騎士様のアレが気になります!

茜菫

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本編

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 ヴィヴィアンヌの心はおおいに揺れ動いていた。記憶にあるオリヴィエの大事なものを思い出し、頭の中に浮かべる。回想するものとしてはあまりにも不適切で卑猥であった。

(……騎士さま……)

 続けてオリヴィエの赤くなったり青くなったりする表情や笑顔を思い浮かべる。ヴィヴィアンヌはそれらが自分ではなくルネにむけられることを考えると、胸が苦しくなった。

「ルネ……」

「きっと、オリヴィエは生きているわ」

「……俺も、生きていてほしいと思っている。だが、このままだと俺たちがオリヴィエを見つける前に死ぬかもしれない」

 リュシアンが言うとおり、彼らはここでの探索で危うかったことが何度もあった。正式に訓練を受けた騎士である彼らでも、この魔女の森に住まう魔物を相手にするのは危険だ。この数日気の休まらない状態で森を探索し続け、彼らの疲労は蓄積され続けている。

「……そんなことを言っても、私は諦めないんだから。オリヴィエを見つけて連れ戻したら、結婚してずーっと一緒に暮らすの」

(ケッコン!)

 ヴィヴィアンヌはルネの言葉に反応し、大袈裟に体を震わせた。オリヴィエとずっと一緒に暮らす、それこそヴィヴィアンヌが望むことだった。

(ケッコンしたら、大事なものを見れて……騎士さまとずっと一緒にいられるの?)

 ヴィヴィアンヌはその事実を知り、いままで興味のなかった結婚に興味を持ち始める。同時にオリヴィエの言葉を思い出し、胸を高鳴らせた。

(そうだ。騎士さま、私のこと好きだから、そういう仲になりたいって言っていた!)

 光明を見出した気になったヴィヴィアンヌはオリヴィエの元に戻ろうと裾をはらって立ち上がる。すっかりさきほどの二人のことを意識から追い出しているヴィヴィアンヌだが、獣の咆哮が聞こえて跳ね上がりそうなほど驚き、慌てて崖の下をのぞき込んだ。

(えっ、なに!?)

 ヴィヴィアンヌの目に大型の魔物に襲われる二人が映る。魔物はまるで熊のような後ろ姿で、体は人の倍以上はあった。魔物が振り下ろし、その腕からルネを守るように彼女を抱きしめたリュシアンが爪で肩から背を引き裂かれる。

「リュシアン!」

「くそっ」

 ルネの泣きそうな悲鳴が森に響く。リュシアンはすぐさま迫る魔物からルネをまもろうと気力を振り絞って立ち上がった。リュシアンの負った傷はあまりにも大きい。痛みからか脂汗をにじませ、苦痛に顔を歪めている。

「……ルネ!」

 リュシアンは続いて立ち上がったルネを背に庇い、魔物から距離を取るためにじりじりと後ろに下がった。ある程度の距離は取れたものの、魔物は再び二人を襲おうと前足を上げ、立ち上がっている。

(だめ!)

 それを見たヴィヴィアンヌは慌てて魔法を使った。その魔法は破裂音とともに木々をなぎ倒し、魔物を吹き飛ばす。リュシアンとルネもその衝撃波にバランスを崩したが、距離を取っていたからか転倒は免れたようだ。

(どっ、どうしよう……)

 咄嗟とはいえ、明らかにやりすぎた。魔物だったものと倒れた木々を呆然と眺める二人を眺め、ヴィヴィアンヌは顔を青くする。そのまま固まっていたヴィヴィアンヌだが、リュシアンが彼女の方に顔を上げたのが見えてはっとした。ヴィヴィアンヌはリュシアンと目があった気がして慌て、頭を両手で抱えてその場にしゃがみ込む。

 一方、リュシアンの目には隠れたつもりのヴィヴィアンヌの姿がしっかりと映っていた。明らかに彼らではない第三者の魔法により、魔物や木々は見るも無惨な姿に成り果てた。崖上に見える人影がその術者であることは想像に難くない。リュシアンは少し警戒してヴィヴィアンヌの様子を眺めていたが、どうにもふるふると震えて体を丸めてうずくまっている様子に警戒するのがばからしくなった。

 少なくとも、彼らが手こずる魔物を一瞬で片づけたヴィヴィアンヌに彼らに攻撃する様子はない。状況からして助けられたと判断したのか、リュシアンは深く息を吐いてうつむいた。

