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王都潜入観光④
しおりを挟む意外な展開にセシリアは驚いた。
まさか店に入るとは思わなかった。拒否しようとするがスライブは握った手を引っ張って店内に入ってしまった。
いつもはセシリアが振り回すのに、今回ばかりはスライブに振り回されている。
どうしようかと慌てていたが気づけばセシリアはショーケースに立たされていた。
「セシルはどういうのが好きですか?」
「え…!?いや、僕は…そういうのは…」
「セシルは女顔ですからね。もしあなたが女性なら…こういうのが似合いそうですね」
そう言って目の前にすっと差し出されたのはごてごてはしてないが、それなりに値が張りそうなネックレスだった。
「ぼ、僕は男だから…」
「まぁまぁ、見るだけですし。セシルならどういうのを選ぶのか知りたいのですよ」
一応セシリアは断りの言葉を口にするが、そんな言葉は聞く様子もなくスライブは楽しそうにあれもこれもとネックレスを選んでいる。
セシリアは最初は止めようとしたが、スライブがあまりに楽しそうにしているので諦めのような境地になってもう放置状態だった。
(あ、これスライブと同じ瞳の色だ。キラキラしてて、なんか今のスライブみたいだな)
「ん?セシルはエメラルドがお好きですか?」
「あっ!えっと、なんかスライブの瞳みたいで綺麗だなと思って。もし選ぶならこういうのがいいかもね」
「私の…瞳ですか?…そうですか」
スライブは一瞬驚いた顔をしたのちに、急に破顔した。そして急にじっとセシリアを見つめて言った。
先ほどの少し楽しそうに話していたスライブのその言葉が目があまりに真摯なものだったので、セシリアは動揺しつつもそれを魅入られるように見つめ返した。
「セシリアは…スライブのことが嫌いなのでしょうか?」
ぽつりとつぶやくその言葉は少し弱気で、話の急な展開とスライブの感情の落差に動揺する。
これまでの計画を考えると「セシリアはスライブを嫌っている」と言えば良かった。
そうすればスライブはセシリアを諦めて大人しくトーランドに帰ってくれるだろう。だが…思わず違うことを言ってしまった。
「えっと…嫌いではない…んだと思うんだよ。」
「え?」
「あっと…ちょっと事情があるんだ…と思う。それよりそんな面倒な女は諦めた方が…」
セシリアが言い終わる前にスライブが安堵のため息を漏らした。そして目を伏せて小さく言った。
「良かった…嫌われていない…か。」
「あ…うん。」
そう漏らしたスライブの言葉はルディの口調ではなく、スライブのものだった事にドキリとしてしまう。
そしてスライブの想いを受け入れるような発言をした自分に酷く動揺した。
同時に猛烈な罪悪感に苛まれる。
スライブの事は嫌いではない。むしろ好意的に思っている。
出会ったときはぐちぐちとしていて面倒な男だとは思ったが、付き合っていくうちにその真っすぐな性格と状況を冷静に見る目も、頭の回転の速さも尊敬に値する。
だがそれが恋愛としての感情かと問われると、なんとも言えなかった。
だからこそスライブが自分と会いたがっていることは十分に伝わっているがその好意を受け入れられなかったのだ。
(ごめんね、スライブ…。私はマスティリア王だから…セシリアだって伝えることはできないの。)
「さぁ、そろそろ行きましょうか。」
「うん。そうだね。そうそう、そろそろお腹も空いたから定食屋にでも行こう?」
その思いを振り切るように、セシリアは違う話題を出して曖昧な自分の気持ちに蓋をするのだった。
店を出て定食屋に向かう道のりを進んでいくとスライブは首を傾げながらも歩調を合わせて歩いてくれた。
確かにワインの話を調査するなら飲み屋の方がいいかもしれないが、セシリアの中でお腹は肉を欲していた。
(うだうだ考えてても仕方ないし、こういう時は肉よね!!肉を食べれば気持ちも切り替わるわ!)
「定食屋ですか?」
「うん、美味しいお肉料理を出してくれるお店を見つけたの!」
セシリアが得意気に言うとスライブはぷっと笑って言う。何か変なことを言っただろうか?
「ふふっ…」
「何かおかしい?」
「いえ…ちょっと思い出しまして」
「何を?」
「昔このような事があったなぁと。」
それがセシリアとスライブが出会ったときのことを暗に言われているようでドキッとする。
バレている…わけではなく純粋に思い出を話してくれたのだろう。
何となく嬉しい気持ちもあり、セシリアは照れ隠しのように足早に定食屋に向かうことにした。
「ほら、行くよ!!」
「はい」
メイン通りを抜けて少し小道に入ったところの定食屋に着くといい香りが鼻孔をくすぐる。
食欲が増進されるのか、席に着席する時にはセシリアは空腹を覚えていた。メニューを見て何にしようかというところで給仕がやって来てオーダーを取ってくれる。
「まずはドリンクはどうしますか?」
「私は…そうですね。ワインにします。えっとセシルはソーダ水がお好きですからそれでいいでしょうか?」
「あ、う、うん」
流石に城外でライナスとも陛下とも呼ぶのはちょっと…ということで、いつもの男性用の偽名であるセシルと呼んでもらえるようにしていた。
ただ一瞬言葉に詰まったのはセシルと呼ばれたことではない。スライブがソーダ水を注文したことだ。
確かにソーダ―水はセシリアの好物である。城内では飲むことがあまりないのでこうやって街に出た時の楽しみの一つだったし、それはランドールでも変わらなかった。
(ソーダ水が好きってそんなこと言ったことがあったかしら?)
「でも、僕がソーダ水を好きだってよく分かったね?」
「何となく、そう思っただけです」
その時一瞬スライブが止まったような気がしたが気のせいだろうか?
一瞬の間の後、スライブは何事もなかったように答えてくれた。何となく違和感を感じるものの、あれほどの切れ者のスライブの事だからセシリアの行動か何かから察してくれたのかもしれない。
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