騎士様のアレが気になります!

茜菫

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本編

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(あっ、この魔法! ……懐かしいなあ)

 ヴィヴィアンヌは呪いを解く方法を探していたはずだが、読み進めているうちに懐かしくなって夢中になって書物を読んでいた。そこに書かれているのは祖母が残した魔法の知識と、それを教わっていた楽しい時間の思い出だ。ヴィヴィアンヌはこっそりと書かれた自分の落書きや祖母の注意書きなどをみつけ、くすりと笑う。

(……おばあちゃんとの魔法の勉強、楽しかったな)

 ヴィヴィアンヌにとって、他者との関わりを一切排した閉鎖された世界で新しい魔法を覚えていくことはもっとも楽しい時間だった。他者が存在しない一人きりの世界で生きるためにも、魔法は欠かせないものだった。

 魔法とは魔力を用いて術者の想像を現実にする技術だ。その想像を明確にするための導として、呪文や魔法陣といったものがある。簡単なものであればそれらは単純になり、難しいものであれば複雑になる。魔女ほどの魔力を持っていれば導を魔力で賄い、魔法をなすことができるそうだ。ヴィヴィアンヌも魔女ほどではないものの、一部の魔法を呪文や魔法陣なしで発動させることができる。

(……そういえば、一回、すっごく怒られたことあったっけ……)

 ヴィヴィアンヌは幼い頃、大きな魔法を暴発させそうになったことを思い出した。新しい魔法を覚えることが楽しくて仕方がなかったヴィヴィアンヌは、祖母にまだ早いと止められた魔法をこっそりと使おうとしたことがあった。当時のヴィヴィアンヌは自分が思っていた以上の魔力を引き出し、それを制御しきれなかった。魔法を正しく発動させられず、引き出した魔力はあたりを破壊するだけの魔法に変わってしまった。

 そのときは膨大な魔力の動きに気づいた祖母がヴィヴィアンヌの魔法に干渉し、無効化したおかげでことなきを得た。もし祖母が止めていなければ、ヴィヴィアンヌもろとも辺り一帯は吹き飛ばされていたかもしれない。ヴィヴィアンヌは一連のできごとで、祖母にそれはもうこっ酷く怒られた。

(あのときのおばあちゃん、すっごく怖かった!)

 ヴィヴィアンヌは当時のことを思い出して笑ったが、あることに気づいて口元に手をあてる。その気づきはヴィヴィアンヌを一つの可能性に導いた。

(……そういえば、おばあちゃんは私と魔質が似ているって言っていたっけ)

 生物が有する魔力には魔質と呼ばれる特徴があり、同じ魔質は一つとしてないと言ってもいい。ヴィヴィアンヌは祖母とは魔質がよく似ていた。

(おばあちゃんと似ているのなら……もしかしたら、私、ひいおばあちゃんとも魔質が似ているかも)

 人において、魔質は母親に似るものだ。祖母が母である曾祖母と質が似ている可能性は高く、ならばその祖母と魔質が似ているヴィヴィアンヌが曾祖母と似ていてもおかしくはなかった。

 魔法使いは魔質が似ている魔力に干渉しやすい。だからこそ祖母はヴィヴィアンヌの魔法に干渉し、無効化できたのだ。ならばヴィヴィアンヌは魔女、つまり曾祖母の魔力に干渉しやすい可能性がある。

(……それなら、私が王妃さまの呪いを解くこと、できないかな?)

 魔法も呪いも本質的には同じもので、どちらも魔力によって想像を現実にするものだ。大きな違いは呪いが明確な悪意で害をなすためのものということだろう。

 ヴィヴィアンヌは魔女の曾孫なだけあって、膨大な魔力を有している。祖母以外の人を知らなかったため本人に自覚はないが、一般的な魔法使いとは比べものにならないほどだ。力技で魔女の呪いを解くには力不足だが、干渉のしやすさでそれを補える可能性はある。

(私が呪いを解いたら、騎士さま、よろこんでくれるかな。そしたら、騎士さま心置きなく一緒に暮らしてくれるかも!)

