まずは抱いてください

本編

期待してもいいだろうか(5)

「旦那様！」

　ヴァルターが花を抱えながら屋敷に戻り、扉をくぐると一番にアデリナが出迎えた。花が綻ぶように笑顔になって出迎えてくれる妻の姿に、彼は胸がいっぱいになる。アデリナは彼の元に早足で近づいてくると、手にしている花束に目を向けた。

「今、戻った。…これを、アデリナに」

　ヴァルターが花束を差し出すと、彼女はそれを受けとって微笑む。花束を眺めた後、上目遣いでヴァルターを見上げるアデリナがたまらなく可愛くて、彼は今すぐに抱き締めたい気持ちになるが、ぐっと堪えた。

「まあ、ありがとうございます。橙の薔薇…旦那様がお選びになったのですか？」

「いや、選んだのは色だけだ」

　妻には嘘がつけないヴァルターは正直に答えたが、アデリナは特に気にしていないようだ。彼は橙の薔薇になにか特別な意味があるのだろうかと少し不安になったが、彼女はそれ以上何かを言うことはなく、嬉しそうに花束を抱えている。その頬が少しだけ赤く染まっているのは、彼の見間違いではない。

（…期待しても、いいだろうか）

　エドゥアルトの少しは期待が持てる、花屋の店員の好きな男から花を貰ったら大抵は嬉しい、その言葉を思い出して、ヴァルターは期待してしまう。彼が喜ぶアデリナを眺めていると、彼女がふと顔を上げて、二人の目が合った。

「旦那様」

　ヴァルターは優しい声で自分を呼ぶ、彼女の柔らかそうな唇に目が釘付けになった。そこに口付けてそのままベッドに連れ込みたい、もう体の方は大丈夫だろうか、そんな事ばかりが頭に浮かぶ。

　この一週間程、アデリナに会うことは叶わず、当然、言葉を交わすことも触れることもできなかった。ヴァルターは忙しい内は何も考えずにいられたが、こうして屋敷に戻り彼女を目にすると、今までの反動か多くの欲が膨れ上がってくる。

「…旦那様、聞いていらっしゃいます？」

　しかし、少し拗ねたような声音のアデリナの声が聞こえてはっとする。何かを話しかけていたようだが、全く聞いていなかった。

「すまない、ぼうっとしていた」

「あら、珍しい。お疲れなのですね」

　ヴァルターは疲れている訳ではなく、ただ不埒なことを考えていただけだ。流石にそれを正直には言えないので、彼は曖昧に頷いて誤魔化した。

「領地の管理については、急ぎ決裁が必要なものはありません。ですから、今日はゆっくりなさってください」

「…なら、今夜は早めに訪ねていいか」

　アデリナは目を丸くして驚いたようだが、直ぐに顔を赤くして手にした花束で顔を隠した。ヴァルターはその反応を、どう受け取ればよいのかなやむ。

「…はい。疲れが取れるお茶を用意してお待ちしています…でも、先に食事です、よね？」

「ああ、そうだな」

　ヴァルターは拒否されなかったことに、ほっと胸を撫で下ろす。彼が腕を差し出し、アデリナは手を添えて、二人そのまま並んで食堂へと向かうことにした。