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プロローグー少年王の秘密―

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亜麻色の髪に紫の瞳をした少年が廊下をドドドドドと音を立てて一心不乱に走っていた。
白い詰襟の服には金糸で豪華な装飾が縫われている。
丈の長いその服をたなびかせて、少年は走る。美少年…そう言っていいだろう。
抜けるような白い色に亜麻色の柔らかい髪が揺れるのは見る者のため息を誘うには十分な容姿だった。
だったのだが…今はその必死な形相で見る影もない。

「お待ちください!!ライナス様!!」
「待てと言われて待つ馬鹿なんていないんだから!!ってか付いてくるなー!!」

少年の後を追いかけているのは紫紺の服に身を包んだ長身の男だった。長く伸ばした漆黒の髪をたなびかせて走っていく。
ここマスティリア城の王族専用居住区域内では割とある光景なので、メイドたちもあまり気に留めた様子もなかった。
ただ、少年が通るときには廊下の端によって頭を下げる。
それだけでこの少年がただの少年ではないことが察せられるだろう。

「今日こそは逃しませんよ!」
「マックス、しつこい!帰ったら仕事するから!!」
「そんなこと言って騙されません!!…あ!!フェイ!!捕まえるんだ!!」

少年が曲がり角に差し掛かろうとしたとき、ドンとぶつかったのはフェイルスー通称フェイという青年である。
フェイルスは黒髪の男の言葉に反射的に反応して、少年を確保した。

「フェイ!!離せ!!」
「ダメだよ、ライナス。兄さんを困らせちゃ。」
「良くやりました…フェイ…」
「マックス兄さん、大丈夫?息が切れているみたいだけど」
「だい…じょう…ぶ…です」

全然大丈夫そうではない兄の様子を見てフェイルスは心底心配そうな表情をした。
心配というか、むしろ同情というか、兄が不憫すぎてならないという感情だった。
毎度毎度、この元気な少年は兄の隙をついて逃亡する。そのたびにマクシミリアンは城内を駆けずることになる。
騎士であるファイルスと違って、この国の頭脳である宰相であるマクシミリアンは体力はないのは明白だ。
かといって、騎士団長である自分は常に少年の元にいることはできない。
ここは兄に腹をくくってもらうしかないだろう。

マックスと呼ばれた長髪の青年はゼエゼエと息を切らしてフェイルスと美少年の元に近づいた。そして少年の腕をグイと掴むとそのまま元来た廊下を戻っていった。
その様子をみてフェイは苦笑すると2人の後を追った。

「離せ!はーなーせー!!」
「ダメです。離したらまた貴方は逃走してしまうでしょう?」
「…ワカラナイヨ」
「…ダメです。」

やがてマクシミリアンは周りのドアよりも一際大きくて豪華なドアを乱暴に開けると少年を有無を言わさずに放り込んだ。


「っ痛ったー!!マックス、暴力反対!」
「お黙りなさい!!貴方自分の立場を分かっているんですか?」
「…国王?」

ここはマスティリア国。アメイジア大陸の西に位置する小国だ。
西側と南は海に面しており、豊かな海の恵みの恩恵をあずかっている。内陸部は肥沃な土壌で農産物にも恵まれているという小国ながら豊で穏やかな国だった。
一方で北はガーネルト国、東はにトーランド国に面しているが、ここ数年は両国ともそれなりに不可侵状態を保っている。
しかし3年前マスティリアは他国の侵入があり数拠点を占拠される事態に陥った。
それを撃退し、奪還したのが即位したばかりの王だった。その齢、当時15歳。以降人はこの亜麻色の髪の王を「マスティリア国の少年王」と呼ぶようになった。
その政治的手腕は確かで、歴代の王と遜色ないか寧ろそれ以上の繁栄をもたらしていると臣民に広く愛されている。

(臣民の敬愛する少年王…その中身が…これでは…)

マクシミリアンは執務用の椅子に腰かけると背もたれに頭を預けて上を向いて文句をいう少年王をまじまじと見た。
人はその端正な容姿と優美なふるまいから騙されているか、その実は自由人で猪突猛進、王の風格など微塵もないのだ。
つまり公の場では猫かぶりというのをしている。
王の内情を知っているだけにマクシミリアンは絶対詐欺だと思っている。

