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スライブの回想④
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だが、次の日セシリアは現れなかった。次の日も、次の日も。
そこでスライブはセシリアの身の上を全く知らないことに気づく。
セシリアの行方を探そうと街で彼女が馴染みにしていた人々に話を聞いて回った。
「セシリア?さぁ…どこの娘さんかは分からないなぁ。ふらりと現れて、ふらりと去っていく。細かい身の上なんて聞くのは無粋だろ?」
「たぶんあの様子だと伯爵の下働きだとは思うんだけどね。」
「いやいや、あの子は伯爵の隠し子なんじゃないかって噂だよ。だって、あの手を見たかい?水仕事なんかしてない綺麗な手だった。」
「それにドレスもいつも綺麗だったし。なんていうかなぁ…にじみ出る高貴な感じ?」
街の者たちも誰一人として彼女の素性を知らなかった。
(一体彼女は…何者なんだ)
そう考えながら自室に帰る途中に、一台の馬車が止まった。
馬車から降りてきたのは眼鏡をかけて冷たくスライブを睨んだ男。スライブの家庭教師だった男だ。
「スライブ、探したぞ。」
「サティ…政権はムーロン侯爵の手に落ちたか?」
「いや、一応小康状態だ。現場の官僚達が抵抗してボイコットを起こしている部署もあるようだ。だが、政治は大いに乱れている。王太子のお前が収拾を付けないと王家の威信にかかわる」
「そうか。俺が生きていれば戦局は変わるな。では戻るとしよう」
スライブの言葉を聞いたサティは大きく目を見開いた。
まさか王太子として帰り、継承権の宣言をするとは思わなかったのだろう。だがサティは即座に頷き、スライブに着替えを促した。
「ただ、一つ行きたいところがある」
「あまり時間はないぞ」
「すぐ終わる。」
セシリアを見つけるための唯一の手掛かりはランドール伯爵だった。だから身分を隠して伯爵の元を訪れたのだが、帰ってきたのはそっけないものだった。
「セシリア…ですか?そのような人はいないですが…」
大きなため息が漏れた。
だがその後にこっそりと影に調べさせたところ、セシリアと思われる人物がいた形跡はあった。だから十中八九伯爵の関係者だろうとスライブは推測していた。
何か身分を隠さなくてはならない理由がある。
「行きますよ」
「あぁ」
サティの言葉に断腸の思いでランドールを離れることしたのだった。
◆ ◆ ◆
「って、スライブ聞いてるかい?」
「あぁ。カレル。聞いてなかった」
「えー、少年王との対談どうするって話」
「どうせあの女のことでも考えてたんだろ。色ボケもたいがいにしろ」
スライブは自分を呼ぶ声で意識を戻した。屋台で買った夕食を摂っていた自分の手が止まっていることに気づく。
サティが冷たく言い放つのを聞いて、カレルは苦笑した。スライブ自身もマスティリアに来てだいぶ浮ついている自覚はあるので何も言わなかったが。
すぐにマスティリア王に対する算段を考える。
(少年王か。その手腕見せてもらいたいところだな。)
ライナス王のサージルラーナンド撃退劇についてはもちろんトーランドに届いていた。若干15歳の王太子がそれを行ったというセンセーショナルな情報だったが、いささか誇張されているのではと思う。
少年王ライナスは知略を持ってマスティリアを改革し、文化的生活水準も高くなったとも、新技術の開発も最先端を行っているというが、その実態について確かな情報はない。
執務上の最低限にしか姿を現さず、家臣のなかでも顔を知るのはごく少数と隠密からの報告があった。
だからこそ同盟に値する王であるかを見極める必要があるのだ。
「まずは同盟よりも友好関係を築く程度でいいだろう。まだ見極め段階だ。」
サティの言うことは真っ当だった。だが、マスティリアのマテルライトは魅力的なのは確かだ。これがあればこれまで以上の戦力は得られる。
「それに焦らした方がいい条件で同盟が結べる」
「噂の少年王の手腕が手に入るならトーランドとしてもメリットじゃないの?」
「それについては未知数だからな。…例えばまだ彼の国には前王弟派がいるらしい。それを我々が滞在中に片付けれる、とかなら話は別だがな」
