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第二部
せっかくやるなら楽しく(2)
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◆
エレノーラは王妃と二人きりの、胸がどきどき胃がきりきりのお茶会が終わり、中庭を出た。
(私、捨て子の庶民よ……高貴な方と二人きりのお茶会なんて……)
内容が内容なだけに直接話をされたが、できるならこんな機会はもうない方がいいと、心底思う。
「エレノーラ」
外にはレイモンドが控えていた。エレノーラの顔を見るなりほっとしたように笑む。エレノーラもレイモンドの姿を見て、ようやく力が抜けた。
「レイモンド、戻りましょうか」
共に仕事場である研究室へと向かう。並んで歩きながらたわいない話をしつつ、先ほど、レイチェルから聞いた昔話を話題にした。
「レイモンド。昔、どちらがレティを抱くかって……陛下と争ったんですって?」
「えっ!?」
レイモンドは驚きに目を丸くし、大きな声を上げた。周りに人はいなかったが、なかなか響く声だった。動揺しすぎて、ああ、うう、と変な声を出して辺りを見回している。
「た、確かに、したことはあるけど……エレノーラ、レティはっ」
「王妃陛下が飼っていた猫でしょう?」
「うっ」
エレノーラが笑うと、レイモンドは顔を真っ赤にしてうなずいた。
猫を巡って争う二人の少年の姿を想像し、エレノーラはにやける。その勝負はアレックスが勝ったそうだが、結局、レティには拒否られてしまったのだとか。
「猫が好きなの?」
「好きだけど、それより……その、レティの目がきれいだったから」
「目?」
答えづらいのか、レイモンドはエレノーラをちらりと見た後、すぐに目をそらす。よけいに聞き出したくなる反応だ。
「じー」
「……」
エレノーラがわざとらしく言葉にしながら目で訴えると、レイモンドは小さくうなる。そのうち根負けしたのか、小さな声で言葉を続けた。
「その……レティの目は……きれいな、アンバーだったから」
その言葉にエレノーラは目を丸くする。さらにじっと見つめると、レイモンドは顔を赤くして目をそらした。
「もしかして、私の目の色を連想していたの?」
「勘違いっ……じゃ……そう、かも……」
レイモンドは幼い頃に会ったエレノーラのことを、面影で追っていた。それを知って、うれしいような、少し気はずかしいような気持ちになる。
「レイモンド……」
エレノーラの頬が赤く染まる。レイモンドを少しからかおうとしていたが、思わぬ反撃を受けた形になった。
「……私のこと、好きでいてくれて……ありがとう」
それは、恋愛感情ではなかったかもしれない。だが、エレノーラはレイモンドがその頃の自分を覚えていたことがうれしかった。
あの頃の自分を好きでいてくれる人がいる、エレノーラはそのことがなによりもうれしい。自分の行いが、悪いことばかりではなかったと思えた。
「もう、いいだろ。この話はナシだ」
「ふふっ、わかったわ」
エレノーラは話を切りかえ、そろそろと本題に入る。防音の結界を張り、レイモンドも魔法が発動したのを感じとったようだ。
「王妃陛下からの依頼で……ある薬を作らないといけなくなったの。それで、レイモンドに協力してもらいたくて」
「なんだ?」
レイモンドはすぐに理解したのだろう、うなずく。どう話すか悩んだが、結局、単刀直入に頼むことにした。
「薬の被験者になってほしいの」
「なんの薬だ?」
「精力剤……と言うより、媚薬」
レイモンドは足を止めて、エレノーラを凝視する。えれのーらもつられて足を止め、その視線を受け止めた。
「媚薬って、あの?」
「あの……っていうか、一つしかないと思うわ」
「いや、そうだけどさ」
レイモンドは唖然とした表情でしばらくエレノーラを見つめていたが、ややあって少しうつむく。
「……そうか」
小さくつぶやいたレイモンドの表情は、どこか痛々しげだ。だいたいの事情は察したのだろう。声も少しかなしげに聞こえ、エレノーラにはよくわからない、男同士、色々と思うところがあるのかもしれない。
「受けてもらえる?」
「媚薬か……」
「だめだったら、ほかの男の人を探さないといけないの。だから、早めに答えを……」
「だめだ、絶っっ対だめだからな、ほかの男なんて!」
「薬の被験者になってもらうだけで、そこから先はなにもないんだから、そんなに声を上げなくても……」
「興奮した男に襲われたらどうする!」
「いやあ、薬草の魔女を襲おうなんて男はいないと思うわ」
「いいや、ありえる。あれは理性がねじ切れるからな」
「そんな強力なものは作らないわよ」
エレノーラはそうは思いつつも、万が一にも襲われては困るし、レイモンド以外の興奮している姿は見たいと思わないので、彼にぜひ協力してほしかった。
