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その名を呼ばれたくて⑤

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 逆にスライブは体を起こしながら質問を返してきた。

「そういうお前こそ、いつ俺が"スライブ"だと気づいたんだ?」
「私もロイヤルガーデンで会った時かなぁ?王太子を演じてたカレルが自分の名前を告げたから、おかしいと思ったの。で、スライブを思い出したの」
「そうか…そこからか。お互い正体に気づきながら、色々と攻防を繰り広げていたわけか」
「確かに…ふふふ。お互い不毛な戦いだったわね。でも、なんでスライブは自分が王太子であるって言ってくれなかったの?」
「まずは少年王ライナスを試そうと思ったのが発端だな。噂の少年王がどれほどのものか見定めるため…という感じで。」
「まずは?ってことは他にも理由があるの?」

セシリアがそういうと、スライブは目を逸らしあっちの方向を見ながら顔を赤らめて言った。
躊躇いがちに口にするそれはたどたどしくて、いつもの歯切れの良さはなかった。

「あー、んー。見直して欲しかったんだよ…」
「え?見直す?スライブを?」

セシリアにとってスライブはスライブだ。何を見直すというのだろうか?
キョトンとするセシリアに、スライブはやけくそとばかりに言った。

「ランドールでは…その…情けないところばかり見せてしまっていたしな…。男の矜持っていうか…」
「あぁ…そうね…」
「だから求婚するには俺の別の面を知ってほしかったんだ」

確かにランドールの出会いだけを考えると求婚は受け入れられなかったし、実際スライブとの執務を通して彼を見直したのは事実だ。
なんとなくその「男の矜持」の意味が分かる気がする。

「確かにそれは効果的だったかも」
「そうか?!」
「う…うん」
「まぁ、そういうわけで王太子であることを隠していた。悪かった。」
「それはまぁお互い様ってところかしらね」

事情は違えど、お互い事情と思惑はあったのだ。それをセシリアは責めることはできないだろう。
だが、スライブはその言葉に心底安心したように、安堵のため息をついた。そして、体を真っすぐにセシリアに向き直ると、じっとセシリアの瞳を見つめて口を開いた。

「結婚してほしい」
「今それ言う!?」
「いやこういう時だからだ。お互いの立場を分かりあえた。もう隠し事はないし、"セシリア"にはプロポーズしてないだろう?」

至極真っ当だと言わんばかりの口調だったが、そう言われても「はい、そうですね」とは言えない。
突然のプロポーズに頭が混乱しながらも半ば反射的に断りの言葉を口にしていた。

「!?いやいやいや、結婚とか無理でしょ?」
「…俺が嫌いなのか?」
「あー、そういう捨てられた子犬みたいな目で見ないで!…正直に言うと嫌いじゃないわよ。」
「なら問題ないじゃないか?」
「問題大ありでしょ!?大体私は王なの!!この国を出れないでしょ?」

そうなのだ。自分がいくらスライブを好きだと仮定しても、そもそもセシリアがマスティリア国王ライナスだという時点でそのプロポーズは受け入れられない。
そんなことは聡明なスライブなら分かるはずだ。

「兄の事か?」
「え?なんでそれを…?」
「もちろん調査したさ。何故女のお前が男としてマスティリア王をしているか。何か事情があると思ってな」

菜園の帰りの段階でセシリアが女だと気づいていたならば時系列的にスライブが何故自分が少年王をやっているかを疑問に思うのも当然だ。
本当に…この男はどこまで先回りをするのだろう。セシリアは割と発想力勝負というところで突飛なことをやりがちだ。だからこそ宰相であるマクシミリアンは振り回されている様だった。
だが、スライブは先読みをして計画的に政務を行うタイプだ。

「もしかして…少年王をやっている理由を突き止めていたり…しないわよね…」
「もちろん調べたぞ。兄の代わりに国王をやっているのだろう?」
「だったら!!分かるでしょ?兄さんが見つからないと国王を辞めれないんだってば!」
「なら兄を探せばいいのだろう?」
「でもこっちで3年も探しているのに見つからない。だから結婚は無理なの、以上!!」

あまりにも正論すぎる正論にセシリアは戸惑いながら

「じゃあ、兄が見つかったら何の障害もない。結婚してくれるな?」
「まぁ…見つかれば…だけど。」

正直そんなことは無理だ。

「じゃあ、そう言うことで」
「どういうことよ?!」
「俺はお前が好きだ。そしてお前は俺を嫌いじゃない。ただし兄の不在が障害だ。それを取り除けばいいわけだ」
「うーん、まぁ、そうね」

別に嫌いじゃないだけで、恋人として好きなわけではない(と思う)が、そこはツッコまないでおこう。

「というわけで、兄が見つかったら結婚してくれるな」
「分かったわ。まぁ無理だとは思うけど…」
「よし!その言葉忘れるなよ!!じゃ、これは前払いということで」

不意に唇を柔らかいものが掠めた。
一瞬だったがそれは暖かくて気持ちが良いと感じる。

(キス…した?!)

そう分かった瞬間、顔が真っ赤になっていることが分かる。動揺の余り二の句が告げないでいると、スライブがセシリアの顔を覗き込む。至近距離で覗き込まれその吐息が頬にかかった。

「嫌だったか?」
「ちょ…そんなこと聞かないでよ!!」

そう、不思議なことに嫌ではなかった。ただ猛烈に恥ずかしかったが。

「今日はここまでにする。あまりそんな可愛い顔をすると歯止めがかからなくなるな」
「そんな顔って!?」
「お前は俺の初恋の相手だからな。絶対に俺はお前を諦めたりしない。覚悟しておけよ!」

そう言って今度は頬に口づけして、満足そうに笑った。そこには無愛想で鉄面皮と評されるような表情はなかった。ただ優しい目で笑う男の顔があった。

「とにかく!!スライブが目を覚ましたって皆んなを呼んでくるからね!!」

なんとなく居心地が悪くなったセシリアはそう言い訳して立ち上がり、脱兎のごとくスライブの部屋から退出した。

(青薔薇の貴公子なんていう噂どこに行ったのよ!!)

心の中を見透かしたようにニンマリ笑うスライブの笑みを思い出し、セシリアはわずかな敗北感と不思議な高揚感を持って、マクシミリアンたちの部屋へと向かったのだった。

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