まずは抱いてください

茜菫

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本編

少し寂しかったのです(3)

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(それって…)

 そこで、アデリナはあることに気づいた。愛し合う夫婦のようなことを、ヴァルターに望んでしまっているのだと。それは、自身がヴァルターにそういった感情を抱いているからなのではないかと。

「私、旦那様のことを…」

 口に出してしまうと、途端にその気持ちがはっきりと認識されて、顔が熱くなる。彼女はそんなはずはと否定しようとするが、考えれば考えるほど、その想いが正確に認識されていた。

 アデリナは初めこそ、婚姻に至るまで一度も会わず連絡もなく、前途多難だと嘆いたが、初夜を終えた後は自分との関係を良くしようと歩み寄ってくれるヴァルターの想いが嬉しかった。

 花を贈り、彼女の体を気遣い、一緒に出かけたいとオペラ鑑賞に誘った、彼のその一つ一つの想いが嬉しかった。特に、オペラでの一時はまるで物語に描かれるような仲睦まじい夫婦のようになれたように錯覚して、確かに幸せを感じていた。

「…そんな、私…まさか」

 アデリナはヴァルターと愛し合う夫婦になりたい、そこまでは思っていなかった。ただ、愛し合わずとも良い関係の夫婦であれば、それで良かった。

 貴族の婚姻は政略的なものであり、その中で愛し合う夫婦などひと握りしかいない。それを望んだとしても、現実は難しい。決められた相手を愛せるかどうか、愛せたとして相手が同じように愛してくれるのか。恋愛を経て運良く結婚まで至った夫婦、婚約者として顔を合わせてから恋愛関係になり結婚に至った夫婦もこの世にはいるが、それらは少数だ。

 アデリナの母は彼女を産んだ後、跡継ぎの弟を産んだ。その後は愛人を作って恋愛を楽しみ、父も愛人を囲っていた。婚姻とは血で関係を繋ぐもので、最も重要とされるのは、それがどれ程の利になるかだ。二人とも、お互いを望んで夫婦となった訳ではないのだから、子を産み、血を繋げる務めさえ果たせば、お互い自由にしていい。そんな関係だったのだろう。

(…愛し合うことに憧れはあったけれど…)

 ここ数年、恋愛を経て婚姻に至った数奇な夫婦の話が本に書きおこされ、それらが流行り、アデリナもその本を読んで憧れを抱いていた。だが、彼女は夢と現実の区別はちゃんとついていて、婚姻に恋愛を求めるのは夢をみすぎだと理解していた。

(どうしましょう、私、今…夢をみてしまっているのだわ…!)

 だというのに、アデリナは自分がヴァルターと愛し合う夫婦になることを望んでしまっていることに気づいた。彼女は、ヴァルターに恋してしまっていた。

「ああ、本当に旦那様の顔が浮かんでくるわ…!」

 アデリナは本の一節のように、恋しい人の顔が頭の中に浮かんで身もだえた。ヴァルターの花を贈ってくれた際の顔、オペラに誘ってくれた際の顔、口付ける前の顔。

(…あら?)

 彼女はそのどれもが、眉間に皺が寄っていることに気づいた。
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