騎士様のアレが気になります!

茜菫

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 ヴィヴィアンヌとオリヴィエは別れ、それぞれ身嗜みを整えることになった。先に支度を終えたオリヴィエが指定の部屋で待っていると、ヴィヴィアンヌがエマニュエルとともに戻ってくる。ヴィヴィアンヌはどこか疲れた様子でうつむき、眉尻を下げて元気がなかった。

「ヴィヴィ」

 オリヴィエが声をかけると、ヴィヴィアンヌは彼を見るなり頬をふくらませる。予想外の反応にオリヴィエが戸惑っていると、ヴィヴィアンヌはふいと顔を背けてぽつりとつぶやいた。

「お城の中は大丈夫って言っていたのに……騎士さまの嘘つき……」

「えっ!?」

 ヴィヴィアンヌはエマニュエルに連れて行かれた先で、本人としては散々な目にあった。体を洗われたり採寸されたり着つけられたりと、知らない人間に囲まれてあれこれとされて、恐怖でしかなかったようだ。

「……女性の支度は、ヴィヴィアンヌ殿には少しおつらかったようです」

「そうでしたか……ヴィヴィ」

 オリヴィエがもう一度呼ぶと、ヴィヴィアンヌは大人しく彼の元へ向かう。ふくらました頬を元に戻し、不安そうな表情で彼の裾をつかんだ。

「……騎士さま、もう離れるのは嫌だよ」

「うん、もう大丈夫だから」

 その言葉に安心したのか、ヴィヴィアンヌはほっと息を吐いて体の力を抜いた。機嫌がなおったヴィヴィアンヌはオリヴィエの前に立つと、くるりとまわって自分の姿を見せる。

「みてみて、騎士さま。服、すごくきれいなの」

 花の刺繍が施された緑のドレスはヴィヴィアンヌの赤い髪によく似合っていた。華美すぎず、けれども地味すぎず、形は胸下からすとんと広がっている。オリヴィエはどこから出してきたのだろうと不思議に思いながらも、ヴィヴィアンヌがよろこんでいるのならいいかと気にしないことにした。

「へへ。私、初めてシタギも穿いたんだよ。見てみる?」

「へえ、どんな…………あっ、じゃなくて!」

 オリヴィエは近くにエマニュエルがいることを思い出し、ごまかすように大きな声を出した。裾を持ち上げようとしたヴィヴィアンヌの手をおさえ、慌てて辺りを見回す。エマニュエルはすでに冷ややかな目になっていて、気づいたオリヴィエは冷や汗をかいた。

「っ……ヴィヴィ。そういうことはあまり、人前では言わないように」

「えっ? ……うん、わかった」

 ヴィヴィアンヌは不思議そうに首をかしげたが、オリヴィエの言葉にうなずいた。そこでエマニュエルがわざとらしく咳払いをし、ヴィヴィアンヌも彼へと目を向ける。

「それではお二方、こちらに」

 エマニュエルの案内で二人は王妃の元へと向かう。ヴィヴィアンヌはオリヴィエの腕をつかみ、エスコートされるような形で城内を歩いた。道中きょろきょろとあたりを見回したヴィヴィアンヌは窓の外に豊かに花が咲き誇る中庭が見つけて感嘆の息を吐く。

「わあ。あそこ、すごくきれいだね」

「……ああ、中庭か。そうだな、王妃陛下もお好きで、よく歩かれていたよ」

「へえ、そうなんだ」

 そのときのことを思い出したのか、オリヴィエが少し懐かしむように中庭に目を向けた。

(……騎士さま、なんだか悲しそう。がんばらなきゃ!)

 ヴィヴィアンヌはオリヴィエが笑顔になるようにと気合を入れる。そのまましばらく歩いた後、三人は城の奥にある王妃の部屋の前にたどり着いた。

「私は、ここで待っています」

 エマニュエルは外で待っていると言い、扉のそばに控える。二人が部屋の中に入ると、扉近くには王妃の侍女が、奥にある天幕つきのベッドのそばにはヴィルジールが座っていた。

「さあ、こちらに」

 ヴィルジールに声をかけられ、二人は部屋の奥へと向かう。侍女はすれ違いざまに二人に頭を下げると、部屋の外へと出ていった。

(……きれい!)

 ヴィヴィアンヌは歩きながら、きょろきょろと部屋の中を見回す。天井も壁紙も調度品も、いままで見たことのないようなものばかり。窓からは日が差し込み、ベッドを照らしていた。

(すごい、大きなベッド!)

