まずは抱いてください

茜菫

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本編

少し寂しかったのです(7)

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 愛人など一生できないくらい、本当の仲睦まじい夫婦になるために、ヴァルターに好きになってもらおう。アデリナはそのために何をすべきか、必死に考えた。

(…といっても、もう、結構色々しているのよね)

 一緒に食事したり、お茶を飲んだり、デートをしたり、それこそ口付けも交わりも済んでいる。なにせ、二人は既に夫婦だ。夫婦としての仲を良好にするためといってしてきたことが仇となり、これでは何をしても同じことになってしまうと、アデリナは悩ましげにため息をつく。

(いっそ、直接告げてしまった方がいいかしら)

 アデリナはこれまでのヴァルターの反応からして、彼に好かれてはいると感じていた。だが、その好意が自分の好意と同じとは違うとも。ならばこそ、意識を変えてもらうためにも想いを告げるべきだと、彼女は判断した。

(ただ、言葉で伝えるだけだと…少し、物足りないわね)

 アデリナは恋に夢をみているという自覚はあるが、まるで物語のようにとまではいかなくとも、少しでも情熱的なものにしたいという欲がある。

(そうだわ。ハンカチに刺繍をして、旦那様に贈りましょう)

 女性から男性にハンカチを贈るのには意味がある。その昔、とある夫人が夫に忠誠を誓う騎士にハンカチを贈ったことが由来している。夫人と騎士は密かに想い合っており、夫人があなたを愛しているという意をこめてハンカチに刺繍をし、騎士に贈ったというものだ。

 今ではその由来を知るものは少なく、女性が自ら刺繍したハンカチを男性に贈るのは、あなたをお慕いしております、という意味がこめられているものだと知られている。

「ねえ。帰ったら、ハンカチと刺繍糸を用意してもらいたいのだけれど、いいかしら?」

「奥様…!」

 アデリナの言葉に、侍女が感極まった声を漏らした。ハンカチと刺繍糸、それで彼女が何をしようとしているのか直ぐに気づかれるくらいには、この行為の意味は知られているのだろう。

(…旦那様は…知らないかもしれないわね)

 ヴァルターはこういった男女のことには疎そうだなと、アデリナは彼のことを思い浮かべて笑ってしまった。

「はい、直ぐにでも…!」

「ふふ、ありがとう」

 侍女の感動した様子に、彼女は微笑む。ヴァルターが使用人たちに慕われているということは、嫁いできてから感じていた。

「嫁いでくださったのが、奥様でとても嬉しく思います…」

 そして彼女自身も、彼らに歓迎されている事がよくわかる。アデリナはこの恋に、ヴランゲル侯爵家の使用人たちを味方につけることができそうだとほくそ笑んだ。

「どんな柄がいいかしら。相談に乗ってもらえる?」

「はい、奥様。私でよろしければ」

 こういった話を楽しんでできるのは恋のおかげだと、彼女はヴァルターを想いながら幸せな気持ちで散歩道を歩いた。
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