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番外編
行ってらっしゃいませ、旦那様(2)
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「なんだ」
「先程、主治医に見ていただいたのですが…」
「…どこか、悪いのか」
心配そうに声をかけるヴァルターに、彼女は首を横に振った。ヴァルターはどう切り出そうかと悩み、少し俯いたアデリナの両肩にそっと手を添える。顔を上げたアデリナは真剣な眼差しで見つめる夫の顔を見つめ返し、ゆっくりと口を開いた。
「…私、…できた、ようです」
「…できた?」
アデリナは彼女の言葉にぴんとこなかったヴァルターの手を取ると、自分のお腹へと導く。そこで漸く彼女の言葉を理解したヴァルターは、眉間に皺を寄せた。
(も、もう!…とっても、深いわ…!)
これ以上ないほど深い眉間の皺に、アデリナは思わず笑ってしまった。ヴァルターはそんな彼女に声をかけようとしていたが、言葉が出てこないままぱくぱくと口を開閉させている。
「ヴァルター?」
「…すまない。こんな時、なんと言えばいいのか」
「あら。では今、どのようなお気持ちですか?」
「驚き…嬉しく、思っている」
アデリナはくすくすと笑うと、ヴァルターの手を離して両腕を広げた。彼は誘われるままに彼女を抱きしめると、深く、とても深く息を吐く。抱きしめる腕の力が強くなったり、弱くなったりするのを感じながら、アデリナは顔を上げた。
「アデリナ」
「はい、旦那様」
「…アデリナ」
「ふふ。…ヴァルター」
何度も名を呼ぶ夫を、アデリナはそっと抱きしめる。ヴァルターはただただ喜び、感動し、言葉を失っていた。彼はいつまでもこうしていたいと思っていたが、時間は残酷なもので、滞在できる時間の限界が近づいている。
「…閣下、そろそろ…」
付き従っていた部下が、非常に申し訳無さそうな声で上官に声をかける。勿論、彼に非はまったくない。
ヴァルターは渋々アデリナを離すと、申し訳無さそうに眉尻を下げる。初めて見るその表情に、アデリナは夫が震える子犬のように見えて可愛く思えた。
「アデリナ、すまない…」
「あら、私を誰だと思われているのかしら。ヴァルター・フォン・ヴランゲル軍団長閣下の妻ですよ」
アデリナは笑って、自分の胸に手を当てる。彼女は続けてそっと、自分のお腹へと手を当てた。
「そして、この子は閣下の子です。私たちはしっかり屋敷を守って、お帰りをお待ちしていますわ」
その堂々たる様に、ヴァルターは息を呑んだ。彼はアデリナのその姿に、再び恋に落ちる。彼女に相応しい男であるためにも、ヴァルターは軍帽の鍔を掴んで正し、背筋を伸ばす。
「行ってくる」
「行ってらっしゃいませ、旦那様」
微笑む妻に見送られながら、ヴァルターは己の責務を果たすために軍部へ向かった。このとき同行していた部下は、ヴランゲル軍団長閣下にも涙があったんだと、同僚に語ったそうだ。
その後、アデリナがいつか見た夢のように多くの子宝に恵まれる未来があるとは、二人は思ってもみなかった。
「先程、主治医に見ていただいたのですが…」
「…どこか、悪いのか」
心配そうに声をかけるヴァルターに、彼女は首を横に振った。ヴァルターはどう切り出そうかと悩み、少し俯いたアデリナの両肩にそっと手を添える。顔を上げたアデリナは真剣な眼差しで見つめる夫の顔を見つめ返し、ゆっくりと口を開いた。
「…私、…できた、ようです」
「…できた?」
アデリナは彼女の言葉にぴんとこなかったヴァルターの手を取ると、自分のお腹へと導く。そこで漸く彼女の言葉を理解したヴァルターは、眉間に皺を寄せた。
(も、もう!…とっても、深いわ…!)
これ以上ないほど深い眉間の皺に、アデリナは思わず笑ってしまった。ヴァルターはそんな彼女に声をかけようとしていたが、言葉が出てこないままぱくぱくと口を開閉させている。
「ヴァルター?」
「…すまない。こんな時、なんと言えばいいのか」
「あら。では今、どのようなお気持ちですか?」
「驚き…嬉しく、思っている」
アデリナはくすくすと笑うと、ヴァルターの手を離して両腕を広げた。彼は誘われるままに彼女を抱きしめると、深く、とても深く息を吐く。抱きしめる腕の力が強くなったり、弱くなったりするのを感じながら、アデリナは顔を上げた。
「アデリナ」
「はい、旦那様」
「…アデリナ」
「ふふ。…ヴァルター」
何度も名を呼ぶ夫を、アデリナはそっと抱きしめる。ヴァルターはただただ喜び、感動し、言葉を失っていた。彼はいつまでもこうしていたいと思っていたが、時間は残酷なもので、滞在できる時間の限界が近づいている。
「…閣下、そろそろ…」
付き従っていた部下が、非常に申し訳無さそうな声で上官に声をかける。勿論、彼に非はまったくない。
ヴァルターは渋々アデリナを離すと、申し訳無さそうに眉尻を下げる。初めて見るその表情に、アデリナは夫が震える子犬のように見えて可愛く思えた。
「アデリナ、すまない…」
「あら、私を誰だと思われているのかしら。ヴァルター・フォン・ヴランゲル軍団長閣下の妻ですよ」
アデリナは笑って、自分の胸に手を当てる。彼女は続けてそっと、自分のお腹へと手を当てた。
「そして、この子は閣下の子です。私たちはしっかり屋敷を守って、お帰りをお待ちしていますわ」
その堂々たる様に、ヴァルターは息を呑んだ。彼はアデリナのその姿に、再び恋に落ちる。彼女に相応しい男であるためにも、ヴァルターは軍帽の鍔を掴んで正し、背筋を伸ばす。
「行ってくる」
「行ってらっしゃいませ、旦那様」
微笑む妻に見送られながら、ヴァルターは己の責務を果たすために軍部へ向かった。このとき同行していた部下は、ヴランゲル軍団長閣下にも涙があったんだと、同僚に語ったそうだ。
その後、アデリナがいつか見た夢のように多くの子宝に恵まれる未来があるとは、二人は思ってもみなかった。
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ありがとうございます!
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読んでくださって、ありがとうございます!
再読し益々夢中になってます🥰
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ありがとうございます!
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ヴァルター、大きくなったらお母さんと結婚する!という息子に、2回も駄目だって言って泣かせちゃって慌てていそうですね…!
よんでくださって、ありがとうございます!
一気読みしました!!
凄く面白かったです!!!!
R18なのに ピュア全開で 爽やかなのは 2人の誠実さ故ですね(*^^*)
読んでる間も これまた読み返すだろうな~ 好き過ぎる~と思いながら読み終えました😊
まだまだ ラブラブな2人を見ていたかったです💕
幸せな時間をありがとうございました✨
ありがとうございます!
二人とも真っ直ぐで誠実で、それ故にもだもだしていました…!夫婦になってから、二人でゆっくりと距離を縮めていくのもいいですよね。
この二人の話もまた色々と更新したいなと考えております…!
読んでくださって、ありがとうございます!