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出会いは受難の始まり⑤

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(早く帰って論文の続きを読まないと。今日はだいぶ時間を使っちゃったしなぁ)

屋敷に着くとセシリアは町娘が着る洋服から、室内用のドレスに着替えた。
セシリア付きのメイドであるアンナが髪をとかし、みつあみして緩く後ろに流してくれる。
セシリアが毎日のように街に行っているのを知っているアンナはもう小言も言うこともない。だがいつも身を案じてくれているようだった。
今日も髪を整えながらため息交じりに気遣いの言葉をかけてくれる。

「お嬢様。街に行くのはいいですけど、くれぐれも危ないことはされないように気を付けてくださいね。貴方は一応王家の血を引く者なのですから。御身に何かあったら大変です」
「大丈夫よ!護身術もある程度はできるし、街の警邏隊もいるし。それとなく気を配ってくれているみたいだし」

セシリアが伯爵の預かっている娘ということは伏せられているが、王都から来た豪商の娘で政治的に重要だとかなんとか言って、ヴァンディアが警邏隊にセシリアのことを見守るように言ってくれているようだ。
だからと言ってセシリアを特別に警護するわけではないのだが。

「はい、できましたよ。」
「じゃあ、温かい飲み物を淹れて来てもらえるかしら?」
「はい、図書室でよかったですか?」
「うん。よろしくね」
「毎日、良く飽きないですね」

セシリアは毎日色々な分野の最新論文に目を通すことを日課としている。
ランドールは東にトーランド国、北にガーネルト国の国境沿いにある町である。この両国に挟まれ基本的にはこの2国から輸入しているものも多く商業的には潤っている土地である。
だが侵略の憂き目にある可能性が高いのも事実だ。前回ガーネルトに攻められたときに様々な点で彼らに劣っていることを痛感した。
ガーネルト国は新興国だ。だからこそ新しいものや技術を取り入れて発展していっている。その一方でランドールは武力に劣っているだけではなく戦術的な知識にも疎い。前回相手の兵を退けられたのは戦況的な偶然が重なったからだ。
その時セシリアは思ったのだ。新しい発想や知識を吸収し発展させ取り入れることが必要なのだと。
最初は基本的な理学、工学、算術などを中心に知識を付け、そのうえで最新の論文を読み何か新しいものに使う種を探すことになって行った。


「あくまで趣味よ。新しい知識を得るのは楽しいもの」

図書室に入るといつものように窓際に座って論文をめくる。その時陰りを帯びたエメラルドの瞳を想い出した。
スライブという男。
前回のガーネルトとの戦で目の前で人が死ぬということを見ているセシリアにとっては自らの命を捨てるという行為は許せなかった。助けたのはそんな思いと少しの良心と困った人を見捨てられないという性分。

(早く元気になるといいわね…)

セシリアはそう思って再び論文に目を戻したのだった。
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