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その名を呼ばれたくて①

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その日、セシリアは少々ソワソワとしてしていた。
近いうちにスライブとマクシミリアンが結託し、セシリアの監視の目が厳しくなるだろう。
早く猟師小屋に行ってみたいと思いながら過ごしていた。

(やっぱり夜に抜け出していくしかないかなぁ)

夜のお忍びも今までの経験から問題は無い。逆に夜の方が小姑…もといマクシミリアン達の監視の目も緩むだろう。
持っていくものや夜の段取りなどを脳内シミュレーションしながら公務をこなしていたのだが、何となくスライブからの視線を感じる。

今までの何か大切なものを見るような視線ではなく、なんだか心の底を見透かしてしまいそうな目。
何となく居心地が悪いので、セシリアは思い切って聞いてみた。

「ルディ…僕の顔になんかついてる?」
「いえ。ただ…なんとなくソワソワしてませんか?何か企んでいるんじゃないでしょうね?」

鋭い指摘に思わずビクリと肩が震えそうになるのを抑えて、セシリアは笑顔で返事をした。

「え?そ、そんなことは…ないよ?」
「本当ですか?」
「うん。本当本当!あ、そうだ。ルディは悪いんだけど、こっちの資料を図書室に戻しておいてもらえるかな?僕はそろそろ休憩にするから、ルディも一息ついてきてもいいから!」
「そうですか?」

ボロが出ないようにスライブをそれとなく執務室から追いやろうとした。スライブは怪しむような態度を見せていたが渋々といった態で執務室を出て行った。
それを笑顔で見送るとセシリアは思いっきり息を吐いた。
バレていないとは思うが、これ以上一緒にいたらスライブに気づかれてしまうかもしれない。

(スライブってば、マックス並みに勘が鋭いしなぁ。それに何となく監視されているようで落ち着かないわ)

後ろ暗いものがあるからこそ一緒に居たくないのだが、それでも政務は一緒にこなさなければならないのが辛いところだ。
午後の政務もあと少しという時間になったのでセシリアは政務を早々に切り上げることにして、スライブが図書室から戻ってから暫くしたのち政務を終えた。
やはりスライブの視線は気になったが、それを振り払うように部屋に戻る。

(えっと、何かあった時のための護身用の短刀と、マテルライトのランプも準備して…)

準備を整えると、いつものように窓からロープを垂らしそっと部屋から抜け出した。ロイヤルガーデンにある温室に行って庶民の少年が着る服にいそいそと着替える。
ウィッグはライナスの亜麻色の髪のもののままにして、少し着古したベストに煤けたズボンを履くとどう見ても街の少年だった。

そうして、いつものようにロイヤルガーデンからそっと顔をだして左右を見渡す。人は居ないようだと思いそっと抜け道の茂みに入ろうとした、まさにその時だった。

「いらっしゃいませ、陛下。」

抜け道の脇に人が居るとも知らずにいたセシリアは、急に声を掛けられてぎゃあと叫びそうになった。見れば抜け道の脇の木にもたれかかるようにして、黒い笑みを浮かべたスライブが立っていた。

「わあああああ、ルディなんでいるの!?」
「マクシミリアン殿も予想してました。自分が政務に戻る前に行動を起こすだろうからここ数日は気をつけてと言ってましてね。今日の昼の様子だと、何か企んでいるようでしたし。行くなら今日かなと。」
「相変わらずの観察眼だね…。」

最早ため息しか出ない。セシリアの完敗だった。
がっくりと項垂れているセシリアに、スライブはため息交じりに声をかけてきた。

「猟師小屋に行くんですよね。さぁ、行きましょう」
「え?止めないの?」
「止めても一人で行かれるのでしょう?それよりは一緒に行った方が安心です」
「あ…うん…」

もうスライブの同行についても諦めなざるを得ないだろう。ここまできてスライブに帰れというのができない相談だと思った。

「残念ながら馬は用意出来なかったので相乗りになるのはご容赦ください」
「分かったよ」
「では、どうぞ」

スライブは恭しく手をだしてセシリアを馬の前にエスコートし、乗馬を補助した。そして自らもひらりと馬に乗り、鐙を軽く打ち付けた。

馬は初めは並足でゆっくりと歩きだし、やがて森の奥を抜けて街道に出たところで一気に駆け足になった。
以前、スライブとこうして馬に2人乗りしたことを思い出し、つい最近のことなのに酷く昔のように感じた。
それだけスライブと過ごした時間が濃密だったのだろう。あの頃に比べると2人の距離もだいぶ近くなった気がする。
なのに、スライブに本当のことを打ち明けられない罪悪感と共に、ずっとそばに居られないことに、少しの寂しさも感じた。

(おかしいわ…。前はスライブに早くトーランドに戻ってほしいと思っていたのに寂しいだなんて。きっと一緒にいることに慣れてしまったのね)

自分の中の感情が何なのか分からず若干持て余していた。だが、今はこうしてスライブがそばに居る。
それに実際一人で猟師小屋に乗り込むのはリスクもあると感じていた。だからスライブがいることが心強いという思いもあり、少しだけ安堵の気持ちも覗いていた
やがて、馬は猟師小屋の近くまで来た。

「猟師小屋に誰かいるとまずいので、馬はこの辺に止めましょうか」

遠目では人気が無いように感じたが、万が一を考え猟師小屋から離れたところに馬を隠すように止めた。
丁度栗毛の馬だったので、暗闇に紛れて目立たないのは我ながらいいチョイスだったと思う。
そして息を潜めながら猟師小屋に近づくが、中は真っ暗でやはり人がいる様子はなかった。

「誰もいないのかな」
「そのようですね。何か隠しているなら見張りの一人でもいてもおかしくはないでしょうけど…」
「まぁ、とりあえず中に入ってみようか」」
「一応聞きますけど、陛下はここにいてください」
「嫌だ」
「ですよね…そう言うとは思いましたが」
「さ、行くよ!」

スライブが呆れた声を上げたのを無視してセシリアは先人切って猟師小屋に乗り込んだ。
窓から中を覗いて誰もいないことを確かめると、そっとそのドアを開いた。ドアは小さくキィという音を立てて開けられ、セシリアは滑り込むようにして小屋の中に入った。

「中は…誰もいないみたいだね」
「そのようですね。」
「暗いなぁ。ちょっと明かりをつけよう」

セシリアは持ってきた小さなマテルライトを使ったライトを取り出して、スイッチをオンにすると周りが少しだけ明るくなった。
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