まずは抱いてください

本編

期待してもいいだろうか(6)

　食堂で食事しながら、ヴァルターはアデリナの話に耳を傾ける。彼が不在の間は、領地の管理等、彼女がしっかりと務めを果たしてくれていた。

「アデリナは、よく学んできたのだな」

「ええ。いずれ嫁ぎ、夫となる方を支えられる妻になれるよう、多くのことを学びました」
 
　ヴァルターは少し得意げにしている彼女が可愛いかった。同時に、自分を誇れるようになれるほど、彼女は努力してきたことに感心する。

（夫となる方、か…）

　アデリナが学んでいる頃、夫となる方の候補にヴァルターはいなかった。出会ってもいなかったし、彼の兄も健在であったから、彼がこうして爵位を継ぐ予定もなかった。

　これまでのことが何か一つでも違っていれば、彼女は自分以外の男の妻となり、その腕の中にいたのかもしれないと思うと、ヴァルターの胸を複雑な想いが占める。アデリナは相手がヴァルターでなくとも、夫婦の仲を良くしようと努めていただろう。可愛くて美しく、聡明な彼女に惚れぬ男などいないと彼は思う。

　顔も名も知らぬ自分以外の男が、アデリナに触れる。いもしない、想像でしかないアデリナの夫となった男に妬みを覚えかけて、ヴァルターは想像することをやめた。

「…夫は、私だ」

「えっ」

　くだらない想像をしたところで、現実、アデリナの夫がヴァルターであることは変わらない。この先、その事実は変わらない。アデリナは目を瞬かせたが、頬を少しだけ赤らめて小さく頷いた。

「はい…私は、旦那様の…ヴァルターの妻ですから…あなたを支えられるよう、努めますわ」

「ああ、これからも頼む」

　ヴァルターの言葉にアデリナは目を見開き、その後、満面の笑みで頷いた。彼は食事中のため、彼女を抱きしめられないことが、非常に残念だった。



　ヴァルターは食事を終え、身を清め、いよいよ夜の時間になって、アデリナの寝室に続く扉の前に立った。彼は扉をノックし、返事を確認してから彼女の寝室に入る。アデリナは微笑みながらヴァルターの元にやってくると、彼の手を取り、ベッドの近くまで促した。

　ヴァルターがベッドの縁に腰掛けると、彼女は近くの机の上に用意していたティーカップに、ポットからお茶を注ぐ。

「旦那様、どうぞ」

　彼は湯気のたつカップを手渡され、受け取った。甘い香りがするそれを一口飲んでみたが、香りとは違って甘さはなく、不思議そうに首を傾げる。

「疲れが取れて、リラックスできるハーブティーです」

「…不思議だ」

　ヴァルターまじまじとそれを眺めていると、アデリナは小さく笑って彼の隣に腰かけた。ティーカップを手にしたまま、彼の方へと顔を向けて、そっと声を掛ける。

「旦那様、お願いがあるのですが…」

「なんだ」

　ヴァルターが問うと、アデリナはハーブティーを一口飲んで、少しだけ顔を赤らめて目をそらした。