(それにレイモンドが相手なら、うまく効いたらそのまま食べちゃえるもの)
なんて思っていることは、口が裂けても言えないが。
「じゃあ、レイモンドが被験者になってくれる?」
「ああ……媚薬な……」
エレノーラが再度たずねると、レイモンドは小さくうなずいた。苦々しい表情を浮かべているのは、妖精の森で起きたできごとを思い出しているのかもしれない。
(魔物のは薬じゃなくて、毒だったけれど)
あれは生物の雄を捕食するためのもので、薬ではなく毒だ。しかも、性的興奮を促すだけでなく、四肢をまひさせる効果つきだ。その毒にやられたレイモンドを搾り取ったのは、魔物ではなくエレノーラだが。
「さすがに、あんな悪質なものは作らないわよ?」
「なんのことだ」
あの時のことは話したくないのか、レイモンドはそう言ってそっぽを向いた。触れたくないことをこれ以上掘り返すつもりもなく、そのまま黙って歩く。
しばらく歩いて研究室にたどり着き、中に入った。レイモンドは扉のそばに立って警護にあたり、エレノーラは研究室に備えつけてある机に向かう。
「さてと、やりますか」
まずは薬に必要な材料を紙に書き出していく。ここで育てている薬草を使う予定だが、ここにはないものも必要だ。妖精の森でしか採れないような特別なものであれば、許可をとってエレノーラ自ら採取に行くが、そうでなければ調達してもらうことになっている。
今回は特別なものはないが、必要なものをまとめて依頼し、調達してもらわなければならない。今日中に依頼すれば、明日か、明後日には揃っているだろう。
(これと、これ……うーん、これが採れる場所はだいたいきれいなのよね。行きたかったなあ)
ざっと紙に書き出し終えると、扉がノックされる音が響いた。レイモンドが扉を開き、訪れた人物を確認する。訪問人は宮廷魔道士長の遣いで、魔道士長にはすでに話が通っていたのだろう。
(絶妙なタイミング……さすが、魔道士長……)
エレノーラが国に保護されてから、彼女を管理しているのは宮廷魔道士長だ。どれくらいでまとめ上げるのか、予測がついていたのだろう。
「よろしくお願いします」
「はい、お任せください」
エレノーラが依頼の紙を手渡すと、遣いの宮廷魔道士は笑顔で答えた。享楽の魔女の隠れ家で起こった問題を解決してから、少しだけ、エレノーラによく接してくれる人が増えていた。
少しずつでも変わっている。エレノーラの行いは、けっしてむだではなかった。
(これからも、がんばらなくちゃ)
どのくらいで調達できるかは追って連絡があるだろう。それまでに調合法を書き出そうと、エレノーラは再び机に向かった。
エレノーラは王妃と二人きりの、胸がどきどき胃がきりきりのお茶会が終わり、中庭を出た。
(私、捨て子の庶民よ……高貴な方と二人きりのお茶会なんて……)
内容が内容なだけに直接話をされたが、できるならこんな機会はもうない方がいいと、心底思う。
「エレノーラ」
外にはレイモンドが控えていた。エレノーラの顔を見るなりほっとしたように笑む。エレノーラもレイモンドの姿を見て、ようやく力が抜けた。
「レイモンド、戻りましょうか」
共に仕事場である研究室へと向かう。並んで歩きながらたわいない話をしつつ、先ほど、レイチェルから聞いた昔話を話題にした。
「レイモンド。昔、どちらがレティを抱くかって……陛下と争ったんですって?」
「えっ!?」
レイモンドは驚きに目を丸くし、大きな声を上げた。周りに人はいなかったが、なかなか響く声だった。動揺しすぎて、ああ、うう、と変な声を出して辺りを見回している。
「た、確かに、したことはあるけど……エレノーラ、レティはっ」
「王妃陛下が飼っていた猫でしょう?」
「うっ」
エレノーラが笑うと、レイモンドは顔を真っ赤にしてうなずいた。
猫を巡って争う二人の少年の姿を想像し、エレノーラはにやける。その勝負はアレックスが勝ったそうだが、結局、レティには拒否られてしまったのだとか。
「猫が好きなの?」
「好きだけど、それより……その、レティの目がきれいだったから」
「目?」
答えづらいのか、レイモンドはエレノーラをちらりと見た後、すぐに目をそらす。よけいに聞き出したくなる反応だ。
「じー」
「……」
エレノーラがわざとらしく言葉にしながら目で訴えると、レイモンドは小さくうなる。そのうち根負けしたのか、小さな声で言葉を続けた。
「その……レティの目は……きれいな、アンバーだったから」
その言葉にエレノーラは目を丸くする。さらにじっと見つめると、レイモンドは顔を赤くして目をそらした。
「もしかして、私の目の色を連想していたの?」
「勘違いっ……じゃ……そう、かも……」
レイモンドは幼い頃に会ったエレノーラのことを、面影で追っていた。それを知って、うれしいような、少し気はずかしいような気持ちになる。
「レイモンド……」
