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本編

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 夜が明け、体を清めて朝食を済ませた二人は魔女の洞窟へと向かっていた。首を抑えながら歩くオリヴィエを見上げながら、ヴィヴィアンヌは少し落ち込んでいる。

「……騎士さま、ごめんね。私のせいで、首が変なことになっちゃった……」

「……いや、ヴィヴィはなにも悪くないんだ」

 ヴィヴィアンヌは一晩中オリヴィエの頭を抱きかかえていた。その体勢のまま夜を明かしたオリヴィエは寝違えて首がまわらなくなっている。元はと言えば眠っているヴィヴィアンヌにちょっかいを出した、オリヴィエの自業自得だろう。

「騎士さま、やっぱり魔法で治したほうが……」

「これくらい、大丈夫だ」

 オリヴィエは今日すでに治癒魔法で腕と足を治療してもらっている。右腕は完治と言って差し支えなく、右足は違和感を残しつつも歩けるようになっていた。左腕も力は入らないものの、動かせる程度にはなっている。ここまで回復できたのは、偏にヴィヴィアンヌの魔法のおかけだろう。

 治療魔法は魔力を大量に消費し、疲労する魔法だ。オリヴィエはそんな魔法を連日ヴィヴィアンヌに使わせているため、これ以上彼女に負担をかけるのは気が引けた。

「……本当に? 騎士さま、痛かったら、すぐに言ってね」

「ありがとう。今日も書物を読むだけにするから」

 洞窟には魔法道具や書物などといったものが残されていた。昨日オリヴィエが調べられたのはその内一割にも満たない。まだ片腕が不自由なためおもに書物を調べ、道具のたぐいは後回しにしている。書物を読みあさるくらいなら首に負担はそうかからないだろう。ただ魔法に詳しくないオリヴィエは調査に手こずり、時間がかかっていた。

「私も、お手伝いするね!」

 ヴィヴィアンヌは両手を握りしめ、勇ましい表情でオリヴィエを見上げる。調査が終われば、オリヴィエとともに森の外に出てずっと一緒にいる、そう決意を固めているヴィヴィアンヌはオリヴィエの力になろうと気合い十分だ。

「ありがとう。ヴィヴィ……ぃった!」

 オリヴィエはふっと笑い、ヴィヴィアンヌの方に顔を向けようとして強烈な痛みに思わず悲鳴を上げた。その場で足を止め、顔を動かせず、指一本動かせずに立ち尽くす。その悲鳴に目をまんまるに見開いたヴィヴィアンヌはオリヴィエをじっと凝視した。

「騎士さま……?」

「……あっ、いや。いまのはちょっと……油断しただけだ」

 オリヴィエは平静を装っているものの冷や汗をかき、心配そうな様子のヴィヴィアンヌに顔を向けることも、そらすこともできなかった。

「……騎士さま、魔法で治そうよ」

「ヴィヴィ、この程度のこと……」

「だって、騎士さま……私のこと見てくれないんだもん」

 ヴィヴィアンヌは唇をとがらせると、オリヴィエの返事を待たずに治癒魔法を使う。オリヴィエは首元にそっと触れられ、そこから温かさを覚えた。じんわりと温かくなった部分から痛みが和らぎ、ヴィヴィアンヌが手を離す頃にはすっかり消え去っていた。

「騎士さま、どう?」

 オリヴィエは首に手を当て、軽く回す。さきほどまで感じていた痛みはきれいさっぱりなくなり、むしろいままでより調子がいいくらいになっていた。

「もう、痛くない。ありがとう、ヴィヴィ」

「……へへ」

 ヴィヴィアンヌはうれしそうに笑うと、手を後ろに回した。少し屈んでオリヴィエを上目遣いに見上げながら少し甘えた声を出す。

「……じゃあ、騎士さま。ちゃんと私のこと、見てね?」

(……うっ)

 胸を射抜かれたオリヴィエは無言でヴィヴィアンヌを抱き寄せた。ヴィヴィアンヌは驚いたようだが、すぐに甘えるようにその胸に擦り寄る。オリヴィエは頬に手を添え、その唇に自分のそれを寄せた。

