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本編
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エスタが侍女になってから、一ヶ月ほど経ったころ。鏡に映った自分の姿を眺めながら、エスタはため息をついた。
(きつい生活だと思っていたのに)
エスタはよく食べ、よく動き、やせ細っていた手足やこけていた頬には少し肉がついている。
(魔女さまは、やさしい魔女……なのかも)
まずい紅茶を出してもレアケは顔に出すことなく、文句も言わずにそれを飲んだ。禁句を発したことで痛い目にはあったが、無作法でも無礼な態度をとっても、レアケに怒られることはなかった。
(いや。悪いのは魔女なんだ……!)
エスタは魔女に絆されそうになったが、それを振り払うように首を横に振った。自分がここにやってきた理由を、そしてそんな状況に陥った原因を思い出して怒りを燃やす。
悪政を敷く王に与する悪い魔女。それが、エスタから見たレアケだった。
(魔女がいなければ、母さんだって……)
エスタは物心ついたころには貧しい暮らしを余儀なくされていた。元は貴婦人であったエスタの母は、王の悪政で夫を失った。母は傷一つなかったきれいな指をしわくちゃにしながら洗濯婦として働き、わずかな稼ぎでエスタと妹を養っていた。
母はやがて体を弱らせ、ある年、風邪をこじらせて冬を越せなかった。母が亡くなり、エスタは唯一の家族となった妹と共に、裏路地で身を寄せ合い生活していた。
(妹のためにも、俺は……)
ここにくる前の冬、エスタの妹は母と同じように風邪をこじらせ、生死をさまよっていた。医者に見せる金もなく、苦しむ妹の手を握ることしかできなかったエスタのもとに、ある貴族がやってきた。その出会いは偶然であったが、男にとってもエスタにとっても幸運なものだった。
男は使い捨てできる、魔力を持った少女を探していた。魔女レアケの侍女として使うために。
エスタはわずかな金と引き換えに男に自分を売った。その金で妹を医者に見せ、修道院にあずけたエスタは今生の別れになると覚悟して妹と離れ、男に従いここにやってきた。
妹が修道院に受け入れられたのは、その男の口添えがあってのものだ。エスタが逃げ出すか、もしくはレアケに追い出されるかすれば、妹は放り出されるかもしれない。
(なんだってやってやるさ。なんだって……!)
エスタを支えるのは、いまやたった一人の家族。その家族を守るために、エスタは覚悟を決めていた。
「エスタ」
名を呼ばれてエスタが振り返ると、そこにはレアケの姿があった。悪い魔女を前に、エスタは怒りを飲み込む。
「さあさ、これまでの成果を見せておくれ」
「ふん、見てろよ」
レアケはほほ笑み、エスタは気合を入れた。顎を引き、背筋を伸ばし、美しい立ち姿を披露する。肩が震えていたが、猫背でがに股であったころに比べれば大した成長だ。
「どうだ!」
「うむ。だいぶ美しくみえるようになったのう! えらい、えらい」
「だろう!」
エスタの淑女教育は難航していたが、立ち姿に関してはそれなりに見えるようになっていた。ほめられて胸を張るエスタの頭をレアケがやさしくなでる。
「はあ。そなたは素直で、本当にかわいいのう。このまま、食べてしまいたいわ……」
「えっ? うわ、やめろ!」
レアケはエスタの頭をわしゃわしゃとなで回し、髪を爆発させた。エスタは目をつり上げて眉根を寄せ、手を払って顔を背ける。
「はは、すねるでない」
「ふんっ」
「すねた顔もかわいいのう。はあ、やはり食べてしまいたい……ぺろりと一口で食べてしまえそうだ」
「いい加減、やめろ!」
この一ヶ月、エスタの怒る声とレアケの楽しそうな声が塔によく響いていた。今日も空はよく晴れ、塔の中も明るい。
「そろそろ昼食にしようかの」
「ふふん、期待していろよ。今日はうまくできたんだからな!」
エスタは料理の腕も壊滅的だった。それなりの魔力を持った少女は希少とはいえ、よくエスタを侍女にしようと思ったものだとレアケがあきれるくらいに。