 ヴィヴィアンヌは小屋にあったベッドとは比べものにならない大きなベッドに目を輝かせたが、そこで眠る王妃の姿をひと目見て息をのんだ。

 戦乙女と呼ばれた王妃ジャンヌは自ら剣を手に取り、戦場を駆けたという。いまの彼女にその面影はなく、目は窪み、頬はこけ、オリヴィエと同じ色だった髪は真っ白だ。腕も筋肉が落ちて細くなり、全体的に痩せこけている。

「……ジャンヌ、どうして……」

 オリヴィエは力なく名を呼んだ。魔女の森に向かう前、最後に見た姿よりもずいぶんと衰弱した様子に顔面が蒼白になる。ヴィヴィアンヌはヴィルジールへと目を向け、問いかけた。

「この人が、王妃さま?」

「うん、そうだよ。呪いが発動してから、一度も意識が戻っていないんだ」

 ヴィルジールはそう言ってから、ベッド近くにある水晶を指し示す。その下には魔法陣が描かれた布が敷かれていて、毎日これを経由して王妃に魔力を注ぎ、呪いに対抗する彼女に力を分けていると説明した。意識がなくとも、王妃は呪いに抗い続けているのだ。

「陛下……これはいったい……」

 オリヴィエは思っていた以上に悪い状態に顔色悪くヴィルジールに問いかけた。ヴィルジールは眉尻を下げてため息をついたあと、表情を作り直して答える。

「五日ほど前に、急激に衰弱してしまったんだ。いまは落ち着いているけれど……」

 ヴィヴィアンヌは二人を交互に見つめたあと、王妃へと目を向けた。王妃は長く呪いに抗い続けているが、少しずつ抵抗は弱くなっている。五日前はそれが顕著に現れてしまったのだろう。

「騎士さま、王さま。私、やってみるね」

 ヴィヴィアンヌの言葉に二人は顔を上げて彼女に目を向ける。ヴィルジールを含め、国中の魔法使いがありとあらゆる手を尽くしたものの、未だに王妃を目覚めさせることはできなかった。そしていま、その呪いをかけた魔女の血縁であるヴィヴィアンヌが、呪いを解こうとしている。彼女が最後の頼みの綱であると言っても過言ではなかった。

「……頼むよ」

 ヴィルジールはうなずき、ゆっくりとベッドから離れた。オリヴィエも一歩後ろに下がり、ヴィヴィアンヌと王妃を見守る。

(ひいおばあちゃん……)

 ヴィヴィアンヌはそっと王妃の手を取り、目を閉じた。集中し、王妃の体に魔力を注ぎ込んで呪いを探る。怨嗟の念が王妃の体の隅々まで真っ黒な蔦のように這い回っているのを感じ取り、ヴィヴィアンヌはぞっとした。そこから感じ取れるのは、憎しみ、怒り、そして深い悲しみだ。

(……もう、やめようよ)

 ヴィヴィアンヌは強く念じたが、呪いはただの呪いだ。魔女本人はすでに亡く、それは魔女が遺した影のようなもの。ヴィヴィアンヌの想いが伝わるはずもなく、その怨嗟は彼女へと襲いかかる。ヴィヴィアンヌはそれを受け止めると、自身の魔力をぶつけてかき消した。

 真っ黒な蔦が覆う中、奥へと入ろうとするヴィヴィアンヌを押し出そうとするかのように魔女の怨念が襲ってくる。ヴィヴィアンヌはそれを無効化しながら進んでいたが、そのうちにどちらに進めばよいのかわからなくなってしまった。

(あれ? どっちだろう……)

 ヴィヴィアンヌは向かうべき場所を探した。王妃の中は怨嗟の念で真っ黒に塗りつぶされていたが、ヴィヴィアンヌは小さな黒以外の色を見つけて手を伸ばすかのように魔力を進める。その色は、森の中一人きりだったヴィヴィアンヌが初めて見た色だ。

(すごくきれいな色)

 その色に届くと、ヴィヴィアンヌは彼女と目があった。彼女の目は澄んだ空のように青く、金の髪はきらきらと輝いている。

(あぁ、騎士さまと同じ色だ)

 ヴィヴィアンヌがその色を見つけて笑うと、彼女も同じように笑った。真っ黒だった世界がぱっと輝き、ヴィヴィアンヌは身を強ばらせる。光が消え去り、ヴィヴィアンヌがゆっくりと目を開くと日が落ちて暗くなった王妃の部屋が目に映った。
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