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28 自由の味

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「こ、こんなに高いのか……!!」

 八王子のアパートの一室で、弔木とむらぎは息をのんだ。
 新しく買ったノートパソコンに写し出されているのは、ダンジョンで取れたアイテムの市場流通価格だ。

○魔石(1~5等級)
 魔石が有する魔力量によって、買取価格が変動する。
 最低ランクの5等級は1キロ数千円、1等級は50万円を超えることもある。
 魔石は「異界型新再生可能エネルギー素材」に分類され、主に発電所で消費される。

○迷宮鉱物(1~5等級)
 ダンジョンで採集される各種鉱物(通称ダンジョンメタル)は、魔導機器を生産する原材料となる。
 流通価格は1キロ数万円、1等級は100万円を超えることもある。

○魔導機器
 迷宮鉱物や魔石を加工して製造される精密機器。
 機器の中には「魔法回路」が組み込まれ、どのようなレベル帯の人間でも、特定の魔法を発動できるようになる。
 重量物の運搬や高所作業、工場のラインの最適化などに魔導機器は用いられ、販売価格は数億を超える。 


「なるほど……これは井桐いきりもイきりたくなる訳だ。そして大泉のおっさんも、気を失いそうになる訳だな」

 テーブルの上に、無造作に札束が置かれていた。
 金額にしておよそ80万円。
 大泉が探索者ギルドで売ってきたアイテムの対価だ。

 が、これで全てではなかった。
 大泉が売却したのは、弔木とむらぎが手に入れたアイテムのごく一部だった。
 弔木とむらぎは、大泉との会話を思い出す。


『全部合計すれば、売却益は数千万ほどになるだろう。だが一気に売るとダンジョン管理機構とか税務署に目をつけられる。これから週イチで少しずつ現金で渡す』
『それはいいけど……こんな大量の現金、普通持ち歩かないだろ? 口座に振込とかできないのか?』
『いやいやいや! それこそ金融機関に怪しまれるよ。絶対にやめたほうがいい!』
『そ、そうか……』
弔木とむらぎさんが正規の探索者なら問題はないんだけどねえ。おっと、余計な詮索はなしだったね』


 そんな会話をしながら、弔木とむらぎは現金を受け取った。
 一度のダンジョン探索で、80万。
 しかも来週から定期的に、80万。
 時給千円のレジ打ちをするのが馬鹿馬鹿しくなってしまう。

 ダンジョンには危険がある。全ての人間がダンジョンに潜る訳ではない。
 しかしそのリスクを冒すだけの理由が、ダンジョンにはあるのだ。
 弔木とむらぎは、その事実を身を持って理解した。
 もっとも弔木とむらぎの場合、そのリスクすら無いのだが。

「本当に、大ダンジョン時代ってやつだなあ……」

 ――ブブッ

 と、弔木とむらぎのスマホが震えた。
『10:00 クラフトマン バイト』
 カレンダーのアプリがバイトの時間を通知していた。



 バックヤードの会議室には、ホームセンターで働くスタッフと、普段は会うことのない社員が集まっていた。
 再来月に閉店を控え、今後の社としての方針を説明するのだと言う。

 前回のシフトを決める時に、弔木とむらぎは店長から言われていたが、あまり興味がなかったので忘れていた。
(だるいな……。まあレジ打ちしてるよりはいいか)
 そんなことを思いながら、弔木とむらぎはパイプ椅子に座った。

「定刻になりましたので、これから株式会社クラフトマンの今後の事業展開について説明をします」
 と、店長の三浦がマイクを持って話を始めた。

「皆さんご存知かとは思いますが、いわゆるダンジョン不況によって、我が社の経営は危機的状況にあります。クラフトマンは首都圏を中止に50店舗ほど展開していますが、49店舗は閉店する見込みです。この八王子店も、来月には閉店します」

 会場にため息が漏れた。
 パートで勤めているおばさま達が、「私たちの生活はどうなるの!?」と大げさに騒ぎ立てた。

「皆さん、落ち着いてください。話には続きがあります。そこで我が社は、新たにダンジョン事業に乗り出すことにしました。
 希望する皆さんを引き続き探索者として雇い、探索料を定額でお支払いすることにしました。皆さんが入るダンジョンは実際の探索者レベルを測定して厳密に管理するので、安全は保証します。
 詳しい話は井桐いきり君から説明をさせたいんですが……実はまだ」

