治療と称していただきます

茜菫

文字の大きさ
上 下
25 / 174
第一部

夢だったのなら(4)

しおりを挟む
 すれ違う人に何事かという表情で見られながら、レイモンドとエレノーラの二人は共に通路を歩き、彼女の部屋までたどり着く。中庭からここまで終始無言であったからか、エレノーラが恐る恐る彼の顔を覗き込んだ。

「…レイモンド、怒っているの?」

 しまったと後悔しても、時すでに遅しだ。レイモンドは最悪な状況を想像してしまい、上手く自分の感情がコントロールできなかった。

 今回は、ただの嫌がらせだった。しかし、あの場にエレノーラに強い殺意を抱いている者や、その力を利用しようとする享楽の魔女のような者がいたら、どうなっていたか。彼女が享楽の魔女に囚われていた頃の姿を思い出すと、レイモンドは腸が煮えくり返る思いだった。

「怒っていますが…エレノーラに対してではありません。アグネスについて、彼女の態度は深刻な問題だと、もっと強く申し出ていればよかった」

 レイモンドはぐっと手を握りしめて、怒りを消化させようとする。深く息を吸い、吐き出して心を落ち着かせた。起きてしまったことを嘆いても仕方がないが、今後のことを考えることは出来る。

(このことはきちんと報告して、然るべき対応をとってもらおう)

 このような馬鹿な真似をしでかしたアグネスとメイド、あの状況からしてメイドはアグネスに唆された可能性はあるが、何にしても二人には処罰があるはずだ。

「…エレノーラにはどうしようもなかったでしょうが、できる限りひとりにはならないように気をつけてください」

「うん、わかったわ」

 レイモンドが声をかけると、エレノーラは少しだけ嬉しそうに笑った。

「…レイモンド」

「なんですか」

「ありがとう」

 彼女は彼に小さく微笑みかけて、感謝の言葉を口に。レイモンドはそのエレノーラに、見惚れてしまう。ぽかんと口を開いて間抜けな面を晒した彼は、咄嗟に顔を背けた。どくどくと高鳴る鼓動を落ち着かせようと、息を吐き出す。

「…か、勘違いしないで下さい。別に、貴女のためという訳では…」

 レイモンドは言いかけて、まずいと口を噤んだが、吐き出してしまった言葉は取り消すことができず、視界の端でエレノーラが眉尻を下げて困ったように笑ったのが見えた。

「うん、わかっているわ。でも…ありがとう」

 レイモンドは彼女の少しだけ寂しげな表情に胸が痛み、後悔の念が押し寄せる。彼は上手く言葉が出せずに、それじゃあと笑って部屋の中に入っていくエレノーラを、ただ見送ることしかできなかった。

「…くそ…あぁ…僕は…!…また、やってしまった…」

 恥ずかしくなって、咄嗟に出してしまう言葉でエレノーラに悲しい顔をさせてしまう。レイモンドは大人になろうと必死で振舞っているのに、自分がまだ子供みたいで、情けなかった。彼は自分に腹が立って、自分の顔を軽く殴り付けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

王女の朝の身支度

sleepingangel02
恋愛
政略結婚で愛のない夫婦。夫の国王は,何人もの側室がいて,王女はないがしろ。それどころか,王女担当まで用意する始末。さて,その行方は?

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

前世変態学生が転生し美麗令嬢に~4人の王族兄弟に淫乱メス化させられる

KUMA
恋愛
変態学生の立花律は交通事故にあい気付くと幼女になっていた。 城からは逃げ出せず次々と自分の事が好きだと言う王太子と王子達の4人兄弟に襲われ続け次第に男だった律は女の子の快感にはまる。

【完結】【R18】伯爵夫人の務めだと、甘い夜に堕とされています。

水樹風
恋愛
 とある事情から、近衛騎士団々長レイナート・ワーリン伯爵の後妻となったエルシャ。  十六歳年上の彼とは形だけの夫婦のはずだった。それでも『家族』として大切にしてもらい、伯爵家の女主人として役目を果たしていた彼女。  だが結婚三年目。ワーリン伯爵家を揺るがす事件が起こる。そして……。  白い結婚をしたはずのエルシャは、伯爵夫人として一番大事な役目を果たさなければならなくなったのだ。 「エルシャ、いいかい?」 「はい、レイ様……」  それは堪らなく、甘い夜──。 * 世界観はあくまで創作です。 * 全12話

伯爵令嬢のユリアは時間停止の魔法で凌辱される。【完結】

ちゃむにい
恋愛
その時ユリアは、ただ教室で座っていただけのはずだった。 「……っ!!?」 気がついた時には制服の着衣は乱れ、股から白い粘液がこぼれ落ち、体の奥に鈍く感じる違和感があった。 ※ムーンライトノベルズにも投稿しています。

辺境騎士の夫婦の危機

世羅
恋愛
絶倫すぎる夫と愛らしい妻の話。

処理中です...