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番外編
一緒なら構いません(7)
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数日後、アデリナは予定の通りにヴランゲル侯爵領へと向かった。やはりヴァルターはあの日から屋敷に戻ってくることはなく、彼女は侍女と護衛兵と共に王都を出た。
アデリナは馬車に揺られ、何度か宿を取り、旅路は順調に進んだ。なんの問題もなく無事に侯爵領に入り、馬車の窓から見える大邸宅を眺めながら、アデリナは一人感嘆した。
(…随分と、立派だわ)
ヴランゲル侯爵家が自領に構える邸宅は、広大なものだった。彼女の実家であるローゼン侯爵邸も広かったが、それよりも更に広い。
(…王都の屋敷でも十分な広さなのに…迷わないかしら)
すっかり王都の邸宅に慣れたアデリナは、その広さを持て余しそうだと小さく笑った。彼女がそんなことを考えているうちに、馬車は邸宅へとたどり着く。
「お帰りなさいませ、奥様」
執事を筆頭に、使用人らがずらりと並んでアデリナを出迎えた。彼女は出迎えられたものの、戻ったというよりも訪れたという感覚だった。王都の邸宅よりも広い分使用人の数も多く、勿論、彼女が見知らぬ顔ばかり。ここに並んでいるのは一部であり、更に多くの使用人らがヴランゲル侯爵邸で勤めているのだろう。
「…少し疲れたから、部屋で休みたいわ」
「畏まりました」
侯爵夫人として、アデリナの部屋は用意されている。しかし、この邸宅に初めて訪れた彼女はその位置がわからず、執事に案内されて部屋に向かった。
部屋の中は豪華なものだった。アデリナは柔らかなソファに座って一息つくが、気は休まりそうにない。王都から共をしている侍女以外は下がらせると、アデリナは深く息を吐いた。
「王都からさほど遠くはないけれど…何もしていないのに、少し疲れたわ…」
快適な馬車といっても、全く揺れない訳ではない。途中で馬を休ませる間を除けば、彼女はずっと座ったままだった。
「奥様、どうぞ」
「ありがとう」
アデリナは疲れた表情で、侍女が注いだ紅茶を飲む。彼女はひとくち口に含んで鼻腔に満ちた香りに、ぱっと目を瞬かせた、顔をほころばせた。
「…まあ、美味しい」
その紅茶はアデリナが好む香りのものだ。一緒に運ばれてきたシュトレンをひとつ摘んで笑顔になった彼女は、僅かに緊張が解ける。紅茶も菓子も、侯爵夫人の好みは事前に情報がしっかりと伝達されていたのだろう。部屋の壁紙の色や調度品も、すべてアデリナの好みで揃えられている。
「奥様、後ほど一通り見てまわられてはいかがでしょうか」
「ええ、そうね…」
アデリナは侍女が先代のヴランゲル侯爵夫人にも仕えていたことを思いだした。先代ヴランゲル侯爵夫妻はこの大邸宅を主とし、社交の時期には今のヴァルターが主としている王都の邸宅を利用していた。当然、侍女もほとんどをこの邸宅ですごしていただろう。
(…どのような方々だったのかしら)
彼女は先代のヴランゲル侯爵夫妻と長男が事故で亡くなったことは知っている。ヴァルターからその話を聞いたことはあるものの、彼らの人となりは聞いたことがなかった。
アデリナは馬車に揺られ、何度か宿を取り、旅路は順調に進んだ。なんの問題もなく無事に侯爵領に入り、馬車の窓から見える大邸宅を眺めながら、アデリナは一人感嘆した。
(…随分と、立派だわ)
ヴランゲル侯爵家が自領に構える邸宅は、広大なものだった。彼女の実家であるローゼン侯爵邸も広かったが、それよりも更に広い。
(…王都の屋敷でも十分な広さなのに…迷わないかしら)
すっかり王都の邸宅に慣れたアデリナは、その広さを持て余しそうだと小さく笑った。彼女がそんなことを考えているうちに、馬車は邸宅へとたどり着く。
「お帰りなさいませ、奥様」
執事を筆頭に、使用人らがずらりと並んでアデリナを出迎えた。彼女は出迎えられたものの、戻ったというよりも訪れたという感覚だった。王都の邸宅よりも広い分使用人の数も多く、勿論、彼女が見知らぬ顔ばかり。ここに並んでいるのは一部であり、更に多くの使用人らがヴランゲル侯爵邸で勤めているのだろう。
「…少し疲れたから、部屋で休みたいわ」
「畏まりました」
侯爵夫人として、アデリナの部屋は用意されている。しかし、この邸宅に初めて訪れた彼女はその位置がわからず、執事に案内されて部屋に向かった。
部屋の中は豪華なものだった。アデリナは柔らかなソファに座って一息つくが、気は休まりそうにない。王都から共をしている侍女以外は下がらせると、アデリナは深く息を吐いた。
「王都からさほど遠くはないけれど…何もしていないのに、少し疲れたわ…」
快適な馬車といっても、全く揺れない訳ではない。途中で馬を休ませる間を除けば、彼女はずっと座ったままだった。
「奥様、どうぞ」
「ありがとう」
アデリナは疲れた表情で、侍女が注いだ紅茶を飲む。彼女はひとくち口に含んで鼻腔に満ちた香りに、ぱっと目を瞬かせた、顔をほころばせた。
「…まあ、美味しい」
その紅茶はアデリナが好む香りのものだ。一緒に運ばれてきたシュトレンをひとつ摘んで笑顔になった彼女は、僅かに緊張が解ける。紅茶も菓子も、侯爵夫人の好みは事前に情報がしっかりと伝達されていたのだろう。部屋の壁紙の色や調度品も、すべてアデリナの好みで揃えられている。
「奥様、後ほど一通り見てまわられてはいかがでしょうか」
「ええ、そうね…」
アデリナは侍女が先代のヴランゲル侯爵夫人にも仕えていたことを思いだした。先代ヴランゲル侯爵夫妻はこの大邸宅を主とし、社交の時期には今のヴァルターが主としている王都の邸宅を利用していた。当然、侍女もほとんどをこの邸宅ですごしていただろう。
(…どのような方々だったのかしら)
彼女は先代のヴランゲル侯爵夫妻と長男が事故で亡くなったことは知っている。ヴァルターからその話を聞いたことはあるものの、彼らの人となりは聞いたことがなかった。
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