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本編

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「あの、騎士さま? ……大丈夫?」

「……いえ……大丈夫、です……」

 オリヴィエは恥ずかしくてたまらなかったが、深呼吸して気持ちを切り替えるとヴィヴィアンヌの方へと顔を向けた。ヴィヴィアンヌは心配そうにオリヴィエの顔をのぞき込み、眉根を寄せて声をかける。

「……熱、出ていない?」

「出ていません、大丈夫です、お構いなく」

(えぇ……本当に、大丈夫なのかなあ?)

 オリヴィエの頬はまだ少し赤く、ヴィヴィアンヌは熱が上がったのではと見当違いな心配をしている。本人が大丈夫だと言い張るのだから、ヴィヴィアンヌにはそれ以上どうしようもない。

「……それで、ヴィヴィアンヌはなにが望みでしょうか」

 オリヴィエが話をそらすように続きを催促する。ヴィヴィアンヌはオリヴィエの体調が気になりつつも、身を引いて話を続けた。

「えっと……ここにいる間、騎士さまの話とか、森の外の話とか、色んな話を聞かせてほしいの」

「話?」

「うん! 私、森の外に出たことなくて。おばあちゃん以外と話したことなかったし、たぶん……常識? とか、よく知らないの」

「……森の外に、出たことがない……のですか?」

 オリヴィエはこんな場所に人が住んでいること自体が驚きであったが、ヴィヴィアンヌが外に出たことがないと聞いてさらに驚かされた。森は魔女の森と呼ばれ、恐れられている。少なくともオリヴィエは森に人が住んでいると聞いたことはなかったし、想像もしていなかった。

(……ヴィヴィアンヌは魔女……なのか?)

 魔女の森と呼ばれるように、森には魔女が住んでいると言われている。魔女とは常人とは比べ物にならないほどの魔力を持ち、多彩な魔法を操り知識に長けている者を指す。そしてこの森に住まう魔女こそ、オリヴィエが調査すべき対象だった。

(いや、少なくとも……ヴィヴィアンヌは、あの魔女ではない)

 魔女はけっして嘘をつかないと言われている。仮にヴィヴィアンヌが魔女だとしても、オリヴィエが調査すべき魔女は森の外に現れたことがあっため、彼が調査している魔女からは外れる。魔女が嘘をつく可能性もあるが、オリヴィエにはヴィヴィアンヌが嘘をついているようには見えなかった。

「お安い御用です。ですが、本当にそのようなことだけでいいのですか?」

 オリヴィエにとっては、ヴィヴィアンヌの望みはあまりにも容易な要求だ。助けてもらった上に、回復するまで面倒を見てもらう対価が話をするだけ。しかし、ヴィヴィアンヌにとってはなによりも大きな望みだった。

「うん。私には、すっごく魅力的なの!」

 森の外に一度も出たことのないヴィヴィアンヌは、外の世界がどうなっているのかまったく知らない。ヴィヴィアンヌの世界は森の中のごく一部のみと、非常に狭いものだ。

 ヴィヴィアンヌは外の世界に興味がなかったわけではない。だが興味があってもそれを知る術はなく、これからも祖母の言いつけを守り、外に出るつもりはなかった。そんなヴィヴィアンヌにとって、外からやってきたオリヴィエの存在はなによりも輝かしく見えていた。

「わかりました。どんなことでもお話しします」

「どんなことでも? 本当?」

「はい。騎士に二言はありません」

「やったぁ!」

 オリヴィエははっきりと言い切り、しっかりとうなずく。それに両手を合わせ、うれしそうにはしゃぐヴィヴィアンヌに、オリヴィエは僅かにほほ笑んだ。

(……正直、こんな程度でと申し訳なく思っていたが……ここまでよろこんでくれるなら……うん、いいな)

 価値観は人それぞれだ。オリヴィエには想像もできないような人生を送ってきたヴィヴィアンヌには、他者と関わること、自分の知らない話を聞くことは金や宝石などよりもずっと価値がある。

「じゃあ、騎士さま。早速聞きたいことがあるんだけど……」

「はい、なんでしょう」

 ほほ笑んでヴィヴィアンヌの問いを待つオリヴィエは、数分後、なんでもと言ったことを後悔することになるとはこのとき思いもしなかっただろう。ヴィヴィアンヌはオリヴィエを手当てしたときからずっと気になっていた疑問を、早速彼にぶつけた。