「リュシアン! ごめんなさい……私のせいで……!」

「……撤退するぞ。悪いがこの負傷じゃ、これ以上は無理だ」

「う、うん!」

 ルネは気が動転しているようだが、さすがにこの状況で異を唱えるつもりはないらしく、目に涙を浮かべながらうなずいた。よたよたと歩くリュシアンをルネが支えながら、二人は移動し始める。

 しばらくすると、ヴィヴィアンヌは恐る恐る顔をあげて崖下をのぞいた。二人の姿はすでになく、生々しい血の跡だけが見えて胸を抑える。

(……私が早くに声をかけていたら……あの人、けがしなかったかもしれないのに)

 ヴィヴィアンヌはオリヴィエの手助けになるかもしれない人を故意に避けようとした。その結果、けがをさせてしまったと自責の念に襲われる。

(……私、悪い子だ)

 ヴィヴィアンヌは目に涙を浮かべ、鼻をすする。重い足を引きずるようにゆっくりと歩き出し、うつむきながらオリヴィエのいる洞窟へと向かった。

 ヴィヴィアンヌが洞窟近くにたどり着く頃には日は暮れ始めていた。茜色に染まる空はすぐに暗くなってしまうだろう。そうなる前に小屋に戻らないといけないが、ヴィヴィアンヌはオリヴィエに会うのが怖かった。それでもなんとか足を進め、洞窟が目視できる場所まで戻る。

「ヴィヴィアンヌ!」

 名を呼ばれたヴィヴィアンヌが顔を上げると、洞窟の前にオリヴィエの姿が見えた。足を止めたヴィヴィアンアンヌの元に、オリヴィエがよたよたと歩きながら近づく。

「騎士さま……」

 ヴィヴィアンヌはオリヴィエの姿を見て安堵や罪悪感、恐怖などのさまざまな感情が入り乱れていた。今日知った事実や感情を受け止めるには、ヴィヴィアンヌはあまりにも経験が足りなかった。

「よかった。遅かったので、なにかあったんじゃないかと心配しました」

 いまにも感情があふれてしまいそうな状態でオリヴィエから優しい言葉を受け、ヴィヴィアンヌはほろほろと涙を流す。突然泣き出したヴィヴィアンヌにオリヴィエはぎょっとすると、恐る恐る声をかけた。

「ヴィヴィアンヌ? どっ、どうしたんだ?」

「騎士さまぁ……ごめんなさいぃ……」

 顔を両手で覆ってうつむき、わんわんと泣き出したヴィヴィアンヌにオリヴィエは慌てふためく。泣いている女性を慰めたことなどないオリヴィエはすぐに行動できず、どうすればよいのかもさっぱりわからずに冷や汗をかいていた。

(どっ、どうしよう……!?)

 オリヴィエは情けない顔でヴィヴィアンヌに右手を伸ばしたが、結局触れずに宙をさまよわせる。ヴィヴィアンヌの涙は止まらず、その姿がたまらなくかわいそうに見え、ようやく右腕を伸ばして彼女の体を抱き寄せた。

「……大丈夫です、ヴィヴィアンヌ。なにがあったのですか?」

「ごめんなさい……」

 ヴィヴィアンヌは逆らわずにオリヴィエの腕の中に収まり、その胸に顔を埋めた。うまく答えられず、何度も謝罪し続ける。オリヴィエは左腕が動かせないことを呪いながらヴィヴィアンヌを片腕で抱きしめ、大丈夫と優しく声をかけ続けた。

 しばらくして、ヴィヴィアンヌは少し落ち着きを取り戻して顔を上げる。眉尻は下がり、目元は少し赤く腫れ、泣きすぎて鼻水も出ていたが、オリヴィエはかわいそうだと思いつつもその表情すらかわいく見えていた。

「……さっき、人がいたの……」

「……人? ヴィヴィアンヌ、その人たちになにかされたのですか?」

 この恐ろしい森に足を踏み入れるような人物だ、オリヴィエはその侵入者にヴィヴィアンヌがなにかされたのかと怒りを覚える。しかしヴィヴィアンヌはすぐに首を振り、それを否定した。

「ちがうの、騎士さま。……ごめんなさい、私……騎士さまの大事なものを、見られたくなくて……」

「……えっ、どうしてそこで僕の僕が?」

 思わず突っ込んでしまったオリヴィエにヴィヴィアンヌは再び目をうるませる。オリヴィエが慌てて安心させるようにほほ笑むと、その涙はあふれずに済んだようだ。
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