治療と称していただきます

茜菫

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第一部

また、治療と称していただきます(13)

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「…なんだって?」

 低く響く、怒りを含んだサミュエルの声に、エレノーラはびくりと体を震わせる。彼女が逃げ出そうとした時に、この声音を聞いたことがあった。彼女は失敗して、酷い目にあったことは忘れられない。

「僕の、妻を離せ」

 イモンドも負けず劣らず怒りを含んだ声音で返し、サミュエルを睨みつけた。こんな状況だが、レイモンドが言う僕の妻という響きにエレノーラは喜びを感じる。この男への恐怖のみに支配されていた心は、レイモンドの存在によって、ほんの僅かだが他のことを感じる余裕ができたようだ。

「…エレノーラ」

 だが、その余裕もすぐに無くなる。名を呼ばれたのと同時に、エレノーラは後ろからぐっと顎を掴まれて、再び恐怖が体を占め、小さく呻いた。

「お前は、俺のものだよ、なあ?」

 ゆっくりと、何度も聞いたことのある言葉が吐き出される。それに逆らわず、頷き、ただ従うしかあの頃の彼女にはできなかった。

「っ、違うわ、私はレイモンドの妻なの」

 しかし、今は違う。一人だったあの頃とは違い、今の彼女にはよすががある。レイモンドの存在が彼女の心の支えになり、国に保護されている彼女はこの国を頼ることもできる。

 エレノーラの言葉にサミュエルは何かを言うわけでもなく、深くため息をついた。彼女はそれを不気味に感じるが、顔を固定され後ろ手に両手を掴まれて身動きが取れないため、その表情をうかがうことはできなかった。レイモンドはそんなサミュエルを、ただ睨みつけている。

「…本当に、嫌になるな」

 サミュエルはそう言いながら、親指でエレノーラの唇をなでた。彼女ら不快感に顔を顰めるが、彼女の様子など全く気にせずに続ける。

「レイモンド、か。お前は、本っ当に俺の邪魔ばかりするな」

「…何?」

「あともう少しで、全てを得られそうだったのに」

 執拗に唇を撫でるのは、彼女がそこを許さなかったことを根に持っているからだ。エレノーラはあの異常な監禁生活の日々があと何年、いや何ヶ月、何日か続いていれば陥落し、全てを奪われていたのかもしれない。

「そんなこと、絶対にさせるか!」

「おいおい騎士様、前のお上品な喋り方はどうしたんだ?」

「うるさいっ!僕は、何度でもお前の邪魔をしてやる!」

「そうかそうか、なら先ずはお前を始末しよう。なに、時間はある。また一から教えこめばいいだけだ、なあ?エレノーラ」

 エレノーラは顔を上に向かされ、サミュエルが彼女の顔を覗き込む。拒絶の意をこめて睨みつけ親指を噛むと、彼は目を細めて笑った。
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