立派な淑女に育てたはずなのに

茜菫

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「魔女さま、そろそろ返事をお聞かせいただけますか?」

「なんの返事?」

「……ああ、魔女さまはなんてひどい方でしょう」

 エスガはわざとらしく嘆いて泣いたふりをした。それが演技だとわかっていても、エスタに甘かったレアケは彼がそのエスタだと知って、突き放せなかった。

「……私は、魔女よ?」

「はい。私はずっと、魔女であるあなたのことが大好きでしたから」

 満面の笑みで好意を向けられ、レアケはそのまぶしさに目を覆う。レアケとてエスタを愛おしく思う気持ちはあったが、それは手のかかる妹のような感覚だ。それが突然、実はエスガという名の男だったのだと告白されても気持ちが追いついてこない。

「私は、魔女さまの侍女……女としてそばにいましたから、すぐに男として見ていただけないことは承知の上です」

 エスガもそれは想定していたのだろう。レアケはエスタをかわいがっていたが、ただそれだけだ。けっして、エスガと同じ気持ちを抱いてはいない。

「ですが、魔女さま……私はもう二度と、魔女さまと離れたくないのです。あなたに男として好かれるよう、努力します。どうしても男としてみられないとおっしゃるのなら、再び侍女として……淑女となれるように努力します。切り落としても構いません」

「い、いえ……そこまでは……」

 エスガは愛されるためなら、なんでもしようとしている。レアケにはその気持ちに身に覚えがあった。

 好きだから、愛しているから、相手のためになんでもしたい。好かれたいから、愛されたいからなんでもする。その想いを知っているからこそ、レアケはエスガの想いを疑いはしなかった。

「……もしかして、紳士っぽくなっているのは」

「魔女さま、紳士が迎えにきたらお嫁に行くとおっしゃっていたでしょう? 私なりに努力してみたのですが……あなたの好みにあっていますか?」

「えっ、まあ……そうね。とても格好いいわよ」

「……よかった。ふふん。少しがんばってみたのですよ」

 エスガはぱっと表情を明るくして、胸をなでおろす。その後すぐに得意げに胸を張ったエスガの様子に、レアケは彼が確かにエスタなのだと改めて認識できた。

「……大きくなったのね、エスタ。いえ、エスガだったかしら」

 口も態度も悪い少女を立派な淑女に育てたはずなのに、別離を経て再会したいま、少女は男となって立派な紳士に育っていた。

 レアケは正直どうしてこうなったと思うものの、もう二度と会えないかもしれないと思っていたエスタと再会できたことを、とてもうれしく思っている。

「魔法使いとしても、成熟したのね」

「あの日、あなたをかならず迎えにいくと心に決めて、あなたを無力化する方法を必死に考えました」

 魔女は、その魔力故に魔女だ。逆に言えば、その魔力さえ封じてしまえば人となんらかわらない。

「よく、こんな高度な魔法を生み出せたわね……」

「この魔法は、あなたの魔力にしか効果はありません。この日のためだけに研究した魔法ですから。対象を絞りさえすれば、五年でも作り出すことは可能でした」

「……私の魔力だけに絞るにしても、難しかったんじゃないかしら?」

 対象を絞ったにしても、その対象は離れ離れになり、遠い塔に囚われていた。試用も検証もその対象がいなければ難しかっただろう。

「私にはあなたからいただいた、あなたの魔力がありましたから」

 エスガはそう言って、胸元から結晶を取り出す。それはレアケがエスタに手渡した、彼女の心臓を包む魔力の結晶だ。そこにはレアケの魔力が秘められており、魔法の研究にはそれを使ったのだろう。

「本当に、うまく使ったのね……って、えええっ」

 結晶は魔女の心臓の一部と言っても過言ではなかった。愛おしそうに結晶に唇を寄せるエスガを目の当たりにし、レアケは顔を赤くして目をそらす。

「あなたの元を去ってからしばらくは、毎晩涙を流しました。それはもう、妹に心配されてしまうくらいに。どうしてもさみしい夜は、これをあなただと思って胸に抱いて眠り……」

「わっ、わかった、わかったわ! もうやめて!」

 レアケは顔を真っ赤にして大きな声を出し、言葉を遮る。口が悪く、すぐに顔を真っ赤にしていたエスタだとは思えないような言葉の数々だ。

「……でも! あなたが優秀な魔法使いでも、この魔法を永遠に維持するなんてことは不可能でしょう。この問題が解決しない限り、結婚なんて無理よ」

 魔女であるレアケでも、他者の、それも魔女の魔力を押さえつける魔法を休みなく維持することは不可能だ。そもそも、この魔法は魔力を抑え込んでレアケに抵抗する力を失わせているだけで、王の命が消えるわけではない。魔法が解かれた途端、本人の意志に関係なくレアケはエスガを殺し、阻むものも殺して塔へと戻るだろう。

「はい。この魔法を維持し続けるつもりはありません」

 エスガもそれは否定しなかった。

「じゃあ……」

「あなたと王の契約を破棄するまでの間、維持すれば良いだけの話です」

 レアケは驚きに目を見開き、同時に口をつぐんだ。それは彼女の意志ではなく、契約について口外してはならないという王の命によるものだ。レアケのその反応は予想していたのか、エスガはただ笑っている。

「魔女さまは魔法の契約を結んでいるのですね」

「……」

「魔女さま、あなたはあの王の命で、契約についてなに一つ話すことはできないでしょう?」

「……」

「どうやら、私の推測は正しそうですね」

 違うのならば、違うといえばよい。それすらできないという事実が、エスガの予想が正しいと証明していた。

 エスガは侍女である間、何度もレアケが王族から暴行を受けるさまを見てきた。王が契約がある限りは逆らえないと言っていたが、魔女であるレアケがただの契約如きで一度も逆らわなかったことに違和感を覚えたのだろう。

 どんなことがあってもけっして逆らわない、意に反することであっても従わなければならない、魔女でさえも逆らえない絶対的な強制力。それは、魔法による契約以外に考えられないものだ。

「ですので、あなたは話を聞いてくださるだけで結構です。私はただ、この六年学び、考えた結果導き出した答えを一人で話します」

 そう言って、エスガはにこりと笑った。

「魔法の契約である以上、証があるはず。その証がある限り、契約は履行され……逆に言えば、証がなくなれば効力を失します」

 魔法の契約は契約者同士の魔力が必要になり、結ばれた際に証が生まれる。契約を破棄するには証を壊す必要があり、契約が無効になるのは契約者両者が死亡した場合のみだ。契約の強制力は契約内容と魔力によるが、魔女の魔力で結ばれたとなれば、どんな契約であっても絶対的といえるだろう。

「魔法の契約を結んだ際に生まれる証は、脆弱なものですよね。ですから皆、たいそうな金庫にしまったり、安全だとおもわれる場所に隠したりします」

 だが、魔法の契約にはひとつ厄介な問題があった。それが証の脆弱性だ。その強度は契約に用いる魔力によるが、たとえ魔女の魔力で結ばれた契約であっても証は脆い。

「そこで、王ならば契約の証をどこに保管するか……私なりに考えてみました」

 エスガはまるで遊びの謎解きでもするように笑っていた。
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