まずは抱いてください

茜菫

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本編

とても楽しみにしていました(7)

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 二人は髪の色も、目の色も、顔立ちも、何一つ似ているところがない。兄妹に見える要素など一つもなく、腕を組んで口付ける様子は仲睦まじい恋人や夫婦に見えた。

 リーヌはアデリナがヴランゲル侯爵夫人の立場にいることが不服であり、その上で仲睦まじい様に嫉妬しただけだ。夫婦以外で表現できたらなんでもよく、親子と呼ぶ程には年の差が足りず、ならば兄妹としたのだろう。

「私たち、ひとつも似ているところがありませんわ」

「だが、年が離れているのは確かだ」

「九つなんて、大した差ではありません」

「…そうか?」

「もっと歳が離れている夫婦もいますもの」

 そもそも、婚姻は血を繋ぎ、関係を繋ぐためのものだ。そのために、歳若い令嬢が一回り二回り歳が離れた男性の元に嫁ぐといったことは珍しくもない。場合によっては、年齢どころか国をまたぐことさえある。

(私は旦那様の妻、ヴランゲル侯爵夫人。家を繋ぎ、血を繋ぐ…その務めを、果たさなくちゃ)

 アデリナは自分が何のためにヴァルターに嫁いだのか、改めてその務めを認識し、緩んでいた気持ちを引き締めた。ヴァルターが大切に扱ってくれることでそれに甘えてしまっていたが、それではいけないと気持ちを改める。

「戻るか」

「ええ」

 二人は屋敷に戻るために、馬車に乗り込んだ。アデリナの向かいに座ったヴァルターは、腕を組んで何かを考え込んでいる。先程のことが、まだ気になるのだろう。

「旦那様、お気になさらないで。あの程度、可愛いものです。社交場は戦場と言いますし」

「…成程」

 ヴァルターは顎に手をあて、頷く。戦場という表現は、彼には理解しやすいものだった。

「様々な思惑が渦巻き、策が施され、用いる力は武ではなく言葉か」

 ヴァルターは軍を率いて戦場に立ち、自国を勝利に導いた将だ。戦の何たるかを知る彼に、これ以上の言葉は不要だろう。

「先程の旦那様の言葉は、鋭利な刃の様で素敵でしたわ」

 アデリナは彼が自分を妻だと言い切ってくれたことが、何よりも嬉しかった。ヴランゲル侯爵のその言葉は、何よりも鋭い刃となって、彼女を守った。

「だが、私は未だ新兵の様だ」

「あら。でしたら、私にお任せ下さい。熟練兵とまではいいませんが、あの程度なら片手でひとひねりですもの」

 アデリナが笑いながら胸に手を当てそう言うと、ヴァルターが僅かに笑んだ。その不意打ちの笑顔に、彼女の胸が高鳴る。

「私の妻は、頼もしいな」

「…そう、でしょう?」

「ああ」

 ヴァルターの笑みは、直ぐに消え去ってしまった。だが、それは言葉と共にアデリナの心に深く刻み込まれ、彼女は彼のその笑みを忘れられなかった。
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