下
81 / 93

夜会という名の戦場へ①

しおりを挟む

「それで?グレイスなにか掴めた?」

いつもの貴賓室の一室。セシリアはメイドの服に身を包みながらグレイスの前のソファに座ってそう言った。
香のいい紅茶は一級品。それにチーズケーキやガトーショコラなど所狭しとが並べられたスイーツをモクモクと食べて香りを堪能する。

昨日スライブと街に行った為に政務が貯まっており、午前中は詰め込むようにそれを片付けたために脳が糖分を欲していた。
次々にセシリアの口に消えていくスイーツを見ながら、一瞬苦笑したグレイスだったがセシリアの言葉に気を引き締めた様子で報告を始めた。

「そうなの。この間の言っていた夜会なんだけど、セシリアが言っていたワインが出なかったわ。私が飲んだのはいつもと同じミゼラルブ産のワイン。特に薄められた様子もなかったの」
「じゃあ私が猟師小屋で掴んだワインは全部を希釈して売っているわけじゃなくて、市場で出回るものと夜会用のものがあるって事かしら?」
「そう考えるのが妥当よね。ミゼラルブ産ワインが街で高額に取引されている話は貴族の間でも知られているし、ミゼラルブ産ワインを出すということは最近の貴族のステータスになりつつあるわ。でも夜会で下手なものは売れないから通常のミゼラルブ産として売っているのではないかしら?」

その時セシリアの中でそれを裏付ける内容が思い浮かんだ。

(あの帳簿…●と◎の記号は市場用と貴族用の2つの取引を示すものだったのね)

帳簿の謎が分かって合点がいった。

「あとは少し興味深い内容も出てきたわ。ワインと直接は関係ないのだけどラバール伯爵宝は宝飾品なんかを闇オークションで売り捌いているみたいなの。一品一品が異国のものとかで値打ちものだしでかなりのお金が動いているわ。いくら伯爵でもそんなに高額な宝飾品が手に入るとは思わないから何か裏があると思うわ」
「なるほどね…。あぁ…それならセジリ商会から横流しされているものだと思うわ」

裏帳簿からセジリ商会からラバール伯爵への物品の横流しがあった。そしてセジリ商会なら異国の珍しい物品も手に入るだろう。
手広く商売をやっているセジリ商会ならマスティリア内外の宝飾品についても売ることも可能だ。

「この間の夜会は3者が集まったものだったようだけど、この3者に怪しい動きは?」
「そうね…あの夜会ではセジリ商会は他の貴族とのコネクションを持ちたい感じでラバール伯爵の口利きでいろんな商談をしていたようね。3者が一堂に会しっていう場面はなかったけど、伯爵がワインを受け取っていたのは確かに確認した。それに気になったのは次の夜会が楽しみだと言う話ね」
「夜会?そこで何かあるっていうの?」
「私はそう睨んでいるわ。丁度侯爵主催の舞踏会が行われるし、なにか取引があると思っていいと思う」
「そう…で、招待状は?」
「もちろん手配済み。まさかとは思うけど自分から乗り込むって言わないでね」

そのまさかを考えていたためグレイスに先手を打たれてしまい、思わず言葉が詰まった。
少し怒ったような顔をするグレイスに、セシリアは乾いた笑いをするしかなかった。

「まったく!!マックス様の苦労が偲ばれるわ。どうしてそう自分で動こうとするの?」
「グレイスを信じてないわけじゃないのよ!でも、自分で確かめないと分からないこともあるし」
「素直にそういう性格だと認めたらいかが?」
「はい…」

どうしても自分でしてしまうのは性分だし、好奇心旺盛というのは認めざるを得ない。
まぁこの性格は嫌いなわけではないし、正直こういう事件に首を突っ込むのは楽しいというのも本音だ。
だが、そんな様子を見ていたグレイスは怒った顔を一変させて上品な声でコロコロと鈴を転がすように笑った。

「貴女は昔から変わらないからもう言っても仕方ないわね。それに面白いから私は高見の見物でもさせていただくわ。でも、忘れないで。影の狼はいつでも貴女のために動くことを」
「ありがとう。頼りにしているわ。」
「じゃあ私は闇オークションの方を当たっておくのがいいわよね」
「よろしくお願い。あ、頼られついでに一つ教えて」
「何かしら?」
「侯爵にはリュカという子息がいるみたいだけど、彼について何か知ってる?」

突然リュカの話題になったためかグレイスは一瞬不思議そうな表情を浮かべた後、斜め上を見ながら思い出すように一言一言話始めた。

「そうねぇ。いくつか噂は聞いているわ。孤児院に彼の名義で多額の寄付をしているようなの。侯爵って貴族第一主義みたいなところがあるでしょ?だから貴族以外の人間からは嫌われているんだけどリュカ様は町の人にも優しくて、父親とは違い使用人皆に慕われているわ」
「あぁ…あの父親ね」
「だけどその反面貴族の間では「暗い」「何を考えているか分からない」「平民と交わって変人」となんて陰で言われているの。もちろん侯爵子息だから表立っては言っている人はいないけど」
「なるほど」

マスティリアの階級制度は他の国に比べればそれほどに厳しいものではない。
ただ、やはり平民と貴族というものには暗黙の壁のようなものがあり、貴族がふらふらと街に供もつけずに遊びに行くのは珍しい事例だ。

その階級制度における溝を何とか埋めれないかとセシリアも政策を変えようとしているがなかなか難しいのが現状だ。

そんな中にあって、気軽に市民と関わり合うリュカは貴族社会では生きずらいものかもしれない。それがあの暗い表情の理由なのではないかとセシリアは感じた。

「じゃあ、私はそろそろお暇するわね…あ、そうそう」

グレイスは淡いローズのドレスをふわりと回して、セシリアに向き直った。
何を言うのか首を傾げてグレイスの言葉を待っていると、彼女はウィンクをしながらセシリアに舞踏会の招待状を手渡した。

「これ、男女同伴だから。スライブ様と楽しんできて!」
「えっ!?な、なんでスライブなの!?」
「お互いを知るいい機会だわ。あー、でもそうしたらマックス様も悔しがるだろうし…私としてはどちらの恋路を応援するか悩むところだわ」
「そこでマックスとスライブの名前が上がる理由はよく分からない」
「まぁ、本当に気づかないの?本当にセシリアは悪女ね」

何を言っているのかは理解できないが貶されていることは分かり、少しむっとしながらもグレイスから招待状を受け取った。
そうして脳内で候補者を考えた。

(確かに、誰か同伴をお願いしなくちゃなぁ。フェイルスは女性の顔見知りが多いからやめた方がいいわね)

以前街に出たときに散々絡まれたことと、自分から女の人に声をかける様子を考えると、とてもじゃないが一緒に行けるわけがない。
カレルもと考えたが、あのマスクをしても溢れ出る気品と王子感はきっとセジリ商会潜入の二の舞になるので避けた方がいいだろう。
サティは…きっと鼻で笑われて終わるだろうから論外。

(となると、やっぱりスライブとマックスに頼むしかないかぁ)

「ふふふ、悩んで悩んで。どっちがいいのか慎重に決めるのよ。ではごきげんよう」

セシリアが頭を悩ませている様子を楽し気に見ながらグレイスは可憐な笑みを残して部屋を出て行った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 だが夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

処理中です...