治療と称していただきます

茜菫

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第二部

私のかわいい旦那さま(1)

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 妖精の森にあった享楽の魔女の隠れ家での一件から、一ヶ月ほど経った。エレノーラは変わらず王宮内にある薬草庭園で働いており、レイモンドは監視兼護衛の騎士だ。あれからほかに隠れ家も見つかっておらず、平和な日々を過ごしている。

「あっついわね……」

 さんさんと照りつける太陽の下、エレノーラは額ににじんだ汗を手の甲で拭った。季節は真夏、大きなつばつきの帽子をかぶり、服は薄めの生地のものを着ているが、日差しはきつくてつらい。

 エレノーラはまだ良い方かもしれない。隣に立つレイモンドはかっちりとした騎士の制服に身を包んでいて、見ているだけで暑い。

「レイモンド、先に中で待っていてもいいのよ? 私、この庭園から出ないし……」

「そんなことはできない。僕はエレノーラの護衛だ。そばにいる」

「真面目ね」

 レイモンドのこめかみ辺りから汗が顎へと流れる。それを袖で乱雑に拭うと、気を引き締め直すように背筋を伸ばした。

(そんなところが好きだけどね!)

 レイモンドが倒れる前に早く終わらせようと、手早く必要な薬草を採取する。エレノーラが毎日、丹精込めて世話をしている薬草たちだ。籠に必要な分だけ放り込んで腕に抱えると、レイモンドは手を差し出した。

「僕が持つ」

「あら、ありがとう」

 エレノーラは感謝し、言葉に甘えて籠を渡す。レイモンドはそれを片腕で抱え、二人は薬草庭園の真ん中にある研究室に入った。魔法で室温を調整しているので、とても涼しい。

「あぁ~、ここは快適ね。レイモンド、お水いるでしょう?」

「ああ、頼む」

 まずは水分を補給しようと、エレノーラは二つのカップに水を注ぐ。籠を机の上に置いたレイモンドに一つ手渡すと、彼はそのまま一気に飲み干した。急ぎすぎたのか、口の端から水が一筋流れ、レイモンドが慌てて片手で拭う。

「レイモンド、ゆっくり飲まないと」

「うっ、……わかった」

 よほど暑かったのだろう。笑いながらもう一杯と水をそそぐと、レイモンドはゆっくりと飲んだ。エレノーラも同じように水分を摂取して一息つくと、薬を調合しようと籠の中から薬草を取り出す。

「さて、と」

 エレノーラは過不足がないことを確認してうなずき、作業に取りかかった。事前に考案していた配合と手順を確認しながら、薬を調合する。

 エレノーラが薬を調合している間、レイモンドは彼女のそばに控えていた。エレノーラが薬草をすり潰したり、煮詰めた釜をかき混ぜたり、魔力を込めたりしている間も微動だにせずにそこにいる。エレノーラは作業に没頭し、時間が経つのを忘れていた。

「よしっ、できたわ。間に合ってよかった」

 日が傾き、空が赤く染まり始めた頃に作業が終わった。エレノーラは完成させた薬を、いくつかの瓶に詰めていく。今日試作したのは疲労回復の薬で、訓練を終えた騎士たちに試してもらう予定だ。エレノーラが騎士たちの訓練場に行く訳にはいかないため、夕方に取りに来てもらうことになっている。

「汗で体がべとついているわね。ああ、さっぱりしたいわ」

「そうだな……」

 レイモンドは汗で張りついた服が気持ち悪いらしく、服を指でつかんで肌から離そうとしている。エレノーラはその様子を眺めながら、制服を脱がせてしまってなめ回したいな、なんてことを考えていた。

「そうだ。今日は、一緒に入っちゃう?」

 レイモンドは手を離し、顔を真っ赤にして慌てた様子を見せた。

「そ、そういう話は仕事が終わってからだ!」

 結婚して数ヶ月、結婚する前からやることはやっているが、レイモンドはすぐに照れて赤くなる。そんなところが、エレノーラにはたまらなくかわいかった。

(今夜はどうしてくれようかしら!)

