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リュカという青年⑥
しおりを挟むそんな会話をしているとセシリアの前方から子供が走ってきた。手にはアイスを握っており、転んでは危ないと何気なく見ていると、突然リュカの前で転んだ。その拍子に子供の持っていたアイスがリュカのズボンに思いきり付いてしまった。
「あっ!!」
「大丈夫?怪我はない?」
セシリアは思わず小さく叫んだが、リュカは自分のズボンについたアイスのことなどまるで気にせず子供を立ち上がらせて子供の服の埃を払っていた。
どうすのか。暫くセシリアが見ていると、子供はアイスが無いことに大泣きし始めた。
「僕のアイス…」
「あぁ…すまないね。君のアイスは無くなってしまったから、代わりにこれをあげよう。美味しいよ」
「わあ!お兄ちゃんありがとう!」
リュカは持っていたスイーツを子供に握らせると子供はアイスのことなど忘れたようにはしゃいでまた走っていった。
後から子供の母親らしい人物が現れ、リュカのズボンを見て青くなり泣きそうな顔で謝罪をし始める。だが、リュカは何事もなかったように柔和な微笑みを浮かべて言った。
「すみません、ウチの子が!!あぁ…ズボンを汚してしまって!!どうしましょう…」
「いえ、お気にならさらず。ズボンくらい汚れても大丈夫です。それよりあの子、足を擦りむいてしまっていたので、手当てしてください」
母親は深々と頭を下げると再度お礼を言って子供の後を追いかけていった。それを見送ったリュカにセシリアはハンカチを渡した。
普通なら怒るシーンであるが、リュカはそうしなかった。それは彼の人柄であることが察せられた。
「大丈夫ですか?これでお拭きになってなってください」
「でも、君のハンカチが汚れてしまうよ」
「いいですから。ほら足見せてください」
「でも…」
セシリアのハンカチを受け取ろうとしないリュカの態度に痺れを切らせセシリアは勝手にズボンを拭くことにした。
本当は水を含ませたハンカチの方が落ちるのだろうが、残念ながら水はない。乾いたハンカチでも拭かないよりはマシだろう。
ズボンはアイスが溶けてベタベタになっていたが、リュカは大して気にもせず、やんわりとセシリアの行動を止めたのだった。
「ありがとう…えっと君の名前は?」
「セシルです」
「そうか、セシル。そのハンカチを貸してくれるかい?洗って返すよ。セジリ商会に行けば会えるかな?」
「お気になさらず。それにもう暫くセジリ商会には行かないので」
「あぁ、臨時で働いていたんだっけ。じゃあどこで返せばいい?」
悪気はないのだろうが食い下がられると困る。
まさか城にいますとは言えず言い淀んでいるとスライブが助け舟を出してくれた
「隣町に住んでるんだし、こっちに来ないものな。縁があればまた会えるんじゃないか?」
「そうです!だからもしお会いできたらで」
「そうかい?じゃあまた会える日を祈っているよ」
そんな和やかな雰囲気を一変させるような声が上から降ってきた。
ガラガラと音を立てて走る馬車が横付けされたと思い、それを見上げると中から顔を出したのはテオノクス侯爵だった。
これはまずい。流石に侯爵には顔を合わせている。最も接近して会ったことはないが、バレたら面倒だ。
万が一ということも考えてセシリアはさっとスライブの影に隠れるように逃げ込んだ。
そんなセシリアを見たリュカは一瞬悲しそうな顔をした。どうしてそんな表情をするのか…。
だがテオノクス伯爵はというとセシリアに一瞬侮蔑の表情を浮かべたのち、リュカに厳しい声をかけた。
それは冷たく刺すような声であり、威厳に満ちて有無を言わさないものだった。
「リュカ…お前はまた共もつけずにフラフラと。庶民の食べ物を買いにきたのか?」
「気分転換です」
「お前には侯爵家の跡取りとしてしっかりしてもらわなくては。このような庶民と関わるなと言っているだろう」
フラフラ歩くことについてはセシリアも耳が痛いところだが、いつも小言をいうマクシミリアンは別に庶民と関わるのが嫌だから街に行かせたくないわけではない。
そこがマクシミリアンとこの侯爵との大きな違いだ。
(こんなのが貴族やっていると思うと虫唾が走る。こんな奴はさっさとその地位を剥奪したいものだわ)
思わず非難めいた視線を向けてしまうと、その視線に気づいたのか侯爵はジロリとセシリアを見た。
腹が立ったセシリアは自分の立場も忘れその視線を真っ正面からじっと捉えた。その態度が気に食わなかった侯爵は罵倒しようと口を開けたようだが、その前に状況に気付いたリュカがすかさずセシリアたちの前を塞いだ。
それは侯爵からセシリア達を庇うものだった。
「…お前も馬車に乗れ。帰るぞ」
「はい、父上」
そうして今までとはうって変わった暗い表情をしてリュカは馬車に乗り込んだ。
「セシル、今日は会えて嬉しかった。また会えるといいな」
そう寂しそうに一言リュカは言ったが、それを遮るように馬車は動き出していた。
それをセシリアはなんとも言えない気持ちで見送った。
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