しかしそれも過去のこと。エスタはレアケの指導のもと、いまでは指を切らずに食材を切り、こがさないように炒め、煮崩れしないように煮込めるほどになっている。
「おお。それは楽しみだのう」
「食って驚くなよ……ん?」
突然、下から塔の扉が開く音が響いた。平穏を壊すその音にエスタは階段の方へと目を向ける。その後すぐに指示を仰ごうとレアケに目を戻し、驚きに目を見開いた。
「……魔女さま?」
さきほどまで楽しげに笑っていたレアケは表情を失っていた。まるで人形のように無になったレアケの様子に、エスタは不安になって声をかける。レアケははっとし、エスタに笑って見せた。
「エスタや。私が初めに教えた大事なことは、きちんと覚えているかの?」
「えっ? あっ、うん、……はい」
王や王太子がきた場合はなにが起きても手を出さず、口を挟まず、部屋にこもるか外に出ておくこと。その言いつけを思い出したエスタは、この来客がそのどちらかなのだと察した。
「よろしい。では、出迎えようかの」
薄手のショールを羽織ったレアケは重い足取りで階段へと向かった。エスタは侍女としてその後に続く。ゆっくりと階段を下った二人は、塔の扉の前に立つ二人を目に映した。
一人は高齢の男で、赤地に金の刺繍が施された最高級の服に身を包んでいる。もう一人はその護衛なのだろう、この国の近衛騎士だ。レアケが静かに頭を下げると、エスタもそれを真似て後ろで頭を下げた。
「……陛下」
レアケが低い声で呼び掛けると、老齢の男は顔を上げた。暗い金色の髪はほとんどが白くなっているが、背筋は真っすぐに伸ばされ、眼光も鋭い。王はその目でレアケを頭の天辺から足のつま先まで眺めると、にやりと笑った。
「レアケ、おまえは今日も美しいな」
「……もったいないお言葉にございます」
「他人行儀だな」
「……他人でございますから」
レアケの返答が気に食わなかったようで、王は片眉を上げて軽く舌打ちした。無教養のエスタでも王を怒らせてはいけないことくらいはわかる。エスタは顔を青くしてレアケを心配したが、言いつけられた通りに目を向けず、声も発しなかった。
「……最近は、いらっしゃらなかったというのに」
「新しい侍女が入ったと聞いてな」
王がちらりとエスタに目を向ける。その視線を感じてエスタはびくりと体を震わせたが、それを遮るようにレアケが一歩前に出た。
「……本日はどういった御用でしょう、陛下」
「おい、何度言わせる気なんだ? そのしゃべり方をやめろ」
「……なんの用なの、レイフ」
「王である俺がここにいつ来て、なにをしようとも自由だろう?」
王、レイフの言うことは道理だ。この塔は国の管理下にあり、魔女が住んでいても所有者は王だ。
「だいたい、なにしにきたかはわかっているのだろう? 言わせたいのか? おまえも、好きものだな」
「……私は、あなたたちとは違うわ」
レアケの反抗的な言葉をレイフは無礼だと怒ることもなく、ただ笑って流した。むしろ楽しんでいると言ってもいいだろう。レイフはレアケに近づくと、彼女の腰に手を回す。
「レアケ、おまえはいつまでも若くて、美しいな……」
エスタはレイフの手が尻に伸び、なで回しているのが見えて驚きに目を見開いた。顔を上げそうになったが、レアケの言いつけを思い出してぐっとこらえる。レアケの表情は窺い知れなかったが、彼女に抵抗する様子はなく、制止する声も発しない。
「さあ、行くぞ」
「……」
そのまま二人は上の階へと消えていく。しばらくして扉の閉じる音が聞こえ、エスタは顔を上げた。見れば、階段の前にはレイフと共にやってきた騎士が控えている。
(なんで、なんだよ……!)
エスタはまるで裏切られたような気分になった。エスタにはレアケが口では王に反抗的な言葉を発しながらも、嫌がっているようには見えなかった。
(少しは……違うと、思ったのに!)
レアケはエスタにやさしい。けっして無理強いはしなかったし、エスタが侍女としての務めを失敗しても笑って許した。それだけでなく、エスタがうまくできるように導き、見守りもした。
そんなレアケに警戒していたはずのエスタは次第に心を開き、侍女としての仕事も苦にならなくなっていた。淑女教育については、多少苦であったが。
(あんなヤツ!)
