騎士様のアレが気になります!

茜菫

文字の大きさ
15 / 52
本編

15

しおりを挟む


 オリヴィエは薄暗い洞窟の中で歓喜していた。その手には一冊の書物が握られている。

(これさえあれば、僕は……!)

 その書物には、オリヴィエが望む魔女の知識が記されている。その知識を欲してどれほどの危険があろうとも、単身魔女の森に挑み、ここまでやってきたのだ。

 恐ろしい魔物に襲われて負傷したり、魔女の防衛魔法で崖から落ちたりと散々な目にあったオリヴィエの苦労も、ようやく報われる。

「やったね、騎士さま!」

 オリヴィエが振り返ると、体をすっぽりと覆う外套を羽織った笑顔のヴィヴィアンヌが立っていた。

 珍しい赤い髪と、夕暮れどきの空のような赤い瞳。どちらもオリヴィエにはなによりも美しくみえる。

「ヴィヴィアンヌ、ありがとう。きみのおかげだ」

 オリヴィエがこの森で生きていられたのは、ヴィヴィアンヌのおかげと言っても過言ではない。ヴィヴィアンヌがいなければ、オリヴィエは望むものを手に入れることはできなかっただろう。

「……へへっ、うれしいな。じゃあ、騎士さま。私の望みを叶えてくれる?」

「ああ。約束通り、なんでも!」

 ヴィヴィアンヌはオリヴィエの言葉に頬を赤らめ、少しうつむく。そのまま上目遣いでオリヴィエを見上げると、恥ずかしそうな声で望みを口にした。

「じゃあ、騎士さま……私と結婚してほしいな」

「えっ」

 オリヴィエはその願いに驚きの声をもらし、硬直した。ヴィヴィアンヌは甘えるように首をかしげ、オリヴィエにほほ笑みかける。

「……だめ?」

「だめじゃない! むしろ、僕がしたい!」

 オリヴィエは大きな声で自分の願望を吐露する。ヴィヴィアンヌに命を助けられ、甲斐甲斐しく世話をされ、彼女のやさしさと純粋さにすっかり虜になっていた。

 同時に、無知なヴィヴィアンヌを自分が守らなければという庇護欲も生まれていた。以前に女性にだまされて傷心し、もう一生だれとも交際しないし結婚なんてしないとやさぐれていたオリヴィエの心はヴィヴィアンヌに癒やされ、彼女以外に交際も結婚も考えられなかった。

「本当?」

「ああ。結婚しよう、ヴィヴィアンヌ」

 ヴィヴィアンヌは頬を染め、小さくうなずいた。オリヴィエは歓喜に両手を握りしめる。よろこびを表現しているオリヴィエを眺めたまま、ヴィヴィアンヌはゆっくりと口を開いた。

「じゃあ、騎士さま」

 ヴィヴィアンヌは自分の胸の前に手を伸ばし、するりと外套を脱ぐ。外套が地に落ちると、オリヴィエの目には一糸まとわぬヴィヴィアンヌの姿が映った。

「ヴィヴィアンヌ……っ!?」

 細い四肢と、白い肌に映える赤い髪。ささやかながらもふくらみのあるやわらかな胸と、桃色の頂き。オリヴィエはごくりと生唾を飲み、その姿に見入る。胸は高鳴り、股間は痛いくらいに張りつめていた。

「騎士さま、しよ?」

「なっ、なにを……?」

「なにって……騎士さまは知っているでしょう?」

 この状況でやることは一つしかない。知ってはいるものの、オリヴィエには経験がなかった。

「……ヴィヴィアンヌは、知っているのか?」

「ううん、知らない。だから、騎士さま……教えて?」

 甘えるような声でヴィヴィアンヌは一歩近づく。オリヴィエにはもう、この誘惑を拒むことなどできなかった。

「ヴィヴィアンヌ……!」

 少し息を荒くしながら、オリヴィエはヴィヴィアンヌに手を伸ばす。両手で細い肩をつかむと、口づけようとゆっくりと顔を近づけた。

 いよいよ唇が唇に触れるか否か、まさにその瞬間。

「……はっ!?」

 オリヴィエは薄暗い小屋の中で一人飛び起きた。

 オリヴィエの目の前にヴィヴィアンヌの姿はなく、窓から差し込む月明かりと高くない天井が見えるだけ。背は土の床に布が一枚敷かれているのみで、冷たくて固い。

 オリヴィエは自分の願望が見せたただの夢だったことに、深くため息をついた。

「っはは……そりゃ、そうだよな……」

 男女の違いすら知らず、裸を見ることも見られることも恥ずかしく思っていないヴィヴィアンヌが男女の営みなど知るはずもない。

(……まずいな)

 オリヴィエは自分の股間を意識し、再びため息をつく。ヴィヴィアンヌに保護されてからこの数日、危ない時は何度もあったが、なんとかたえてきた。

 そんなたまりにたまっている状態で、好意をもつ女性の裸を目の当たりにした。その姿が脳裏にこびりついて離れず、いよいよ爆発寸前だ。

(……っ、あー! だめだ! 思い出すな! 僕のばか!)