 バーン!
 と会議室のドアが開いた。
 ビシッとしたスーツを着た井桐いきりが走って入って来たのだ。

「すいません、前の商談が長引いてしまって! 『ダンジョン&リサーチ』の井桐いきりです。では今から皆さんに、ダンジョン探索のビジネススキームをお話し、詳しい待遇や報酬について説明します!
 その後、希望される方はこの場でレベルの測定と、ダンジョン探索用のアイテムを貸し出します!
 結論から言うと、ダンジョンは稼げます! ぜひ今日の話を聞いて、前向きにアサインしてください!」

(う、うぜえ……)
 意識が高そうなビジネス用語を使うのがうざい。
 話している間、弔木とむらぎをやたら見てくるのも、うざい。魔力量ゼロと分かってて、なぜ俺を見る? とシンプルに疑問に思う。
 何よりも、わざとらしく時間ギリギリに入ってくるのも、うざい。ただの大学生がそんなに忙しいはずがないだろ。


 ――時間の無駄だな。


 弔木とむらぎは、心に決めたことがあった。
 それは「自由に生きる」ということだ。

 新宿ダンジョンで死にかけた時、弔木とむらぎの脳裏に、一つの疑問がよぎった。

『なぜ俺は、自由に生きることを諦めた?』

 ということだ。
 この感覚を、弔木とむらぎは〝レイルグラント〟から戻って以来、すっかり忘れていた。

 異世界では魔王を倒すという縛りこそあれど、その道のりはどこまでも自由なものだった。
 ダンジョンを攻略し、魔物を倒し、アイテムを手に入れる。
 クエストで稼ぎ、魔族を倒し、人々から感謝される。
 冒険のあらゆる場面の根底には――自由があった。


 異世界でできていたことが、この世界でできないはずがない。
 自由にやろう。
 俺には力がある。

 会議室の安いパイプ椅子に座りながら、弔木とむらぎはそう結論づけた。

「質問がある」

 弔木とむらぎは、井桐いきりの説明を遮り、手を挙げた。

「質問は後で受け付ける。もっとも、魔力ゼロの人間が質問したところで――」
「話が退屈なので帰りたいんだが」
「は?」
 井桐いきりは不意を突かれたのか、間抜けな顔で弔木とむらぎを見る。

「だから、時間の無駄だから、帰ると言ってるんだ。ついでにバイトも辞めさせてもらう。店長、今までお世話になりました」
「え? 弔木とむらぎ君、辞めるの? え、ちょ、ちょっと! 次の仕事、大丈夫なの!?」
「ありがとうございます。大丈夫です。たぶん」

 人々が唖然とした顔で弔木とむらぎを見る。
 その中を弔木とむらぎは堂々と歩き、会議室を後にした。

 終わる時は、実にあっけないものだった。
 弔木とむらぎは最後に、休憩室の自販機でコーヒーを買った。

 この先どうなるかは分からない。
 分からないからこそ面白い。
 缶コーヒーの味は、自由の味がした。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 郊外のパチンコ屋の駐車場に、大泉は立っていた。
 大泉を見ると、金色の刺繍が入ったスウェットの男が車から出てきた。
 大泉は革製のセカンドバッグから札束を取りだし、男に渡した。

「今月分の支払いだ」
「へえ。今日も利息しか払えないって泣きつくかと思ったが、やればできるもんだな。金策、どうやったんだ? 社長」
「千葉さん、それは聞かないでくれ」
「ダンジョン探索、上手く行ってるみたいだな」
「……まあ……そんなところだ」

 千葉は、札束を数えながら大泉を詮索する。
「ほーう。ついこの間ダンジョンに入るようになって、もうこんなに稼げるのか。大泉さんのレベル、なんぼだっけ?」

 弔木とむらぎのことも、野良ダンジョンのことも、知られてはならない。
 大泉は言葉少なに、誤魔化した。
「人並み程度だ。大したことはない。偶然、モンスターから良いアイテムがドロップしただけだ」

「へっ。そうかい。へえ」
「まあ……そういうことだから、これからは金を返していけると思う」
「そいつは良かったよ。せいぜいダンジョンでおっ死んだりしないでくれよ? 娘さんがいるんだろう?」
「お前には、関係のないことだ」
 大泉は千葉の視線から逃れるように、車に乗り込んだ。

 大泉が去った後、千葉は黒塗りの車に戻る。
 運転席で居眠りしていた男に、言った。
「おい成田。寝てんじゃねえよ! 大泉の車を追いかけろ」
「ち、千葉さん、いきなりなんですか? もう金は回収したんじゃないすか?」

「馬鹿言うんじゃねえよ、成田。俺らは闇金だ。少しくらい取りすぎても問題ねえだろ。良いから追え。バレないようにやれよ」
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