エスタは王が大嫌いだった。これはエスタに限ったことではなく、ほとんどの民が王を快く思っていないだろう。
この国は王が悪政を敷き、一部の貴族のみが甘い汁を吸い、民は重い税を課せられて困窮している。それでも王が王であれるのは、魔法使いでないはずの王が魔法使いであっても扱えない高度な魔法を操り、だれも敵わないからだ。
なぜ王がそんな魔法を操れるのか。それはすべて、王が古びた塔に住む魔女に守られているからだと言われている。その魔女とはもちろん、レアケのことだ。
エスタはこの一ヶ月でそれはなにかの間違いか、魔女が王に強要されているのではないかと思うようになっていた。しかし、さきほどのレアケは仲がいいとは言えないものの、王に逆らうことはなかった。エスタはそれがあまりにも衝撃的で、腹立たしくてならなかった。
(……文句を言ってやりたい!)
エスタはいますぐにでも二人の元に駆け込んで、大きな声で文句を言ってやりたかった。けれどもそれがどれほどの悪手かは理解している。レアケの言いつけ通りに部屋にこもるか外に出るか、どちらにするか少し悩んだエスタは後者を選んで外へ飛び出そうとした。
「……君」
扉に手をかけたところで、空気のように存在感がないと思っていた騎士が口を開いた。驚いて振り返ったエスタに彼は言葉を続ける。
「魔女さまは、その、元気……だろうか」
「はあ? 元気だったよ、おまえらがくるまではな!」
「そう、だよな……」
落胆した声を出す騎士も腹立たしい。エスタは扉を開いて外に出ると、思い切り地面を蹴りつけた。
(あの姿のどこが、元気に見えるんだよ!)
そこまで考えたところで、エスタは怒りがすっと鎮まる。
(そうだ……魔女さま、元気がなかった)
エスタはさきほどまで一緒になって笑っていたレアケを思い出して塔を見上げる。鉄格子のはまった窓は見えたが、その中をのぞき見ることはできなかった。
(きつい生活だと思っていたのに)
エスタはよく食べ、よく動き、やせ細っていた手足やこけていた頬には少し肉がついている。
(魔女さまは、やさしい魔女……なのかも)
まずい紅茶を出してもレアケは顔に出すことなく、文句も言わずにそれを飲んだ。禁句を発したことで痛い目にはあったが、無作法でも無礼な態度をとっても、レアケに怒られることはなかった。
(いや。悪いのは魔女なんだ……!)
エスタは魔女に絆されそうになったが、それを振り払うように首を横に振った。自分がここにやってきた理由を、そしてそんな状況に陥った原因を思い出して怒りを燃やす。
悪政を敷く王に与する悪い魔女。それが、エスタから見たレアケだった。
(魔女がいなければ、母さんだって……)
エスタは物心ついたころには貧しい暮らしを余儀なくされていた。元は貴婦人であったエスタの母は、王の悪政で夫を失った。母は傷一つなかったきれいな指をしわくちゃにしながら洗濯婦として働き、わずかな稼ぎでエスタと妹を養っていた。
母はやがて体を弱らせ、ある年、風邪をこじらせて冬を越せなかった。母が亡くなり、エスタは唯一の家族となった妹と共に、裏路地で身を寄せ合い生活していた。
(妹のためにも、俺は……)
ここにくる前の冬、エスタの妹は母と同じように風邪をこじらせ、生死をさまよっていた。医者に見せる金もなく、苦しむ妹の手を握ることしかできなかったエスタのもとに、ある貴族がやってきた。その出会いは偶然であったが、男にとってもエスタにとっても幸運なものだった。
男は使い捨てできる、魔力を持った少女を探していた。魔女レアケの侍女として使うために。
エスタはわずかな金と引き換えに男に自分を売った。その金で妹を医者に見せ、修道院にあずけたエスタは今生の別れになると覚悟して妹と離れ、男に従いここにやってきた。
妹が修道院に受け入れられたのは、その男の口添えがあってのものだ。エスタが逃げ出すか、もしくはレアケに追い出されるかすれば、妹は放り出されるかもしれない。
(なんだってやってやるさ。なんだって……!)
