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月下の出会い③
しおりを挟むその時月光に照らされてカレルの顔がはっきりと見え、そしてセシリアは固まった。
(トーランド王太子?!なんでこんなところに?)
あのプラチナブロンドの少し伸ばした髪とアクアマリンの透き通った瞳。間違いない。謁見時に見たトーランド王太子だ。
そう言えばトーランドの王太子の名前…確かスライブ。スライブ=ルディ=トーランドだったはず。
でも彼は自分をカレルと名乗った。その一方で、あの従者をスライブと呼んだ。
スライブは驚いたようにセシリアを見つめた。
(え?なに?どうなってるの??)
セシリアは混乱した。とりあえずこの場を離れなくてはならないことだけははっきりしている。長居は無用だ。
「じゃ、じゃあ私もう戻りますね!」
これ以上顔を見られたら敵わないと思い、俯き加減に走った。三十六計逃げるに如かず。
なのに、なぜか後ろから男が呼ぶ声がした。
「待て!!お前は!!」
(ひいいいいい、なんで追ってくるのよ!!)
セシリアは全速力で走った。ドレスが汚れようと足が出てはしたないとかそんなことを考える余裕はなかった。
男は執拗に追ってきたが、地の利はセシリアにある。いろいろと庭園を大回りして何とか男を巻いた。
ようやく温室に着いたときにはぐったりだった。
「とりあえず…早く着替えないと。万が一ここに踏み入られたらヤバいわ」
急いで髪を纏めショートカットのウィッグをかぶる。さっとメイクを落とすとモスグリーンのドレスを脱ぎ捨て、男物の服を着る。
最後にシークレットブーツを履く。
見た目は完璧に男に見える。うん。問題ない。
そうして何食わぬ顔で温室を出てからまた薔薇園をこっそりと進んだ。
がさりという音がして、振り向くとそこには朱金の髪を輝かせた男―スライブがいた。
息を大きく切らせているが、セシリアを見ると顔に緊張が走った
「マスティリア陛下…」
男と同様にセシリアも驚いたがあくまで平静を装う。
「そなたは?」
「はっ、申し訳ありません。私はトーランド王太子殿下の従者ルディ=ソルティネールと申します」
「そなたが何者か変わったが、こんなとこで何をしている?」
「いま…人を探しておりまして。恐れながらこちらに金の髪の女性が来なかったでしょうか?」
(え!?やっぱり追って来てたんだ。危機一髪だったわ…)
内心冷や汗ものだったが、ここはしらを切るしかない。幸いスライブも国王=セシリアとは思っていないようだ。
「いや、見てはいないが。」
「そうですか…」
「とりあえず、ここはロイヤルガーデンだ。王族以外入るのは許されない」
「申し訳ありません。なにぶんよく分からず足を踏み入れてしまいました」
「今回のことは不問にする。早くそなたの主の元に帰るといい」
「…御前失礼します」
スライブは騎士らしくきりっとした態度で一礼すると去っていった。
それを見送ったセシリアは盛大にため息をついた。一体この短時間で何がどうなっているのか理解できない。
混乱した頭を抱えながらも自室に戻った。
「おかえりなさいませ、お嬢様。お風呂の準備は整っておりますよ」
「ありがとう…。その前にちょっと紅茶入れてもらえる?可能なら少しブランディを落としてもらえると嬉しいのだけど」
「かしこまりました。」
自室に着くとアンナが迎えてくれる。それを見て張りつめていた緊張感が取れ、安堵のため息が漏れた。
だがこうしてはいられない。とりあえず状況整理と共有のためには側近を呼ばなければ。
「あとマックスとフェイを呼んできてもらえる?」
「この時間からですか?」
「うん。申し訳ないけど」
セシリアの指示に従ってアンナはメイドに2人を呼びに行く手配ををした後、リクエスト通りに手早く紅茶の準備をしてくれた。
「どうぞ。」
差し出されたティーカップを持って紅茶を一口含んだ。
ブランディが混乱した脳を落ち着けてくれるようだった。
紅茶を飲んでいるうちにだいぶ冷静になってきた。そのタイミングでマクシミリアンとフェイルスが入室してきたが、2人の顔にはいかにも戸惑いの色が見えた。
「セシリア様、こんな時間にどうしたのですか?」
「あのね…ちょっと私も状況が整理できないの。聞いてもらっていい?ちょっと混乱してて」
「分かりました。とりあえずはお聞きします。」
「えっと、まずさっき薔薇園でトーランドの王太子にあったわ」
まずセシリアの第一声に2人に衝撃が走っている。
「それは…すごい偶然ですね…」
「うん、私もそう思う。」
「でも、まさかセシリア様の格好で会われたんですか?」
「…う、うん。」
「なんっ!?で、では正体がバレたのでは?!」
動揺するマクシミリアンの懸念は当然だろう。
だがセシリアはドレス姿の時は自分で言うのもドレスを着て濃いめのメークをしている。
言っては悪いがどこから見ても女性だ。普段ライナスとのギャップがありとても同一人物には見えないとよく言われている。
しかもカレルは顔を合わせても特に別段戸惑いなどの様子も感じられなかった。
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