エレノーラの頬が赤く染まる。レイモンドを少しからかおうとしていたが、思わぬ反撃を受けた形になった。
「……私のこと、好きでいてくれて……ありがとう」
それは、恋愛感情ではなかったかもしれない。だが、エレノーラはレイモンドがその頃の自分を覚えていたことがうれしかった。
あの頃の自分を好きでいてくれる人がいる、エレノーラはそのことがなによりもうれしい。自分の行いが、悪いことばかりではなかったと思えた。
「もう、いいだろ。この話はナシだ」
「ふふっ、わかったわ」
エレノーラは話を切りかえ、そろそろと本題に入る。防音の結界を張り、レイモンドも魔法が発動したのを感じとったようだ。
「王妃陛下からの依頼で……ある薬を作らないといけなくなったの。それで、レイモンドに協力してもらいたくて」
「なんだ?」
レイモンドはすぐに理解したのだろう、うなずく。どう話すか悩んだが、結局、単刀直入に頼むことにした。
「薬の被験者になってほしいの」
「なんの薬だ?」
「精力剤……と言うより、媚薬」
レイモンドは足を止めて、エレノーラを凝視する。えれのーらもつられて足を止め、その視線を受け止めた。
「媚薬って、あの?」
「あの……っていうか、一つしかないと思うわ」
「いや、そうだけどさ」
レイモンドは唖然とした表情でしばらくエレノーラを見つめていたが、ややあって少しうつむく。
「……そうか」
小さくつぶやいたレイモンドの表情は、どこか痛々しげだ。だいたいの事情は察したのだろう。声も少しかなしげに聞こえ、エレノーラにはよくわからない、男同士、色々と思うところがあるのかもしれない。
「受けてもらえる?」
「媚薬か……」
「だめだったら、ほかの男の人を探さないといけないの。だから、早めに答えを……」
「だめだ、絶っっ対だめだからな、ほかの男なんて!」
「薬の被験者になってもらうだけで、そこから先はなにもないんだから、そんなに声を上げなくても……」
「興奮した男に襲われたらどうする!」
「いやあ、薬草の魔女を襲おうなんて男はいないと思うわ」
「いいや、ありえる。あれは理性がねじ切れるからな」
「そんな強力なものは作らないわよ」
エレノーラはそうは思いつつも、万が一にも襲われては困るし、レイモンド以外の興奮している姿は見たいと思わないので、彼にぜひ協力してほしかった。
(それにレイモンドが相手なら、うまく効いたらそのまま食べちゃえるもの)
なんて思っていることは、口が裂けても言えないが。
「じゃあ、レイモンドが被験者になってくれる?」
「ああ……媚薬な……」
エレノーラが再度たずねると、レイモンドは小さくうなずいた。苦々しい表情を浮かべているのは、妖精の森で起きたできごとを思い出しているのかもしれない。
(魔物のは薬じゃなくて、毒だったけれど)
あれは生物の雄を捕食するためのもので、薬ではなく毒だ。しかも、性的興奮を促すだけでなく、四肢をまひさせる効果つきだ。その毒にやられたレイモンドを搾り取ったのは、魔物ではなくエレノーラだが。
「さすがに、あんな悪質なものは作らないわよ?」
「なんのことだ」
あの時のことは話したくないのか、レイモンドはそう言ってそっぽを向いた。触れたくないことをこれ以上掘り返すつもりもなく、そのまま黙って歩く。
しばらく歩いて研究室にたどり着き、中に入った。レイモンドは扉のそばに立って警護にあたり、エレノーラは研究室に備えつけてある机に向かう。
「さてと、やりますか」
まずは薬に必要な材料を紙に書き出していく。ここで育てている薬草を使う予定だが、ここにはないものも必要だ。妖精の森でしか採れないような特別なものであれば、許可をとってエレノーラ自ら採取に行くが、そうでなければ調達してもらうことになっている。
今回は特別なものはないが、必要なものをまとめて依頼し、調達してもらわなければならない。今日中に依頼すれば、明日か、明後日には揃っているだろう。
(これと、これ……うーん、これが採れる場所はだいたいきれいなのよね。行きたかったなあ)
ざっと紙に書き出し終えると、扉がノックされる音が響いた。レイモンドが扉を開き、訪れた人物を確認する。訪問人は宮廷魔道士長の遣いで、魔道士長にはすでに話が通っていたのだろう。
(絶妙なタイミング……さすが、魔道士長……)
エレノーラが国に保護されてから、彼女を管理しているのは宮廷魔道士長だ。どれくらいでまとめ上げるのか、予測がついていたのだろう。
「よろしくお願いします」
「はい、お任せください」
エレノーラが依頼の紙を手渡すと、遣いの宮廷魔道士は笑顔で答えた。享楽の魔女の隠れ家で起こった問題を解決してから、少しだけ、エレノーラによく接してくれる人が増えていた。
少しずつでも変わっている。エレノーラの行いは、けっしてむだではなかった。
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