「それは…なかなか厳しい条件だね」
そこでスライブはセシリアの身の上を全く知らないことに気づく。
セシリアの行方を探そうと街で彼女が馴染みにしていた人々に話を聞いて回った。
「セシリア?さぁ…どこの娘さんかは分からないなぁ。ふらりと現れて、ふらりと去っていく。細かい身の上なんて聞くのは無粋だろ?」
「たぶんあの様子だと伯爵の下働きだとは思うんだけどね。」
「いやいや、あの子は伯爵の隠し子なんじゃないかって噂だよ。だって、あの手を見たかい?水仕事なんかしてない綺麗な手だった。」
「それにドレスもいつも綺麗だったし。なんていうかなぁ…にじみ出る高貴な感じ?」
街の者たちも誰一人として彼女の素性を知らなかった。
(一体彼女は…何者なんだ)
そう考えながら自室に帰る途中に、一台の馬車が止まった。
馬車から降りてきたのは眼鏡をかけて冷たくスライブを睨んだ男。スライブの家庭教師だった男だ。
「スライブ、探したぞ。」
「サティ…政権はムーロン侯爵の手に落ちたか?」
「いや、一応小康状態だ。現場の官僚達が抵抗してボイコットを起こしている部署もあるようだ。だが、政治は大いに乱れている。王太子のお前が収拾を付けないと王家の威信にかかわる」
「そうか。俺が生きていれば戦局は変わるな。では戻るとしよう」
スライブの言葉を聞いたサティは大きく目を見開いた。
まさか王太子として帰り、継承権の宣言をするとは思わなかったのだろう。だがサティは即座に頷き、スライブに着替えを促した。
「ただ、一つ行きたいところがある」
「あまり時間はないぞ」
「すぐ終わる。」
セシリアを見つけるための唯一の手掛かりはランドール伯爵だった。だから身分を隠して伯爵の元を訪れたのだが、帰ってきたのはそっけないものだった。
「セシリア…ですか?そのような人はいないですが…」
大きなため息が漏れた。
だがその後にこっそりと影に調べさせたところ、セシリアと思われる人物がいた形跡はあった。だから十中八九伯爵の関係者だろうとスライブは推測していた。
何か身分を隠さなくてはならない理由がある。
「行きますよ」
「あぁ」
サティの言葉に断腸の思いでランドールを離れることしたのだった。
◆ ◆ ◆
「って、スライブ聞いてるかい?」
「あぁ。カレル。聞いてなかった」
「えー、少年王との対談どうするって話」
「どうせあの女のことでも考えてたんだろ。色ボケもたいがいにしろ」
スライブは自分を呼ぶ声で意識を戻した。屋台で買った夕食を摂っていた自分の手が止まっていることに気づく。
サティが冷たく言い放つのを聞いて、カレルは苦笑した。スライブ自身もマスティリアに来てだいぶ浮ついている自覚はあるので何も言わなかったが。
すぐにマスティリア王に対する算段を考える。
(少年王か。その手腕見せてもらいたいところだな。)
ライナス王のサージルラーナンド撃退劇についてはもちろんトーランドに届いていた。若干15歳の王太子がそれを行ったというセンセーショナルな情報だったが、いささか誇張されているのではと思う。
少年王ライナスは知略を持ってマスティリアを改革し、文化的生活水準も高くなったとも、新技術の開発も最先端を行っているというが、その実態について確かな情報はない。
執務上の最低限にしか姿を現さず、家臣のなかでも顔を知るのはごく少数と隠密からの報告があった。
だからこそ同盟に値する王であるかを見極める必要があるのだ。
「まずは同盟よりも友好関係を築く程度でいいだろう。まだ見極め段階だ。」
サティの言うことは真っ当だった。だが、マスティリアのマテルライトは魅力的なのは確かだ。これがあればこれまで以上の戦力は得られる。
「それに焦らした方がいい条件で同盟が結べる」
「噂の少年王の手腕が手に入るならトーランドとしてもメリットじゃないの?」
「それについては未知数だからな。…例えばまだ彼の国には前王弟派がいるらしい。それを我々が滞在中に片付けれる、とかなら話は別だがな」
「それは…なかなか厳しい条件だね」
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