 光明を見出した気になったヴィヴィアンヌはよろこんで立ち上がった。本を大事に抱えながら、暗い表情で本に目を通しているオリヴィエに近づく。

「騎士さま、騎士さまっ!」

 オリヴィエはヴィヴィアンヌに明るい声で声をかけられ、顔を上げた。調べ物が難航し、未だに希望を見いだせないでいたが、なんとか笑顔を浮かべてみせる。

「……うん? どうしたんだ、ヴィヴィ。なにか見つけたのか?」

「ううん。でもね、私ね、……あっ!」

 ヴィヴィアンヌは早速自分の考えを伝えようとしたが、それを口に出す前にあることに気づいて声を上げた。それにオリヴィエは驚いて目を丸くし、首をかしげる。

「ヴィヴィ、どうしたんだ?」

「……えっと……ううん、やっぱりなんでもないの。私、ちょっと……外に気分転換してくるね」

「え? ……あぁ、うん。気をつけて」

 ヴィヴィアンヌは顔を真っ青にし、手にした本を落として小走りで洞窟の外へと向かった。外に出て一つ深呼吸したヴィヴィアンヌは後ろを振り返り、オリヴィエが追いかけてこなかったことに胸をなで下ろす。ヴィヴィアンヌは緊張に高鳴る胸を手で抑えると、その場にうずくまった。

(どうしよう、私……騎士さまに、魔女のケツエンだってこと、伝えるの忘れていた!)

 ヴィヴィアンヌはあれほど嫌われたらどうしよう、憎まれたらどうしようと悩んでいたのに、オリヴィエと共に森の外へ出ていくと決意し、恋人となりゆくゆくは結婚してずっと一緒に暮らすのだと明るい未来を描いているうちに、すっかりそのことを忘れていた。

「どうしよう、どうしようっ!?」

 ヴィヴィアンヌの提案は、魔女と血縁であることがもっとも重要な要点だ。それを伝えずに自分が呪いを解いてみると提案しても、オリヴィエは希望を見いだせないだろう。

(でも、伝えたら……やっぱりなしってなっちゃわないかな)

 一緒に森の外に出ることを決めたのも、結婚を前提におつき合いを決めたのも、事実を知らない状態だった。ヴィヴィアンヌはオリヴィエが憎い魔女の血縁だと知ったとき、変わってしまうのではないかと不安になる。

(……いや。私、騎士さまと離れたくない……)

 ヴィヴィアンヌはもう、オリヴィエと別れてこの森に一人残ることなど選べやしなかった。嫌われたくない、憎まれたくない、一緒にいたい。ヴィヴィアンヌの頭の中はそのことでいっぱいになる。

(黙っている? ……でも、騎士さまは王妃さまの呪いを解きたいし……)

 オリヴィエはそのために命の危険をおかしてまでこの森にやってきた。ここでその手立てが見つからなければ、また命の危険を冒してでもほかの方法を探しに行くだろうと容易に想像できる。

(……騎士さま、とってもつらそうだし……)

 オリヴィエは隠しているが、ヴィヴィアンヌは彼が手立てが見つからずに落ち込んでいることに気づいている。オリヴィエの悲しそうな顔は見たくないし、よろこんでほしい。危ない目にあってほしくない、ずっと一緒にいたい。ヴィヴィアンヌは思考がぐるぐるとまわり、不安と恐怖でいまにも頭の中が爆発しそうだった。

「ヴィヴィ?」

 そこで明らかに様子がおかしかったヴィヴィアンヌを心配し、オリヴィエが追いかけて外に出てきた。泣きそうな表情のヴィヴィアンヌの前までやってくると、心配そうに顔をのぞき込み、手を伸ばして彼女の頬に触れる。

「どうしたんだ、ヴィヴィ。なにかあったのか?」

「騎士さま……」

 ヴィヴィアンヌはオリヴィエの声を聞いて安堵と不安が入り混じり、頭の中が大混乱に陥った。涙がにじみ、こらえきれずにぼろぼろと流れ出す。

「騎士さまぁ、ごめんなさいぃ……殺さないでえぇっ!」

「えっ!? ……まってヴィヴィ、どうしてそうなったんだ!?」

「ごめんなさい、殺さないで……」

「そんなこと、絶対しないから!」

 オリヴィエは涙声で謝罪を繰り返すヴィヴィアンヌをそっと抱き寄せた。なぜヴィヴィアンヌが殺されるという物騒な考えに陥ったのかわからず、オリヴィエは頭の中は疑問符でいっぱいだったが、は彼女をなだめつかせようと背をさすり、大丈夫だと声をかけ続けた。
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