「では国王。分かっているのであれば公務をしてください」
「…たまの息抜きくらいいいじゃない」
「言葉遣い!」
「はーい…」

口を尖らせた少年王をしり目に、マクシミリアンは今日の分の書類を机にドンと置いた。

「これが今日の分です」
「…今日も多いねぇ」
「仕方ありません。来週以降はトーランド王太子が来訪されるのですから、その分を今週中にしなくては」
「あー、そうだったね。…面倒だなぁ。あ、マックス!僕は風邪っていうことで!!」
「そんなことできるわけないでしょう?」

少年王は口をとがらせて文句を言うが、マクシミリアンはそれを右から左に聞き流した。
代わりにいかにトーランド王太子の来訪が重要であるかを説こうとした。

「いいですか?現在トーランドとは不可侵条約を結んでいますが、まだ友好関係にあるとは言えません。それにこの状態ではいつガルシア帝国に侵略されるか分からないですよ」
「分かっているよ。」

トーランドの更に東側にはガルシア帝国という大陸の7割を占める大帝国がある。
その帝国はマスティリアの侵略を考えているのだが、それを阻んでいるのが両国に挟まれているトーランドだった。

「トーランドと仲良くしないと、また侵略の憂き目を見るからね。」
「…お願いしますよ」

侵略という言葉に少年王の目はすぅっと細められ、真剣な色が浮かんでいた。
少年ながら年相応ではないような表情は為政者の目だ。そんな王をマクシミリアンは信用している。
だがそんな少年王への信頼は次の瞬間破り去られた。

「あーーーーそんな重要な仕事があるなら猶更ストレス発散したい!!楽な格好になりたい!!」
「あ!!ライナス様!!」

少年王ライナスはマクシミリアンが止める間もなく、自分の髪を引っ張った。すると亜麻色の短い髪からふわりと流れるような金の長い髪が零れ落ちる。
それをみたマクシミリアンが悲痛な声を上げる

「ここでウィッグを脱ぐのは止めてください!!誰か来たらどうするんです?」
「誰も来ないよー」
「いいですか、貴方はこの国の少年王―ライナス様なんです」

そう、ライナスは少年王だ、確かに。

「でもね…私はセシリアなんだよ。ライナスの双子の妹の」

少年…もとい少女はウィッグをくるくると回しながら言った。
少年王と呼ばれ人から慕われてもおり、恐れられているこのマスティリア国王は、実はセシリアという少女だったのだ。

「それは存じております。」
「じゃあさぁ、ウィッグくらい外してもいいよね。どうせマックスとフェイしかいないんだし」
「急用で誰かが入ってきたらどうするんですか?」
「分かってる…分かってるけどさー。…はぁ」

セシリアも頭ではこの状況を理解しているのだ。
愛する祖国の危機に際して、兄ライナスの代わりに王となることを決めたのは自分だ。
それでも…と、セシリアは思ってしまう。


(はぁ…本当、どうしてこうなっちゃったのかしら?)

セシリア=ダエル=マスティリアはもう何度となく思ったその言葉を再び頭の中で繰り返した。
セシリアは齢18歳にして人が体験したこともない…というか敢えて体験したいとは思わないであろう事ばかりがその身に起こっている。
彼女が望むのはただ一つ。
空気の良い田舎で、畑を耕しながら穏やかなのんびりとした生活を送りたい。ただそれだけだった。

(なのに!!なんで私ばっかり!!)


思わずペンを握る手が強くなり、ペンが折れるような軋む音がしたのは気のせいだろうか。
マクシミリアンやフェイルスがつつがなく"王"をしてくれることをが望んでいることは分かっているし、自分に与えられた役目も分かっているのだ。
そして、それを楽しいとも思うし、やりがいもあると思っている。

(でも!!たまの休みくらいくれたっていいじゃない!!)

ペンに力が入り、ペン先がとうとう折れた。
いたいけな18歳の少女が少年のふりをして"国王"をやっているのだ。
少しぐらい不貞腐れても文句は言われる筋合いはないし、なんなら城下町に出て散策くらいさせてもらってもいいだろう。

「はい、次はこれに目を通してください」
「はーい」

マックスによって無情に突きつけられる書類にサインをしながら、セシリアは思い出していた。
その状況のきっかけとなった3年前のことを。

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