エスタを支えるのは、いまやたった一人の家族。その家族を守るために、エスタは覚悟を決めていた。
「エスタ」
名を呼ばれてエスタが振り返ると、そこにはレアケの姿があった。悪い魔女を前に、エスタは怒りを飲み込む。
「さあさ、これまでの成果を見せておくれ」
「ふん、見てろよ」
レアケはほほ笑み、エスタは気合を入れた。顎を引き、背筋を伸ばし、美しい立ち姿を披露する。肩が震えていたが、猫背でがに股であったころに比べれば大した成長だ。
「どうだ!」
「うむ。だいぶ美しくみえるようになったのう! えらい、えらい」
「だろう!」
エスタの淑女教育は難航していたが、立ち姿に関してはそれなりに見えるようになっていた。ほめられて胸を張るエスタの頭をレアケがやさしくなでる。
「はあ。そなたは素直で、本当にかわいいのう。このまま、食べてしまいたいわ……」
「えっ? うわ、やめろ!」
レアケはエスタの頭をわしゃわしゃとなで回し、髪を爆発させた。エスタは目をつり上げて眉根を寄せ、手を払って顔を背ける。
「はは、すねるでない」
「ふんっ」
「すねた顔もかわいいのう。はあ、やはり食べてしまいたい……ぺろりと一口で食べてしまえそうだ」
「いい加減、やめろ!」
この一ヶ月、エスタの怒る声とレアケの楽しそうな声が塔によく響いていた。今日も空はよく晴れ、塔の中も明るい。
「そろそろ昼食にしようかの」
「ふふん、期待していろよ。今日はうまくできたんだからな!」
エスタは料理の腕も壊滅的だった。それなりの魔力を持った少女は希少とはいえ、よくエスタを侍女にしようと思ったものだとレアケがあきれるくらいに。
しかしそれも過去のこと。エスタはレアケの指導のもと、いまでは指を切らずに食材を切り、こがさないように炒め、煮崩れしないように煮込めるほどになっている。
「おお。それは楽しみだのう」
「食って驚くなよ……ん?」
突然、下から塔の扉が開く音が響いた。平穏を壊すその音にエスタは階段の方へと目を向ける。その後すぐに指示を仰ごうとレアケに目を戻し、驚きに目を見開いた。
「……魔女さま?」
さきほどまで楽しげに笑っていたレアケは表情を失っていた。まるで人形のように無になったレアケの様子に、エスタは不安になって声をかける。レアケははっとし、エスタに笑って見せた。
「エスタや。私が初めに教えた大事なことは、きちんと覚えているかの?」
「えっ? あっ、うん、……はい」
王や王太子がきた場合はなにが起きても手を出さず、口を挟まず、部屋にこもるか外に出ておくこと。その言いつけを思い出したエスタは、この来客がそのどちらかなのだと察した。
「よろしい。では、出迎えようかの」
薄手のショールを羽織ったレアケは重い足取りで階段へと向かった。エスタは侍女としてその後に続く。ゆっくりと階段を下った二人は、塔の扉の前に立つ二人を目に映した。
一人は高齢の男で、赤地に金の刺繍が施された最高級の服に身を包んでいる。もう一人はその護衛なのだろう、この国の近衛騎士だ。レアケが静かに頭を下げると、エスタもそれを真似て後ろで頭を下げた。
「……陛下」
レアケが低い声で呼び掛けると、老齢の男は顔を上げた。暗い金色の髪はほとんどが白くなっているが、背筋は真っすぐに伸ばされ、眼光も鋭い。王はその目でレアケを頭の天辺から足のつま先まで眺めると、にやりと笑った。
「レアケ、おまえは今日も美しいな」
「……もったいないお言葉にございます」
「他人行儀だな」
「……他人でございますから」
レアケの返答が気に食わなかったようで、王は片眉を上げて軽く舌打ちした。無教養のエスタでも王を怒らせてはいけないことくらいはわかる。エスタは顔を青くしてレアケを心配したが、言いつけられた通りに目を向けず、声も発しなかった。
「……最近は、いらっしゃらなかったというのに」
「新しい侍女が入ったと聞いてな」
王がちらりとエスタに目を向ける。その視線を感じてエスタはびくりと体を震わせたが、それを遮るようにレアケが一歩前に出た。