「騎士さまの足の間に生えているのって、なに?」

「…………は?」

 オリヴィエあまりにも想定外の問いに思考を停止させた。小屋の中は静まりかえり、目を輝かせて答えを待つヴィヴィアンヌと、ほほ笑みが消えて呆然とした表情で固まるオリヴィエの二人が見つめ合う。数秒後、頭が回り始めたオリヴィエは叫ぶように声を上げた。

「はっ、ちょ……生えて……えっ!? な、なにを言って……」

「えっ? だって、初めて見たんだもの」

「えっ、見たの!? 僕の僕を!?」

 オリヴィエは顔を真っ赤にしてけがをしていることを忘れ、右手を股間に当てた。その瞬間、無理に動かしたことによって強烈な痛みが走り、オリヴィエはうめいて涙目になる。

「ぐ……ぅっ」

「えっ、騎士さま、大丈夫!?」

 ヴィヴィアンヌは悶えるオリヴィエの右腕をさすった。オリヴィエは痛みに頭を支配されて再び思考を停止させていたが、労るように腕を擦られているうちに不思議と痛みが引き、気持ちを落ち着かせる。しばらくして落ち着いたオリヴィエは自分の状態を再認識し、恐る恐るヴィヴィアンヌに問いかけた。

「…………あの、私の下着は?」

「えっ、シタギ?」

「えっ」

「えっ?」

 再び小屋の中は静まり返り、二人は驚いた表情で見つめ合う。そのままじっと見つめるヴィヴィアンヌに対し、オリヴィエは視線をさまよわせた後ぼそぼそと口を開く。

「いや……えっ? ……下着……を、知らない?」

「ごめんなさい、シタギ? ……知らない」

「……穿く、でしょう?」

「履く? 靴のこと?」

 オリヴィエはヴィヴィアンヌとのやり取りに呆然とした。そのまま無意識にヴィヴィアンヌの腰のあたりに視線を向け、ぽつりとつぶやく。

「穿いて……いない……のか……」

 つぶやいたことで、自分がなにを考えているのか気づいたオリヴィエはあわてて首を横に振った。両腕が自由ならば、自分の顔を殴打していたかもしれない。

「騎士さま?」

「いや、違う! 想像していないから!」

「えっ、なにを?」

「えっ!? いや、その……」

 しどろもどろになるオリヴィエにヴィヴィアンヌは首をかしげた。ヴィヴィアンヌは無自覚に、容赦なく、オリヴィエの発言を有耶無耶にする気はなかった。ただ気になっていただけだが。罪悪感と羞恥心で顔を真っ赤にしたオリヴィエは消え入りそうな声で謝罪する。

「ご、ごめん……」

「どうして騎士さまが謝るの?」

「あの……すみません……」

「ええ?」

 ヴィヴィアンヌはその謝罪の理由がわからなかったが、オリヴィエはそれ以上を言えなかった。かわいそうなほどに顔を真っ赤にしたオリヴィエは小さな声で、勇気を振り絞って話を続ける。

「それで、その……僕、いや、私が、その……君の見た、あの……僕の……僕が……つけていた……」

「え、なに?」

「だから……あの……」

「あの?」

(なんの拷問だ……!)

 初対面の女性に股間を見られ、さらには色々と言わされて、オリヴィエは愧死するのではないかと思うくらいに恥ずかしかった。しかしなんでも話すと約束し、騎士に二言はないとまで言った手前それを反故するわけにもいかず、ひたすら耐えるしかない。

「あっ! もしかして、布のこと?」

「そう、それです! それが下着です!」

 ようやく下着がなにか伝わってオリヴィエはほっと胸をなでおろした。しかしヴィヴィアンヌの好奇心は底知れず、無情にも安心した彼に更なる羞恥を与える。

「あれがシタギなんだ! でも、どうしてシタギがいるの?」

「えっ、それは……その、気になるじゃないですか」

「なにが?」

「なにって……」

 言い淀むオリヴィエだが、無知なヴィヴィアンヌに情けはなかった。これが嫌がらせなどではなく純粋な好奇心から向けられるものだから、オリヴィエにはなおさら質が悪い。

「いや、その……位置、とか、あの、安定性とか、諸々……」

「え、なんの?」

「……もう、勘弁してください!」

 いよいよ羞恥が限界になったオリヴィエは、悲壮な声で叫んでヴィヴィアンヌに許しを請うしかなかった。
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