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番外編
呼びたくない訳ではありません(1)
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二人は想いが通じあってから、蜜月を過ごしていた。ヴァルターが仕事で帰ってこられない日を除けば、ほぼ毎夜のように体を重ね、言葉を交え、心を交している。初めて出会った時からは考えられないほど、二人の間には良好な夫婦関係が築かれていた。
ヴァルターの眉間に皺が寄ることは少なくなり、代わりに彼の口角が上がる回数が多くなった。その角度も、徐々に大きくなってきている。アデリナもつられて笑顔であることが多く、二人はとても満ち足りて、幸せな日々を過ごしていた。
「…アデリナ」
「旦那様…」
そんな日々の中でも、アデリナには悩ましいことが一つあった。それは唇を引きしめ、じっと彼女を見つめるヴァルターにある。彼女はこの表情は拗ねているときのものだとわかるくらいには、彼のことが理解できた。そして、その拗ねている理由も彼女には理解できていた。
「…名を、呼んでくれないのか」
アデリナがヴァルターの名を呼ぶ回数は多くなったが、それは二人きりの時か、屋敷でしかない。人前であっても、彼はアデリナに名を呼ばれたかった。だが、今の彼女にとって、それは非常に難しい要望だ。
「私も、呼びたくない訳ではありませんわ…」
アデリナも言葉の通り、呼びたくない訳ではない。想いを通じあった今では寧ろ、人前でも名前を呼び合う仲だと、仲睦まじい夫婦なのだと主張したいくらいだ。
けれど、これまでの価値観がそれを邪魔をしていた。夫は妻の名を呼ぶが、妻は夫の名を軽々しく呼んだりしない。この舞踏会でも夫人が夫へ呼びかけるのは、旦那様、あなた等といったものばかりだ。元々、妻は夫に付き従うものといった考えが根底にあり、夫の名を呼ぶことははしたない、礼儀がなっていないといわれていた。それが変わりつつあるものの、まだその認識は強く残っているし、そういった考えを持つものは多い。
夫を名で呼ぶのは余程仲が良いからだ、そう受け取られるようになったのはこの十年程度のことだ。そのきっかけは、仲睦まじい貴族の夫婦を題材にした恋愛小説が流行りだしたことによる。アデリナもその恋愛小説の一読者であり、物語のような仲睦まじい夫婦に憧れてはいた。
(…直ぐに切り替えられる自信は、あったのだけれど…)
二人は想いを通じ合わせ、自他ともに認める仲睦まじい夫婦になり、ヴァルター自身も彼女に名を呼ぶことを許したのだから、遠慮なく呼べばいい。アデリナはそう思っていても、そう簡単に頭を切り替えられなかった。
ヴァルターの眉間に皺が寄ることは少なくなり、代わりに彼の口角が上がる回数が多くなった。その角度も、徐々に大きくなってきている。アデリナもつられて笑顔であることが多く、二人はとても満ち足りて、幸せな日々を過ごしていた。
「…アデリナ」
「旦那様…」
そんな日々の中でも、アデリナには悩ましいことが一つあった。それは唇を引きしめ、じっと彼女を見つめるヴァルターにある。彼女はこの表情は拗ねているときのものだとわかるくらいには、彼のことが理解できた。そして、その拗ねている理由も彼女には理解できていた。
「…名を、呼んでくれないのか」
アデリナがヴァルターの名を呼ぶ回数は多くなったが、それは二人きりの時か、屋敷でしかない。人前であっても、彼はアデリナに名を呼ばれたかった。だが、今の彼女にとって、それは非常に難しい要望だ。
「私も、呼びたくない訳ではありませんわ…」
アデリナも言葉の通り、呼びたくない訳ではない。想いを通じあった今では寧ろ、人前でも名前を呼び合う仲だと、仲睦まじい夫婦なのだと主張したいくらいだ。
けれど、これまでの価値観がそれを邪魔をしていた。夫は妻の名を呼ぶが、妻は夫の名を軽々しく呼んだりしない。この舞踏会でも夫人が夫へ呼びかけるのは、旦那様、あなた等といったものばかりだ。元々、妻は夫に付き従うものといった考えが根底にあり、夫の名を呼ぶことははしたない、礼儀がなっていないといわれていた。それが変わりつつあるものの、まだその認識は強く残っているし、そういった考えを持つものは多い。
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(…直ぐに切り替えられる自信は、あったのだけれど…)
二人は想いを通じ合わせ、自他ともに認める仲睦まじい夫婦になり、ヴァルター自身も彼女に名を呼ぶことを許したのだから、遠慮なく呼べばいい。アデリナはそう思っていても、そう簡単に頭を切り替えられなかった。
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