「これ、コイビトの口づけ?」

「……うん。僕たち恋人なんだから、いつしてもいいんだ」

「そうなの? じゃあ、私も騎士さま……あっ、オリヴィエにしてもいいの?」

「うん。……あぁ、名前をようやく……!」

 ヴィヴィアンヌは名を呼ばれてよろこんでいるオリヴィエに背伸びして口づける。名を呼ばれた上に口づけられ、よろこび過ぎたオリヴィエはヴィヴィアンヌを抱きしめ、何度も何度も口づけた。しばらくの間そうして楽しんでいた二人だが、やることはやらねばと途中で切り上げ、洞窟へと向かった。

 オリヴィエの恋愛事情は順調であったが、代わりに彼の本来の目的は逆調だ。薄暗い洞窟の中、魔法の明かりを頼りに書物を手に取る。たった一日、されど一日、手当てたり次第に洞窟にある書物を読みあさったものの、これといって呪いを解く手がかりになるものは見つからなかった。

「……これも、よくわからないな……」

 内容を読み解こうと何度も読み返しているが、魔法の知識はほとんどないと言っていいオリヴィエは書物に書かれていることをほとんど理解できていなかった。慎重に読み進めてはいるものの、見逃していることは多くあるだろう。

「騎士さま、大丈夫?」

 オリヴィエが暗い表情でため息をつくと、ヴィヴィアンヌが心配そうに顔をのぞき込んだ。オリヴィエは曖昧に笑って返すと、再びため息をつく。諦める気はないものの、正直途方に暮れていた。

(……王妃さまにかけられた、魔女の呪いかぁ……)

 ヴィヴィアンヌは魔法使いとして、彼女の師でもある祖母からさまざまなことを学んだ。もちろん、呪いについても学んでいた。

(あっ、そうだ! そういえば、呪いについてまとめてあった本があった……気がする!)

 ヴィヴィアンヌは祖母と一緒になにかを読みながら教わったことを思い出した。かすかに残った記憶を頼りに書物の山を漁り始める。オリヴィエはヴィヴィアンヌの突然の行動に驚いてしばらくその様子を眺めていたが、そのうち手元の本に視線を戻した。

「あっ、これ……かな?」

 ヴィヴィアンヌは書物の山の下に埋もれていた、記憶にあった本を見つける。その本を引き抜くと、書物の山は音を立てて崩れた。オリヴィエがそれに反応して顔を上げたが、ヴィヴィアンヌが気にせず本に目を通し始めたため、再び手元の本に視線を戻す。

(呪いと魔法……あっ、これだ!)

 紫色の表紙で、中に書かれている文字はヴィヴィアンヌの祖母のものだ。祖母がヴィヴィアンヌのためにまとめたものだろう。

(えっと、呪いを解く方法……)

 ヴィヴィアンヌはそれを読みながら学んだことを思い出した。呪いを解く方法は三つある。もっとも簡単な一つは、呪いをかけた主が解くことだ。

(……ひいおばあちゃん、もう、いないんだよね……)

 魔女が死の間際にかけた呪いだという以上呪いの主である魔女はすでに亡く、この方法は不可能だった。もう一つは呪法を知って丁寧に解く方法、おそらくオリヴィエはこの方法に望みをかけているのだろう。呪法がこの洞窟に残されていないか、もしくはその手がかりになるものはないか、と。

(……でも、ひいおばあちゃんがそんなもの残しているとは思えないんだよね)

 ヴィヴィアンヌは直接会ったことはないものの、祖母から曾祖母の人柄をよく聞いていた。明るくて細かいことは気にしない性格で、整理整頓が苦手で大雑把、書物を読み始めたら三分で寝てしまう。ものを片づけないため、洞窟の中はよく魔窟になっていたそうだ。積み上げられた書物の山もその名残かもしれない。

(……となれば、力技で解くしかない?)

 最後の一つは、強引に解く方法だ。単純でてっとり早い方法だが、その分力が物を言う。魔女と呼ばれるほどの存在がかけた呪いを力技で解くとなると、相応の魔力が必要だ。

(……ううん。力技は難しいかな)

 魔女は人と比べ物にならないほどの魔力を持つと言われるほどだ。魔女が持つ魔力量を十とするなら、一般的な魔法使いは一にも満たないだろう。

(……ほかに方法はないのかな)

 ヴィヴィアンヌはページを読み進めていくが、呪いを解く方法についてはこれ以上の情報を得られそうになかった。
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