立派な淑女に育てたはずなのに

茜菫

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本編

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 翌朝、レアケはエスガと共に呼ばれて王宮に向かった。反乱勢力の主であるオスカは事後処理に追われているだろうが、まったく疲れを見せぬ笑顔で二人を迎え、早々に話を切りだす。

「これからどうなるのか気になって、夜も眠れないだろうと思ってね」

「はは……気遣い、感謝しよう」

 その気遣いが不要なほどぐっすり眠ったレアケは、オスカの言葉を曖昧に笑って流した。まだまだやることが多いオスカはこの問題を早々に片づけたいのだろう。魔女の処遇についてはすでに決まっているようだ。

「魔女を、フィヨルの地へ流刑とする」

 フィヨルはこの国の北部に位置する、雪が深く寒さの厳しい地域だ。レアケは驚いたが、エスガは事前に話がついていたようで、動じなかった。

「……そこで、私はなにをすればよいのかの?」

「魔女の力を使わないことだ。どんなことがあってもね」

「私の力を、利用せぬのか?」

「この国に魔女の力は必要ない。情に流される魔女の力は、なおのこと」

「……っ」

 レアケは返す言葉もなく、ただうつむくしかなかった。レイフをのさぼらせたのは魔女の力、その発端はレアケの愛する男の役に立ちたいといった純粋な願いだ。

 魔女はほとんどが人の世に不干渉だ。そんな魔女になにかを願うには対価が必要だと言われている。それは魔女たちが自らを律するための不文律でもあった。

 だが、レアケは情によってその不文律を破り、一人の男に過度な力を与えた愚かな魔女だ。魔女たるレアケは大きな力を持つからこそ、慎重であるべきだった。

「……そうか」

 愚かな魔女の力は必要ない。オスカの言葉は冷たいものだが、当然の扱いだろう。

「とはいえ、私はこの決定を魔女に強制する力など持っていないがね」

「……もちろん、従うとも」

 四十年前に己が魔女であることを忘れたレアケに、己が魔女であることを忘れるな、それがオスカの下したレアケへの処罰だ。

「そうそう。フィヨルは善良な前侯爵があの王に忠言したことがきっかけで、謂われない罪で爵位を剥奪、処罰され、領地は返還されていてね」

 フィヨルに限ったことではなく、レイフの恐怖政治によってそういった状況にある領地は少なくない。不本意ながらもその一助となっていたことに、レアケは表情を暗くする。

「しかし前侯爵の第一子が見つかり、今回の反乱によく貢献してくれた。故に侯爵の汚名を雪ぎ、彼を新たなフィヨル侯爵とするつもりだ」

「……なるほど、その者が私の監視となるのだな?」

「ああ。魔女殿の監視は新たにフィヨル侯となる、エスガ・イェンセンに任せる」

「えっ」

 それまで動じることなく黙って沙汰を聞いていたエスガは驚いたように目を見開き、声をもらした。

「おや、君がそんなに驚くとは」

「フィヨル行きはうかがっていましたが、侯爵位は……」

 オスカの話の通りなら、エスガは前フィヨル侯爵の第一子だ。エスガ自身は知らなかったことなのだろう。

「君は正統なフィヨル侯爵家の血筋なのだから、問題はあるまい」

「私が、フィヨル侯爵の……」

「君の妹が持っていた夫人の手記と遺品から、裏づけはとれている」

 エスガもアニカも幼いころは読み書きができなかったため、母の手記を読んだことがなかったのだろう。

「俺が、侯爵……」

「フィヨル侯爵として、これからも頼むよ」

「承知しました」

 エスガはうやうやしく頭を下げ、それを受け入れる。一方で、レアケの表情は暗かった。

 レアケに甘いエスガは、監視役としてはいてもいないようなものだ。魔女がその気になれば監視など無意味なのだから、だれがつこうが大差はないが。

 情で動く魔女の力は不要だが、それを押さえ込む力はない。だが情で動く魔女だからこそ、もっとも情を抱くエスガのためなら自制すると思われているのだろう。

(……彼からすれば、いっそ国外に出ていってくれたほうが良かったのでしょうね)

 オスカからすれば、レアケの償いたいという申し出は厄介でしかないのだ。エスガと共に国を去るといえば、諸手を挙げて見送ってくれたかもしれない。

「これで、憂いは絶てたかな?」

「……うむ、世話をかけたのう」

「では、話は終いだ。後がたて込んでいるのでね」

 後日正式な手続きを行うとして、二人は早々に下げられる。レアケはエスガと共に塔に戻ったが、浮かない顔であった。

「……レアケ、大丈夫か?」

 そんなレアケを心配してか、エスガが声をかける。それに曖昧に笑うだけで応えたレアケは、一つため息をついた。

 償いたいと申し出たレアケに対し、オスカは魔女の力を使わないことを命じた。魔女であるレアケにとっては、なににも勝る罰だろう。

(私は……高慢、だったのね)

 レアケは魔女の力をなにかしら利用されると考えていた。彼女自身、どこかで自分はそれだけの価値があると自負していたのだろう。それは魔女だからこその高慢さだ。

 短いながらもオスカと話し、レアケは自分の愚かさと高慢さを改めて思い知った。その愚かさと高慢さでこの国に大きな影響を与えたレアケは、オスカの言う通り魔女としてはなにもせず、今後この国に影響を及ぼさないことがもっとも償いとなるだろう。

(……私は、ただむだに長く生きているだけの未熟者じゃない)

 レアケは何十年と人よりも長く生きているが、そのほとんどを引き込もっていたため、人と関わることが少なく大した経験を積んでこなかった。多くの苦汁をなめ、困難な道程を歩いてきたオスカに比べれば未熟と言わざるを得ない。

「……なあ、レアケ」

 エスガは暗い表情で黙り込んだレアケの両手を自分の両手で包み込む。成長し、大きくなった彼の手を眺めたあと、レアケは顔を上げた。

「悩んでいることがあったら、言ってくれよ。俺は未熟だし、答えは見つけられないかもしれないけど……一緒に考えたいんだ」

「エスガ……」

 これからも一生を共にする伴侶として、悩みを共有し、一緒に考えていきたい。エスガはレアケに導かれる関係から、共に歩む関係になりたいのだ。

(……そうね。私は、もうひとりじゃないわ)

 エスガの想いに、レアケは小さくほほ笑む。いまは俗世を離れて引きこもっていたころとも、塔に閉じ込められていたころとも違う。

「私はとても重いけれど……これから、フィヨルでどうやって償っていくべきか……エスガ、一緒に考えてくれる?」

「ああ!」

 エスガはぱっと表情を明るくし、レアケを抱きしめた。レアケは驚いたが、ゆっくりと腕を回して抱き返す。

(私、きっと……今度こそ死ねるわ)

 エスガの胸に顔を埋めながら、レアケは彼への愛を認識し、しあわせそうに目を閉じた。
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