まずは抱いてください

茜菫

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番外編

一緒なら構いません(6)

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 翌朝、アデリナが目を覚まし、眠い目をこすりながら寝返りをうつと、既に隣にはヴァルターの姿がなかった。彼女は少し気だるい体を抱きしめ、昨夜のことを思い出して頬を赤らめる。

(…昨夜は…ふふっ)

 アデリナは暫くうっとりとし、そのまま再び眠りにつきそうになったが、はっとして時計を確認した。時計の針は、ヴァルターが家を出る時間に近づいていた。

(もう、こんな時間なの?!)

 アデリナは起きる時間は異なるものの、毎日ヴァルターを見送っている。昨夜のように情熱的な夜を過ごした翌朝は、それができないこともあった。ヴァルターも疲れたアデリナを気遣い、起こさないように指示することもあり、今回も同じように指示していたが、今回に限ってはアデリナにとってはいらぬ気遣いとなってしまった。

(お見送りしないと!)

 アデリナは今日はどうしても見送りたかった。彼女はベッドから起き出すと、素早く最低限の身なりを整える。顔を洗い、髪を整え、乱れた服を正してショールを羽織り、アデリナは姿見の鏡で確認すると、急ぎ部屋を出て玄関ホールに向かった。

 丁度その頃、ヴァルターは屋敷を出ようとしていた。彼はアデリナの足音を聞き分けると、足を止めて振り返る。

「旦那様!」

 アデリナは軍服に身を包み、腰にサーベルを差したヴァルターの姿を目に映し、間に合ったとほっと胸をなでおろした。対して、ヴァルターは彼女の登場に少し驚いたようで、目を丸くして一歩、扉ではなく屋敷の中へと足を進める。アデリナは階段を少し早めに降りると、そのままヴァルターに駆け寄った。

「アデリナ」

 ヴァルターがアデリナの方へと手を伸ばすと、彼女は自分へと伸ばされた彼の手を掴み、唇を尖らせる。

「置いていこうとなさるだなんて、酷いですわ!」

 アデリナの怒りの声に、ヴァルターは一歩後ろに下がった。彼は少し視線をさ迷わせた後、僅かに眉尻を下げる。

「…いや、昨夜は無理をさせたから、休…」

「何をおっしゃいますか!あれは…その、私が…」

 口篭り、顔を赤くしてアデリナは俯いた。情熱的な夜を過ごし、ぐったりとして寝入るまでさんざん愉しんだが、元々煽ったのはアデリナであり、彼女自身が望んだことだからと無理をしたという意識は全くなかった。

「…兎も角、暫くお会いできなくなるのですから…ちゃんと、お見送りさせてください。寂しいではないですか…」

 アデリナの言葉に、ヴァルターは少し己の行動を後悔する。彼女の言う通り、二人は暫くの間会えなくなるだろう。ヴァルターはそれを寂しく感じていたが、それは彼だけではなくアデリナも同じだ。

「そうか…すまない」

「もう。…私、言葉だけでは許しませんからね!」

 わざと目尻を釣りあげ、怒った表情を見せたアデリナに、ヴァルターは慌てる。一国の軍を率いる彼も、可愛い新妻には全くかなわないようだ。

「アデリナ…」

 ふいと顔を背けたアデリナに、ヴァルターは焦る。彼はしばし考え込んだ後、顔を背けたままの彼女をそっと抱き寄せる。彼の腕の中におさまったアデリナは、満足そうに微笑んだ。

「…許してくれるか」

 許しを請うヴァルターの言葉に、アデリナは彼に顔を向けた。

「…ふふ、仕方がありませんね」

 彼女は小さく笑うと、顔を上げて目を閉じる。その意図を察したヴァルターは、その唇に軽く口付けた。触れるだけの口付けを交わした後、ヴァルターはアデリナを放す。彼女もこれ以上は引き止めるわけにはいかないと、彼の前に立つ。

「ヴァルター、行ってらっしゃいませ。私、お待ちしていますわ」

「…ああ、行ってくる」

 ヴァルターはほんの僅かに口角を上げ、上機嫌になったアデリナは笑顔で彼を見送った。彼女は彼の後ろ姿を、玄関の扉が閉じられその姿が見えなくなるまで、じっと見つめる。扉が閉まってからも、暫くその場で彼が去った方向をじっと見つめていたが、アデリナは今の自分の姿を思い出して、口元に手をあてる。

「あらやだ、私ったら…」

 彼女は少し気恥ずかしそうに頬を赤らめながら、そそくさと部屋へと戻った。今日のヴランゲル侯爵夫妻も何時ものように仲睦まじいと、使用人らは微笑ましく思いながら静かに控えていた。
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