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世界で一つの香り⑤

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今日も朝から忙しく過ごしているセシリアの様子を見て、スライブはお茶の用意をアンナにお願いした後、書類の不備について気が付き急いで執務室に戻った。
すると「あ"ー」っという叫び声が聞こえて、スライブはそっと部屋を覗き込んだ。なんだかんだとスライブがいることで少年王を演じなくてはならないことがストレスのようだ。

いつもきっちりとした王を演じているセシリアだったが、気心の知れたアンナだけが見てると思っているようでソファで手足をジタバタと動かし、ほとんどソファに身を沈めるように倒れこんでため息をついていた。
その様子が可愛いくて思わず微笑んでしまう。まさかスライブ自身が聞いているとは思っていないようで色々と文句を言っているようだ。
だがこのまま盗み聞ぎも申し訳ないので執務室に入ると、セシリアは途端に居住まいを直す。

(いままの素でいいのに…)

壁を作られているようで少し寂しいという思いもしてしまう。そしてアンナとの会話からどうやらセシリアはお忍びで城下町に遊びに行っていることが分かった。ということは屋台の広場であったのはやはりセシリアだったのだろう。

ランドールの時から街に出てふらふらしていたことを思うと、3年経っても変わっていないことが嬉しかった。3年という年月は短いようで長い。少年王という国を率いる立場になって、不満ばかり言う国民も保身しか考えない貴族も、言いがかりをつけてくる他国も、色々なものを相手にしていると心が荒みがちになるというのに、セシリアにはそのような影は全くなかった。

そんなセシリアにスライブはまた恋に落ちた気がした。あの時と同じように真っすぐに前を見据えるその心に魂が揺さぶられる。
自分の気持ちばかり高まってしまう。不公正さを感じるがそこは惚れた弱みだ。まずはセシリアの心をこちらに向けさせるのが重要。だから少しばかり提案してみた。

「私の前ではマクシミリアン殿に対するように接していただいていいですよ。」

心からの願いだった。少しでも自分にセシリアの面を見せてほしい。そう思って言ったのだが本人は少しむっとした様子で了承してくれた。たぶんスライブの前で少年王で居続けられないことが負けたようで悔しかったのだろう。
そうして書類の確認をして執務室を出ようとした時に、不意にセシリアが質問してきた。
ほんの些細な疑問だったのだと思う。だから力むことも恥じることもなく、セシリアがするりと聞いてきたのだ。

「どうして、セシリアを正妃にしたいんだ?」

そうか。彼女はスライブが何故婚姻を望んいるのかが理解できていないのだ。あの状況下ではセシリアがスライブに恋心を抱く可能性は悲しいかな低いだろう。
だからこそ意識してもらわなくてはならない。そして自分がいかにセシリアに固執しているかを匂わせる必要がある。スライブはサティ並みの意地悪い笑みを浮かべているだろうと思いつつもストレートに言った。

「そうですね…強いて言えば、初恋の女性、だからですね。」

優に30秒は経っていたと思う。セシリアは目を見開いたまま硬直していた。
きっと脳が処理能力を超えているのかもしれない。そして叫んだ。

「えぇええええ?!」

だがスライブはその様子を見て満足した。それをおくびにも出さずににっこりと笑い優雅に一礼すると執務室を出た。
扉を閉めてからもセシリアの絶叫が聞こえた。

その様子を考えるだけでも思わず小さく声を殺して笑ってしまう。本当にセシリアといると飽きない。やはりずっと一緒に居たい。だから少しずつ…そうやって少しでも自分を意識してくれればいいと願いながら、スライブは今度こそ国庫管理課へ歩き出した。

その夜のことだった。

実は昼に国庫管理課に届ける資料を見て不審に思ったことがあった。
全体的にばらつきがあると思っているが、よく見ると物納である年貢方は少なくないのに、税収の方が減っている。
税収入を持っている貴族はその収益によって税の加算が決まるが、その主な部分は物品の売り上げに依存しているはずである。
つまり何かの要因があって特産品の売買が不振だったことが考えられる

だが不思議なことに物品の年貢は変わらないのに貨幣税収だけが減っているのは少しおかしい。
特に顕著なのはラバール伯爵領だった。
ラバール伯爵領を含め不審な税収のある地域がどこなのかを知るためにスライブは夜の図書室に調査をしに来たのだ。また、もしこれが不正ならば流通過程で何かの問題があるのかもしれない。とにかく調査は必要だった。

深夜の図書室など人はいないはずでゆっくり調べ物をして頭が整理できるだろう。そう思って図書室を開けると意外な人物がいた。

セシリアは窓べりに腰かけて何かを読んでいたが、その姿は執務中のものとは違く、非常に薄着だった。
少し顔が赤く火照っているように見えるのは風呂上がりなのかもしれない。
近づいてみるとセシリアのあの香りがいつもより強く香ってきて、その色香に思わず胸が高鳴った。

(それにしても…目の毒だな…)

セシリアは薄着で女性らしい柔らかな体つきが見える。本人は気づいてないようだったが、見ているこちらとしては意識してしまう。
とりあえず話に集中しようと何をしているのかを聞いてみると気候のデータをチェックしているという。

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