立派な淑女に育てたはずなのに

茜菫

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本編

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 エスタは箱をすべて倉庫に運び入れると、分別し始める。中身は食料をはじめ、新しいシーツやレアケの衣類などだ。その中に布面積の少ない際どい白いドレスを見つけ、エスタは顔を顰めた。

「……なんだ、これ」

 布は薄く、手を合わせると肌の色が透けて見える。エスタはこのドレスを着たレアケを思い浮かべ、顔を真っ赤にした。

「こんなの、服じゃねぇよ!」

 エスタは首を横に振ってその姿をかき消し、ドレスを視界から外す。これを塔に運ぶように指示した人間など、すぐに思い当たった。

(あの変態ジジイ……!)

 エスタはドレスを思い切り破り捨ててしまいたかったが、相手が相手なだけにそうもいかない。仕方なく、二度と目に触れないよう衣類棚の奥の方へと押し込んだ。

「ったく……」

 ふつふつと怒りが湧き上がっていたが、残りを片づけなければと手を動かす。

「はぁ、やっと終わった……」

 箱の中身を片づけ終えたエスタは疲労にため息をついた。なにげなく扉側に目を向け、開いたままだったことに気づく。

「……ん? うわっ、魔女さま!?」

 エスタは扉の隙間から中の様子をのぞき見しているレアケと目が合い、驚いた。レアケはいたずらっぽく笑うと、倉庫の中に足を踏み入れる。

「エスタ、たいへんだったのう」

 きょろきょろと倉庫の中を見回すレアケを見て、エスタはあの際どいドレスを奥にしまっておいてよかったと心底思った。おそらくレアケはなにも言わないが、不快にはなるだろう。

「別に、仕事だし。ってか、ずっと見てたのかよ……あ、見ていたのですか」

「ずっとではないぞ、ついさきほどからだ。エスタが疲れ果てていたら手伝おうかと思っての。あの箱、女子には重かろうて」

 本当は男であるものの、まともな食にありつけず、成長しきれなかったエスタには多少つらい重さだった。すでにこの仕事を何度か繰り返しているが、今後も繰り返すことを考えると億劫で、小さくため息をつく。

「私も、魔女さまみたいに魔法が使えたらな……」

 エスタはさきほど目にしたレアケの魔法を思い出し、羨望の声をもらした。

「……あっ、そうだったわ」

「えっ? なにが?」

「ああ、あなたを……んんっ……」

 素の口調に戻っていることに気づき、レアケは一つ咳払いする。気を取り直したレアケは自称、威厳のある話し方でエスタに提案した。

「エスタ。そなた、魔法を学んでみたくはないかの?」

 レアケの提案に目を見開いたエスタは、すぐにその目を輝かせる。魔女から魔法を教わるなど、望んでも得られない機会だ。

「魔女さまが教えてくれるのか!?」

「うむ。そなたは相当の魔力を有しておるし、才もありそうだからのう」

「ほ、本当か?」

「活躍の場があれば、稀代の魔法使いとして名を馳せることも夢では……いえ、ううん……」

 レアケは途中で言葉を切り、うなる。その理由はエスタにも察せた。為政者がいまの王である限り、この国に明るい未来はないのだから。

「魔法を学びたい!」

 しかし、エスタは名声など興味はなかった。その目は隠しきれない期待に満ちていて、レアケはくすりと笑ってエスタの頭をなでる。

「うむ、良い返事だの。だが……言っておくが、淑女教育は続くからの」

「げっ」

 淑女教育と聞くやいなや、エスタの目からかがやきが消え、眉根が不機嫌そうに寄せられる。わかりやすいエスタの反応にレアケはあきれたように息を吐いた。

「げっ、とはなんだ。そなた、まさか免除されると思っておったのか?」

「い、いえ……そんなこと、思ってなんて、いませんですわ」

「……そうかのう?」

 明らかに動揺し、それを隠せていないエスタの考えなどレアケにはお見通しだろう。けれどもあえて指摘せず、レアケはひらめいたといったように両手をあわせ、声を上げる。

「そうだ! これから毎日、エスタが一日淑女らしく振る舞えたのならば、一つずつ魔法を教えてやろうぞ」

「ええっ、なんだよそれっ!?」

「そなたは魔法使いになる前に、まずは立派な淑女にならねばならぬからのう」

「そんなあ……」

 エスタが肩を落として非難めいた目を向けると、レアケはくすくすと笑った。

「さあ、そろそろ今日の淑女教育を始めようとするかの」

「……えっと、魔女さま。私、お腹が痛くなってきましたです」

「うそをつく者を魔法使いするわけにはいかぬぞ?」

「うっ……ごめんなさい」

 そこであっさりとうそだと認めるエスタの正直さは、果たして良いのか悪いのか。観念したエスタはレアケに続き、背中を丸めながら倉庫を出る。

「そのように背を丸めてはならぬと教えただろう?」

「うっ……はい……」

 エスタはレアケの教えを思い出し、背筋を伸ばして顎を引いた。足は開きすぎず、肩を揺らさないように意識する。そうして一歩、また一歩と足を踏み出すエスタの美しい歩き方に、レアケは拍手した。

「うむ、エスタはやればできる子だの!」

「ふふんっ、だろ!」

「……お口はなかなか、なおらんがのう」

 ほめられて得意げに胸を張り、機嫌を直した素直なエスタの頭をレアケはやさしくなでる。それから始まった淑女教育にすぐ表情を暗くしたエスタだが、がんばった褒美にと魔法の基礎を教えられ、またすぐに機嫌を直してよろこんだ。



 それから、エスタの魔法使いとしての勉強が始まった。レアケも甘いもので、エスタが淑女らしく振る舞えなくても毎日魔法を教えていた。

 変わらずエスタの淑女教育は難航していたが、魔法に関しては物覚えが早かった。乾いた砂が水を吸うようにエスタはみるみる間に魔女から知識を吸収し、それを自分のものとしていった。
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