「……本日はどういった御用でしょう、陛下」
「おい、何度言わせる気なんだ? そのしゃべり方をやめろ」
「……なんの用なの、レイフ」
「王である俺がここにいつ来て、なにをしようとも自由だろう?」
王、レイフの言うことは道理だ。この塔は国の管理下にあり、魔女が住んでいても所有者は王だ。
「だいたい、なにしにきたかはわかっているのだろう? 言わせたいのか? おまえも、好きものだな」
「……私は、あなたたちとは違うわ」
レアケの反抗的な言葉をレイフは無礼だと怒ることもなく、ただ笑って流した。むしろ楽しんでいると言ってもいいだろう。レイフはレアケに近づくと、彼女の腰に手を回す。
「レアケ、おまえはいつまでも若くて、美しいな……」
エスタはレイフの手が尻に伸び、なで回しているのが見えて驚きに目を見開いた。顔を上げそうになったが、レアケの言いつけを思い出してぐっとこらえる。レアケの表情は窺い知れなかったが、彼女に抵抗する様子はなく、制止する声も発しない。
「さあ、行くぞ」
「……」
そのまま二人は上の階へと消えていく。しばらくして扉の閉じる音が聞こえ、エスタは顔を上げた。見れば、階段の前にはレイフと共にやってきた騎士が控えている。
(なんで、なんだよ……!)
エスタはまるで裏切られたような気分になった。エスタにはレアケが口では王に反抗的な言葉を発しながらも、嫌がっているようには見えなかった。
(少しは……違うと、思ったのに!)
レアケはエスタにやさしい。けっして無理強いはしなかったし、エスタが侍女としての務めを失敗しても笑って許した。それだけでなく、エスタがうまくできるように導き、見守りもした。
そんなレアケに警戒していたはずのエスタは次第に心を開き、侍女としての仕事も苦にならなくなっていた。淑女教育については、多少苦であったが。
(あんなヤツ!)
エスタは王が大嫌いだった。これはエスタに限ったことではなく、ほとんどの民が王を快く思っていないだろう。
この国は王が悪政を敷き、一部の貴族のみが甘い汁を吸い、民は重い税を課せられて困窮している。それでも王が王であれるのは、魔法使いでないはずの王が魔法使いであっても扱えない高度な魔法を操り、だれも敵わないからだ。
なぜ王がそんな魔法を操れるのか。それはすべて、王が古びた塔に住む魔女に守られているからだと言われている。その魔女とはもちろん、レアケのことだ。
エスタはこの一ヶ月でそれはなにかの間違いか、魔女が王に強要されているのではないかと思うようになっていた。しかし、さきほどのレアケは仲がいいとは言えないものの、王に逆らうことはなかった。エスタはそれがあまりにも衝撃的で、腹立たしくてならなかった。
(……文句を言ってやりたい!)
エスタはいますぐにでも二人の元に駆け込んで、大きな声で文句を言ってやりたかった。けれどもそれがどれほどの悪手かは理解している。レアケの言いつけ通りに部屋にこもるか外に出るか、どちらにするか少し悩んだエスタは後者を選んで外へ飛び出そうとした。
「……君」
扉に手をかけたところで、空気のように存在感がないと思っていた騎士が口を開いた。驚いて振り返ったエスタに彼は言葉を続ける。
「魔女さまは、その、元気……だろうか」
「はあ? 元気だったよ、おまえらがくるまではな!」
「そう、だよな……」
落胆した声を出す騎士も腹立たしい。エスタは扉を開いて外に出ると、思い切り地面を蹴りつけた。
(あの姿のどこが、元気に見えるんだよ!)
そこまで考えたところで、エスタは怒りがすっと鎮まる。
(そうだ……魔女さま、元気がなかった)
エスタはさきほどまで一緒になって笑っていたレアケを思い出して塔を見上げる。鉄格子のはまった窓は見えたが、その中をのぞき見ることはできなかった。
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