上 下
76 / 93

リュカという青年②

しおりを挟む

経理の仕事が一段落したのち、カレルが休憩の時間となるのを見計らってセシリアは接客交代を自ら進んで引き受けた。
誰か重要な人物が来るかもしれないし、ラバール伯爵が店を訪れる可能性も高い。

カレルはさすがスライブの従兄弟であり、社交が得意なだけあって今日の来客の特徴と名前を一度に覚えてしまった。だからラバール伯爵が来ても安心なのだが、セシリアも側にいた方がいいだろうという判断だった。


「カレル、そろそろ交代の時間だって」
「あぁ、そうなんだ。ちょっと疲れたからちょうど良かった」
「立ち仕事だから疲れるわよね」
「それもあるんだけど」
「あ…あぁ」


きっと主に女性に言い寄られて困っていたのだろう。カレルにとってはそちらの方が大変だったようだ

その時カランとベルが音を立ててなるのを聞いて、セシリアとカレルはその人物を迎えようと体を向けたが、瞬時にセシリアは体をこわばらせカレルの後ろに隠れるように控えた。

そこに現れたのは濃い紫に金糸で豪華な模様を施した服を着たラバール伯爵だった。その手にはごつごつとして金に光った趣味の悪い指輪を付けている。後ろにはラバール伯爵の娘であるセレスティーヌと思われる女性が胸元の大きく開いた真っ赤なドレスを着ている。胸元には父親と同様に派手でごてごてと下品なダイヤモンドのネックレスをこれ見よがしに付けていた。

ラバール伯爵とはそう何度も顔を合わせているわけではないが念のためセシリアは顔を伏せながらさり気なく彼らを盗み見ていた。だがプライドの高い貴族でもあるラバール伯爵は商人の子供のことなどあまり気にかけなかったようだ。

「いらっしゃいませ。ラバール伯爵ですね」
「そうだ」

カレルがにこやかに出迎えると伯爵は鷹揚に頷いて、商談部屋への案内を促した。
だが、その父親の言葉を遮るようにカレルに話しかけたのは娘のセレスティーヌだった。彼女は舐めるようにカレルを見て、ポッと顔を赤らめている。
どう見ても一目惚れしたと見える。


「まぁ、貴方ここの新人さん?でも…どこかで会った?」
「いいえ。人違いでは?僕のような商人の見習いが貴族の貴方と知り合いで反ないじゃないですか」
「それもそうね。それよりもこの後食事にでも行かない?とっても美味しいレストランを知っているのよ」

(恐るべしカレルの魔性の魅力…)

しなだれかかるようにしてカレルにすり寄り甘い声をかけるセレスティーヌからさり気なく距離を取ってにこやかに躱すカレルの対応はさすがの場慣れとしか言いようがなかった。
そんな娘を見たラバール伯爵は眉を潜めながらセレスティーヌを窘める。

「セレスティーヌ、商人などに声をかけるな。お前はリュカ様との婚約前なのだから慎みなさい」
「リュカ様も素敵ですけど、彼は魅惑的よ。ねぇ、私の愛人にならない?」
「いいえ…貴族のご令嬢と私など釣り合いませんし。それより商談のお時間が迫っておりますのでお部屋にご案内しますよ」
「じゃあ、今日の接待役は彼にお願いするわ。ね、そのくらいいいでしょ?お父様」
「仕方ないなぁ」

娘に甘い顔を覗かせたラバール伯爵は、ただでさえ醜い顔をだらしなくさせて部屋へと向かって行った。
それを見送ったカレルはこっそりとセシリアに耳打ちした。

「この商談について探ってみるから、安心して」
「あの女の元に行かせるのは気が引けるけど…よろしくね」
「任せて」

そう言ってカレルはラバール伯爵の元へと急いで行った。
カレルをあの女の元に行かせるのはなんだか獅子の中に我が子を投げ込む気持ちだったが、ここはカレルを信じるしかない。
心の中で申し訳なさを感じながら、セシリアは次に商談に訪れた客の相手をすべく持ち場に戻った。


ラバール伯爵が商談部屋へと消えていった後、しばらくして再びドアベルの音と共に一人の紳士が入ってきた。
まだ年は20歳そこそこ。セシリアとそう変わらないだろう。長身で知的な雰囲気のする顔立ちで凛とした雰囲気が印象的だった。黒のビロードのジャケットを上品に着こなし、緑がかったブラウンの髪に金の瞳が魅惑的に見えた。

「リュゼ・テオノクスだ。本日ラバール伯爵と面会に来たのだが」
「お待ちしておりました。伯爵様は先ほどお着きです」
「そうか」
「ご案内します」

以前グレイスが言っていた情報を思い出す。『実は最近テオノクス侯爵・セジリ商会・ラバール伯爵が接近しているのよ』と言っていたが、セジリ商会での商談とは意味深だ。
今ならばこれは裏があると確信を持って言える。

だがここで何をするのか…やはり商談だろうが、この3者が会する商談については検討がつかない。ここはカレルの働きに期待するか…。
そんなことを考えながら商談が行われるVIPルームへと案内する途中で、リュカに突然話しかけられた。

「君はこの商会の方かな?歳が若いのに偉いね」
「僕は…臨時社員みたいなものなのです。父が商家なのでその勉強にお世話になってます」
「そうか。自分で稼ぐというのは凄いことだよ。尊敬する」
「そんな…町では僕くらいの歳の人間が働くのは当然ですから」

セシリアは男装しているため15歳くらいの少年のように見えるのだろう。
それにしても尊敬するとはどういう事だろうか?貴族にとって労働するなど下々の人間がするという考えを持つ人間も多いというのに。しかも貴族は遊んでいても金が手に入る。

自分で稼ぐことを尊敬するというのは貴族にしては珍しい考えだとセシリアは感じた。同時にリュカはまるで自分は自分で稼げないことを恥じているようにも見える態度が気になっていた。

「尊敬ですか?貴族様なのにずいぶん珍しいことを言うのですね」
「僕は…自分の力で生きるという事が羨ましいのかもしれない。誰にも依存せず自由に生きる君が羨ましいよ」
「はぁ…」

少し自嘲気味に自分について語る姿は、一時期のスライブを思い出す。その瞳の陰りの原因は何だろうか。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

white cube

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:48

悪魔は知らぬ間に身近に居た

ホラー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:7

運命の出会いは突然に

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

1019

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

霊能力者のレイちゃんは、黒猫と依頼に行く。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

チョコレートの罠(巣とはどういうものかしら 小話)

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:13

45才シングルマザー冒険記〜出来ればスローライフを目指します〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:31

処理中です...