 エレノーラは機嫌よく、鼻歌を歌いながら袋に瓶を詰める。作業がちょうど終わったところで、研究室の扉がノックされた。

 レイモンドが扉に向かい、慎重に開くと、そこには一人の若い騎士が立っていた。エレノーラはその顔には見覚えがあり、気さくに声をかける。

「あ、いつもありがとうございます」

「エレノーラさん、今回もよろしくお願いします」

 薬を取りに来る騎士の中で、一番よく見る顔だ。恐らく、エレノーラを恐れない、恨まない騎士の中で若い方だからか、こういった雑用を任されやすいのだろう。

「今日は暑かったですよね。皆さん、倒れたりしていないですか?」

「はい、こまめに水分を取るようにしていますから」

「それはよかったです」

 エレノーラの言葉に少し顔を赤くしたその騎士は、珍しいことに彼女に好意を持っているらしい。レイモンドもそれに気づいているからか、その騎士の背に冷ややかな視線を送っている。当の本人は、まったく気づかれていないようだが。

「はい、今回の分です。使い方を書いた紙を一緒にいれています」

「ありがとうございます! あ、前回の分の報告書を持ってきました」

 騎士は薬をつめた袋を受け取ると、エレノーラに紙の束を手渡す。これは前回の薬、打撲や傷に塗る薬の使用感などをまとめたものだ。使用しているところやその経過を直接確認するのが一番だが、立場上難しい。しかし騎士たちは協力的で、こうして使用感や経過を観察し記録してくれる。

「本当に助かっています」

「それは、私たちの台詞ですよ!」

 袋を片手で抱えた騎士は、反対側の手をぐっと握りしめる。いかにエレノーラの薬が役に立っているかを力説する様子に、少し気恥ずかしくもうれしくなった。

「ありがとうございます」

 エレノーラがほほ笑んで感謝すると、騎士は顔を赤くしてうつむいた。エレノーラはかわいいものだと思ったが、その後ろからにらみつけるようなレイモンドの視線を感じて苦笑いする。

「あ、あの……」

「それじゃあ、よろしくお願いしますね」

「……はい」

 騎士はまだなにか言おうとしていたが、エレノーラは気づかないふりをして話を終了させ、軽く手を振った。エレノーラが既婚者であり、さらにその旦那が近くにいることも知っているからか、騎士はこれ以上会話を続けることは諦めたようだ。

 騎士がすごすごと引き下がり、扉をくぐったところですぐさま、レイモンドは扉を閉じた。その扉が二度と開かないようにか、手で押さえつけている。

「エレノーラは、あいつにやさしくしすぎだ!」

「そう?」

 レイモンドは唇を少し尖らせて、不機嫌そうにしている。エレノーラが若い騎士と少し仲良さげに話していたことに、嫉妬しているのだろう。

「今日は、一緒に入る」

「え?」

「風呂。エレノーラから誘っただろ」

 その嫉妬心のおかげと言っていいのか、むすりとした表情のまま、レイモンドは先ほどうやむやにしていた返事をする。

(了承の返事をくれたのはうれしいけれど、勘違いされたら困るわ)

 エレノーラは扉に張りついたままのレイモンドに近づいて、その胸に抱きついた。

「私が誘うのはレイモンドだけよ?」

「当たり前だ」

「誘われて受けるのも、レイモンドだけよ。あんまり誘ってもらえないけどね?」

「それはっ……う……」

 自覚はあるのか、レイモンドは言葉に詰まる。エレノーラとしてはもっとお誘いがほしく、多少強引にされるのもいい。胸を押しつけて上目遣いで見上げると、レイモンドは顔を赤くしていた。少しむらっときているのか、下の方も反応している。

「うっふっふ。……今夜は、私がどれほどレイモンドが好きか、たーっぷり教えてあげるわ」

 エレノーラが自分の唇を舌でなめると、レイモンドの目が唇に釘づけになった。にんまりと笑いながらが指でレイモンドの唇をなでて、そのままするりと指と顎に伝わせる。胸まで伝わせたところで、レイモンドにその手を取られた。

「っ、仕事が終わってから……」

「薬も渡せたし、片づけて戻りましょうか。ふふ、覚悟していなさいよ?」

 レイモンドは視線をさ迷わせたが、すぐに小さくうなずいた。
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