治療と称していただきます

茜菫

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第二部

せっかくやるなら楽しく(2)

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 エレノーラは王妃と二人きりの、胸がどきどき胃がきりきりのお茶会が終わり、中庭を出た。

(私、捨て子の庶民よ……高貴な方と二人きりのお茶会なんて……)

 内容が内容なだけに直接話をされたが、できるならこんな機会はもうない方がいいと、心底思う。

「エレノーラ」

 外にはレイモンドが控えていた。エレノーラの顔を見るなりほっとしたように笑む。エレノーラもレイモンドの姿を見て、ようやく力が抜けた。

「レイモンド、戻りましょうか」

 共に仕事場である研究室へと向かう。並んで歩きながらたわいない話をしつつ、先ほど、レイチェルから聞いた昔話を話題にした。

「レイモンド。昔、どちらがレティを抱くかって……陛下と争ったんですって?」

「えっ!?」

 レイモンドは驚きに目を丸くし、大きな声を上げた。周りに人はいなかったが、なかなか響く声だった。動揺しすぎて、ああ、うう、と変な声を出して辺りを見回している。

「た、確かに、したことはあるけど……エレノーラ、レティはっ」

「王妃陛下が飼っていた猫でしょう?」

「うっ」

 エレノーラが笑うと、レイモンドは顔を真っ赤にしてうなずいた。

 猫を巡って争う二人の少年の姿を想像し、エレノーラはにやける。その勝負はアレックスが勝ったそうだが、結局、レティには拒否られてしまったのだとか。

「猫が好きなの?」

「好きだけど、それより……その、レティの目がきれいだったから」

「目?」

 答えづらいのか、レイモンドはエレノーラをちらりと見た後、すぐに目をそらす。よけいに聞き出したくなる反応だ。

「じー」

「……」

 エレノーラがわざとらしく言葉にしながら目で訴えると、レイモンドは小さくうなる。そのうち根負けしたのか、小さな声で言葉を続けた。

「その……レティの目は……きれいな、アンバーだったから」

 その言葉にエレノーラは目を丸くする。さらにじっと見つめると、レイモンドは顔を赤くして目をそらした。

「もしかして、私の目の色を連想していたの?」

「勘違いっ……じゃ……そう、かも……」

 レイモンドは幼い頃に会ったエレノーラのことを、面影で追っていた。それを知って、うれしいような、少し気はずかしいような気持ちになる。

「レイモンド……」

 エレノーラの頬が赤く染まる。レイモンドを少しからかおうとしていたが、思わぬ反撃を受けた形になった。

「……私のこと、好きでいてくれて……ありがとう」

 それは、恋愛感情ではなかったかもしれない。だが、エレノーラはレイモンドがその頃の自分を覚えていたことがうれしかった。

 あの頃の自分を好きでいてくれる人がいる、エレノーラはそのことがなによりもうれしい。自分の行いが、悪いことばかりではなかったと思えた。

「もう、いいだろ。この話はナシだ」

「ふふっ、わかったわ」

 エレノーラは話を切りかえ、そろそろと本題に入る。防音の結界を張り、レイモンドも魔法が発動したのを感じとったようだ。

「王妃陛下からの依頼で……ある薬を作らないといけなくなったの。それで、レイモンドに協力してもらいたくて」

「なんだ?」

 レイモンドはすぐに理解したのだろう、うなずく。どう話すか悩んだが、結局、単刀直入に頼むことにした。

「薬の被験者になってほしいの」

「なんの薬だ?」

「精力剤……と言うより、媚薬」

 レイモンドは足を止めて、エレノーラを凝視する。えれのーらもつられて足を止め、その視線を受け止めた。

「媚薬って、あの?」

「あの……っていうか、一つしかないと思うわ」

「いや、そうだけどさ」

 レイモンドは唖然とした表情でしばらくエレノーラを見つめていたが、ややあって少しうつむく。

「……そうか」

 小さくつぶやいたレイモンドの表情は、どこか痛々しげだ。だいたいの事情は察したのだろう。声も少しかなしげに聞こえ、エレノーラにはよくわからない、男同士、色々と思うところがあるのかもしれない。

「受けてもらえる?」

「媚薬か……」

「だめだったら、ほかの男の人を探さないといけないの。だから、早めに答えを……」

「だめだ、絶っっ対だめだからな、ほかの男なんて!」

「薬の被験者になってもらうだけで、そこから先はなにもないんだから、そんなに声を上げなくても……」

「興奮した男に襲われたらどうする!」

「いやあ、薬草の魔女を襲おうなんて男はいないと思うわ」

「いいや、ありえる。あれは理性がねじ切れるからな」

「そんな強力なものは作らないわよ」

 エレノーラはそうは思いつつも、万が一にも襲われては困るし、レイモンド以外の興奮している姿は見たいと思わないので、彼にぜひ協力してほしかった。

(それにレイモンドが相手なら、うまく効いたらそのまま食べちゃえるもの)

 なんて思っていることは、口が裂けても言えないが。

「じゃあ、レイモンドが被験者になってくれる?」

「ああ……媚薬な……」

 エレノーラが再度たずねると、レイモンドは小さくうなずいた。苦々しい表情を浮かべているのは、妖精の森で起きたできごとを思い出しているのかもしれない。

(魔物のは薬じゃなくて、毒だったけれど)

 あれは生物の雄を捕食するためのもので、薬ではなく毒だ。しかも、性的興奮を促すだけでなく、四肢をまひさせる効果つきだ。その毒にやられたレイモンドを搾り取ったのは、魔物ではなくエレノーラだが。

「さすがに、あんな悪質なものは作らないわよ?」

「なんのことだ」

 あの時のことは話したくないのか、レイモンドはそう言ってそっぽを向いた。触れたくないことをこれ以上掘り返すつもりもなく、そのまま黙って歩く。

 しばらく歩いて研究室にたどり着き、中に入った。レイモンドは扉のそばに立って警護にあたり、エレノーラは研究室に備えつけてある机に向かう。

「さてと、やりますか」

 まずは薬に必要な材料を紙に書き出していく。ここで育てている薬草を使う予定だが、ここにはないものも必要だ。妖精の森でしか採れないような特別なものであれば、許可をとってエレノーラ自ら採取に行くが、そうでなければ調達してもらうことになっている。

 今回は特別なものはないが、必要なものをまとめて依頼し、調達してもらわなければならない。今日中に依頼すれば、明日か、明後日には揃っているだろう。

(これと、これ……うーん、これが採れる場所はだいたいきれいなのよね。行きたかったなあ)

 ざっと紙に書き出し終えると、扉がノックされる音が響いた。レイモンドが扉を開き、訪れた人物を確認する。訪問人は宮廷魔道士長の遣いで、魔道士長にはすでに話が通っていたのだろう。

(絶妙なタイミング……さすが、魔道士長……)

 エレノーラが国に保護されてから、彼女を管理しているのは宮廷魔道士長だ。どれくらいでまとめ上げるのか、予測がついていたのだろう。

「よろしくお願いします」

「はい、お任せください」

 エレノーラが依頼の紙を手渡すと、遣いの宮廷魔道士は笑顔で答えた。享楽の魔女の隠れ家で起こった問題を解決してから、少しだけ、エレノーラによく接してくれる人が増えていた。

 少しずつでも変わっている。エレノーラの行いは、けっしてむだではなかった。

(これからも、がんばらなくちゃ)

 どのくらいで調達できるかは追って連絡があるだろう。それまでに調合法を書き出そうと、エレノーラは再び机に向かった。
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