まずは抱いてください

茜菫

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本編

情けないことはわかっている(9)

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「旦那様?」

 不思議そうにアデリナが首を傾げながら声をかけてきたことで、ヴァルターははっとする。そもそも、今日はもう遅いので、明日に差し支えがあってはいけないと、控えておくべきだと考えた。

「いや、今夜はいい」

「そうですか…」

 ヴァルターにはアデリナが少し残念そうに見えたが、それは自分の願望だろうとすぐに否定する。彼は眠る前にアデリナの顔が見られて、言葉を交わせてよかったと思いながら、自分の寝室に戻るべきだと考えた。

「ここで、寝ていいか」

「えっ」

 だが、ヴァルターの口からはその考えとは真逆の言葉がでた。彼の言葉に、アデリナは驚いたように目を見開く。夫婦の営みを行わないのに同じベッドで眠るのは、余程、仲の良い夫婦くらいだ。

 ヴァルターはその言葉を取り消そうと思ったが、拒まれなければと少し期待を抱いてしまい、言葉を飲み込む。目を瞬かせたアデリナは、くすりと小さく笑って自分の眉間に指をあてた。

「ふふ、旦那様。また、ここに皺が寄っていますよ」

 ヴァルターはどうにも、アデリナに好かれたい、拒まれたくないと思う気持ちが強くて、話していると緊張することが多いようだ。彼女は理解を示してくれているが、この癖は良くないと、ヴァルターは謝罪する。

「すまない、気をつける」

「大丈夫です、旦那様。私、もうわかってしまいましたから」

 アデリナは一歩ヴァルターに近づくと、手を伸ばして彼の手に触れる。細くて小さな手に触れられて、ヴァルターはどきりと胸が高鳴った。そのまま彼の手を持ち上げて握ったアデリナは、にこりと微笑む。

「添い寝、致しましょう?」

 ヴァルターはその言葉に下半身が反応したが、密接しなければ気づかれないだろうと開き直った。頷いて共にベッドに向かい、向かい合って横になる。ヴァルターは体が密接しないように間を空けたが、アデリナから彼に近づき、体をぴたりと寄せた。彼のものに気づいただろうが、彼女は当たっていてもその事には触れずに話しかける。

「旦那様は、オペラを観たことは?」

「無い」

「あら、そうなのですね。オペラに興味を持たれたのですか?」

「いや…」

 ヴァルターはオペラ自体に興味が湧いた訳ではなかった。エドゥアルトが妻と観に行ったと言っていたから、それを真似ようとしただけだ。

「アデリナと、出かけたかった」

 オペラでなくとも、彼女と出かけられるのならなんでもよかった。正直に言えば、アデリナは小さく笑う。

「では、私と一緒に楽しみましょうね。旦那様」

 そう言うと、アデリナは顔を近づけて軽く触れるだけの口付けをする。ヴァルターはそれだけで、胸がどくどくと高鳴っていた。

「おやすみなさいませ、旦那様」

「…おやすみ、アデリナ」

 アデリナは微笑んだ後、ゆっくりと瞼を閉じた。そのまま暫くすると、彼女から小さな寝息が聞こえてくる。どうやら、アデリナは無事に眠れたらしい。

(…まずい)

 対して、ヴァルターは暫く眠れなそうであった。
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