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第一部
夢だったのなら(6)
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「珍しい、そんなに落ち込んで」
「…放っておいてください」
レイモンドが残っているシチューをかきこむと、ニコラスは溜息をついた。
エレノーラは自分が恨まれ、責められることは当然のことだと言い、罵倒されても、嫌がらせをされても、声を上げずにじっと耐えていた。その正体を知らなかったとはいえ、半死半生の状態であった享楽の魔女の命を救い、救ったが故に目をつけられて囚われ、あの男に助力せざるを得ない状況になってしまい、多くの人々を苦しめることになったのだ、と。だからこれは、自分への罰なのだと。
しかし、エレノーラは被害者でもある。享楽の魔女に囚われ、望まぬことを強いられ、どれ程辛く苦しかっただろうか。それを責められるのは当然のことだと受け止めていたとしても、心無い言葉や嫌がらせに心が痛まない訳ではない。
彼女に同情的な者もいるし、レイモンドのように薬草の魔女である彼女に恩があり、感謝している者もいる。けれど、彼女には味方よりも敵の方が圧倒的に多い。
そんな中、あの場に一人取り残されて、彼女はどれほど不安を覚えていたのだろうか。彼の言葉に、どれ程落胆したのだろうか。
「…何があったのかは知りませんが…ほら、このお菓子をあげますから」
落ち込んでいるレイモンドを見兼ねてか、ニコラスは懐から小さな袋を取り出し、目の前のテーブルに置く。レイモンドがなんだろうとそれを手に取り紐を緩めると、中には白くて柔らかい、一口でつまめそうな大きさの、彼が言うには菓子が詰められていた。
「マシュマロというものらしいです。私はいりませんので、それでも食べて元気を出しなさい」
「…ありがとうございます」
レイモンドは感謝して一つつまんで食べてみる。口の中に甘みが広がり、食感は柔らかい。
(美味しい…不思議だ…)
甘さが身に染み入っていくように口の中で溶けて、暗く沈んだ気持ちが少しだけ浮上してくる。
(…エレノーラにあげよう)
レイモンドこれを食べれば、エレノーラも少しは気持ちが楽になるのではないかと思い、彼女と共有したくなった。
「ニコラス」
「どうしました?」
「…これを…その、他の人に分けてもいいですか?」
レイモンドの言葉に、ニコラスは目を細め、口元を笑みの形を描いた。
「…本当に、レイモンドは好きですよね」
「なっ…僕は、別にエレノーラにだとは言って、いなっ」
「私も言っていませんよ」
「……………!」
「ほら、私は甘いものは嫌いなんです。早く行ってください」
レイモンドはやられたと思って顔が赤くなるが、ニコラスはしっしと追い払うように手を振る。彼はなんて杜撰な扱いだなと思ったが、態々嫌いな甘いものを携えてここにきたのは、彼のことを案じてくれたからなのかもしれないと思い直した。
「…放っておいてください」
レイモンドが残っているシチューをかきこむと、ニコラスは溜息をついた。
エレノーラは自分が恨まれ、責められることは当然のことだと言い、罵倒されても、嫌がらせをされても、声を上げずにじっと耐えていた。その正体を知らなかったとはいえ、半死半生の状態であった享楽の魔女の命を救い、救ったが故に目をつけられて囚われ、あの男に助力せざるを得ない状況になってしまい、多くの人々を苦しめることになったのだ、と。だからこれは、自分への罰なのだと。
しかし、エレノーラは被害者でもある。享楽の魔女に囚われ、望まぬことを強いられ、どれ程辛く苦しかっただろうか。それを責められるのは当然のことだと受け止めていたとしても、心無い言葉や嫌がらせに心が痛まない訳ではない。
彼女に同情的な者もいるし、レイモンドのように薬草の魔女である彼女に恩があり、感謝している者もいる。けれど、彼女には味方よりも敵の方が圧倒的に多い。
そんな中、あの場に一人取り残されて、彼女はどれほど不安を覚えていたのだろうか。彼の言葉に、どれ程落胆したのだろうか。
「…何があったのかは知りませんが…ほら、このお菓子をあげますから」
落ち込んでいるレイモンドを見兼ねてか、ニコラスは懐から小さな袋を取り出し、目の前のテーブルに置く。レイモンドがなんだろうとそれを手に取り紐を緩めると、中には白くて柔らかい、一口でつまめそうな大きさの、彼が言うには菓子が詰められていた。
「マシュマロというものらしいです。私はいりませんので、それでも食べて元気を出しなさい」
「…ありがとうございます」
レイモンドは感謝して一つつまんで食べてみる。口の中に甘みが広がり、食感は柔らかい。
(美味しい…不思議だ…)
甘さが身に染み入っていくように口の中で溶けて、暗く沈んだ気持ちが少しだけ浮上してくる。
(…エレノーラにあげよう)
レイモンドこれを食べれば、エレノーラも少しは気持ちが楽になるのではないかと思い、彼女と共有したくなった。
「ニコラス」
「どうしました?」
「…これを…その、他の人に分けてもいいですか?」
レイモンドの言葉に、ニコラスは目を細め、口元を笑みの形を描いた。
「…本当に、レイモンドは好きですよね」
「なっ…僕は、別にエレノーラにだとは言って、いなっ」
「私も言っていませんよ」
「……………!」
「ほら、私は甘いものは嫌いなんです。早く行ってください」
レイモンドはやられたと思って顔が赤くなるが、ニコラスはしっしと追い払うように手を振る。彼はなんて杜撰な扱いだなと思ったが、態々嫌いな甘いものを携えてここにきたのは、彼のことを案じてくれたからなのかもしれないと思い直した。
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