 オリヴィエはヴィヴィアンヌの顔を見ると、彼女の裸体を思い出してしまう。思い出せば自然と股間に熱が集中してしまい、それを避けるためにできるだけ見ないように心がけていた。

 だが、それがヴィヴィアンヌにどう受け取られるのかまでは、オリヴィエには考えが至らなかった。

(だめだ、抜いてこよう……)

 オリヴィエは右肘を立てて身を起こし、椅子を利用して立ち上がる。ベッドにはヴィヴィアンヌが静かに眠っていた。

 水浴びから帰って寝入ってしまったヴィヴィアンヌは一度起きたものの、またすぐに眠ってしまった。魔力の消費が激しい治療魔法を連日使い、疲労が蓄積されていたのだろう。

(……僕は、ヴィヴィアンヌに負担をかけてばかり)

 ヴィヴィアンヌには多くの負担をかけている。だというのに、ヴィヴィアンヌは嫌がることもなく、オリヴィエに笑いかけてくれる。

(ああ、どうしよう。僕、ヴィヴィアンヌが……)

 成すべきことがあるのだからよそ見をしている場合ではない。そう思っていても、オリヴィエはヴィヴィアンヌに心惹かれることを止められなかった。

 オリヴィエは眠るヴィヴィアンヌを眺める。常ならばこのまま何時間でも見つめていられるが、いまはそうはいかない。顔を見ればなおのこと欲が湧き上がってしまう。

 オリヴィエは早く済ませてしまおうと、よたよたと壁に手を突きながら小屋を出ていった。



 静かに扉が閉められ、小屋の中はしんと静まりかえる。そんな中でヴィヴィアンヌはもぞもぞと起き上がり、ベッドに座り込んでオリヴィエが去った扉を眺めた。

(騎士さま、どこいくんだろう?)

 小屋の周辺は雲がなく、月が昇っているうちは少し明るい。だが、木に覆われている夜の森は真っ暗で、とても人が出歩けるような環境ではない。

 森には夜行性の魔物も存在している。小屋の周辺は魔物よけの魔法がかけられているが、そこから離れてしまうと危険だ。

(……まさか、いなくなっちゃうの?)

 そんな危険を冒してまで外に出る理由はなにか。その理由は一つしか考えられない。

 オリヴィエには救いたい大切な方がいる。恐ろしい森に危険をおかしてまで、あれほどの大けがを負っても諦めないくらいに。

 オリヴィエは完治にはまだほど遠いが、ふらつきながらも歩けるようになった。左腕はまだ動かせないものの、右腕は十分に動かせる。いまなら洞窟の調査を再開しようとしてもおかしくなかった。

(騎士さまの、大切な方……)

 ヴィヴィアンヌは大切な方が気になって仕方がなかった。そのことを考えると、胸に形容しがたい気持ちが生まれて苦しくなる。

(その人のために……騎士さま、いっちゃうのかな)

 不安になったヴィヴィアンヌはオリヴィエの後をこっそりとつけることにした。音を消す魔法と幻の魔法を使い、徹底的に自分を認識させないようにする。

 ヴィヴィアンヌはそのままそっと扉を開いて外に出るが、近くにオリヴィエの姿は見えなかった。一歩、もう一歩と歩いて森へと近づくが、先の見えない暗闇に足を止める。

(本当に、行っちゃった……?)

 ヴィヴィアンヌはオリヴィエがあの崖に行ってしまったのではと不安になった。しかし、真っ暗なそこに足を踏み入れる勇気はなかった。

 ヴィヴィアンヌは幼い頃に、祖母からけっして夜の森を出歩かないように注意された。それを一度も破ったことはなく、いまも破る勇気はない。

 追いかけたい気持ちと恐怖がせめぎ合っていたが、結局、それ以上前に進めなかった。

 ヴィヴィアンヌはため息をつくと、小屋に戻るため後ろを振り返る。するとさきほどは見えなかったオリヴィエの姿が見え、ヴィヴィアンヌはほっと胸をなで下ろした。

(なんだ、森に行ったんじゃなかったんだ! よかったぁ)

 安心したヴィヴィアンヌは笑顔でオリヴィエのもとに近づく。音の魔法でヴィヴィアンヌの足音が聞こえず、幻の魔法で彼女の姿は認識できず、オリヴィエはヴィヴィアンヌが近くにいることなどまったく気づいていなかった。

(騎士さま、気分転換かな? ……あれ?)

 小屋の壁にもたれかかるように座っているオリヴィエがいつもと様子が違うことに気づき、ヴィヴィアンヌは足を止めた。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...