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20 チュートリアルはラスボスで

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 新宿ダンジョンの最終階層。
 巨大な洞窟の中で二体の強敵ボスが攻略者を待ち構えていた。

 〝闇底の複眼竜、ウドゥール〟
 〝盲目の竜騎士、リガンディヌス〟

 対峙するは、格安スーツをまとった青年。弔木とむらぎだ。
「せっかく今日のために新調したのに……もうボロボロになってしまった……」
 元々新宿には、採用面接のために来た。
 しかし何の因果かダンジョン化現象に巻き込まれ、ダンジョンボスと戦うことになってしまった。スーツはダンジョン攻略に適した服装とは言い難い。

「仕方ない……さっさと終わらせるか」

 弔木とむらぎは特に戦闘の構えを取るでもなく、ポケットに手を突っ込んでいた。
 勇者時代の記憶と今の魔力量を天秤に計り、既に答えは出ていた。
 「俺の相手じゃないな」と。

 二体のボスもまた、臨戦態勢に入ってはいなかった。
 ダンジョンの上から降ってきた弔木とむらぎを、敵として認識するのが遅れている。
 もちろん敵が動くのを待つ弔木とむらぎではない。
「いよっ……と。こんな感じかな?」

 拳に暗き力が満ちる。弔木とむらぎは敢えて何の工夫もせず、拳を繰り出した。
 高密度に圧縮された魔力が解き放たれる。しかし、二体のボスは無傷のままだった。

「うーむ。さすがにワンパンは無理だったか」

 だがその代わり、洞窟の壁が消し飛んでいた。
 もしも狙いが正確だったら、二体のボスは一瞬で消滅していただろう。

「ちゃんと狙わないとな」

 今の一撃で、二体が同時に弔木とむらぎに反応する。

「よし、今度こそ」

 ――どぱっ!

 弔木とむらぎの拳から、闇の塊が放たれる。
 〝闇底の複眼竜、ウドゥール〟にはその攻撃が見えていた。
 見えていたのに、回避も迎撃もできなかった。
 弔木とむらぎの攻撃は、速く、鋭く、重かった。

 巨大な魔力の塊。
 通常のモンスターには持ち得ない、闇に染まりし力。
 嵐のように、ただ荒れ狂う暴力。
 蹂躙する邪悪。
 それが、弔木とむらぎが目覚めた力だった。

『ギギュァアアアアアアア……!!!』

 断末魔の叫びとともに闇底の複眼竜は絶命した。
 その様子を見た弔木とむらぎもまた、戦慄した。
 あまりにも強すぎる己の力に。

「……や、やばいな。闇の魔力。マジ何なんだよこれ。ちゃんと練習しないといつか人を殺すぞ」

 ちょっと本気を出すだけでダンジョン丸ごと吹き飛ばしかねない。
 あまりにも危険すぎる。
 これは魔力制御の練習が必要だ。

「どこかに練習相手はいないかな……あ。ちょうどいいところに」

 〝盲目の竜騎士、リガンディヌス〟が第二形態に移行しようとしていた。
 弔木とむらぎは勇者であった頃を思い出す。
 元々、二体は一組の竜騎兵ドラグーンとして攻略者を迎え撃つボスだった。
 たが竜を倒した後、盲目の竜騎兵は竜の目をくり抜き、自らの額に竜の目を移植するのだ。
 いわゆる第二形態である。

 盲目の竜騎士は視力を取り戻し、さらには複眼竜の力を手に入れる。
 第二形態の名は確か、〝邪眼の竜騎士、リガンディヌス〟だった。
 かつて勇者だった時は、十人以上の手練れの戦士達と攻略をしたのだった。
 敵はそれほどまでに強い。

「まあでも、これ位強くなってもらわないとな。練習にならないし」

 そうして弔木とむらぎは、新宿ダンジョンのラスボスで魔力操作の基礎練習を開始した。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「おっかしいなあ……もう少し奥か?」

 勇者時代に使っていた魔法は、呪文を詠唱することで狙い通りの効果が発動する。
 しかし闇の力は、弔木とむらぎが狙ったとおりに動かすのが難しい。
 闇の魔力はただ〝純粋な力〟として弔木とむらぎの肉体に溢れているのだ。

「ううむ、こうも扱いづらいと困るなあ」

 とは言え、莫大な量の魔力があるのは確かだった。
 「殴る」「身を守る」などの極端にシンプルな動きをすると、魔力が乗ってくる。

 それ故弔木とむらぎは、竜騎士の猛攻を難なく凌げている。
 魔力を扱う技術はないが、それを補って余りある魔力量で弾き返しているのだ。
 その状況は、まるで少年マンガの「気」だとか「呪力」のようでもあった。

「ただ殴るだけってのも芸がない……もっと細かいコントロールをしたいんだよなあ」

 こうしている今も、弔木とむらぎは出来る限りの力加減をしていた。
 うっかり少しでも本気を出してしまったら、相手は消し炭になってしまうからだ。

 弔木とむらぎの脳裏に、ふと勇者時代の記憶が蘇った。
 魔法の師、ルストールとの会話だ。


『原初魔法には名前がなかった。先人が名前を付けたことで、その魔力は形を得たのだ。故に勇者よ。魔法を詠唱する時は、先人への敬意を忘れぬことじゃ』


「そういえば師匠、言ってたなあ」

 魔法の詠唱とは、魔力という〝形のない力に〟形を与える行為だ。
 想像イメージ言葉ワード
 魔法の発動には、その二つの要素が必要なのだ。

「だったら……こんな感じか?」

 竜騎士が特大剣に灼熱の魔力を付与させ、振り下ろしてくる。
 タイミングを見計らい、弔木とむらぎは掌を突き出した。
「〝絶壁ぜっぺき〟!」

 ズアッ!
 と異様な音とともに、魔力の壁が展開された。
 四方八方に魔力の奔流が溢れる。
 明らかにオーバーキルな防御魔法だった。

 竜騎士の攻撃は弾き返され、ダンジョンの遥か反対方向に飛ばされていく。
 弔木とむらぎはさらに詠唱し、竜騎士を追いかける。

「〝 縮地しゅくち〟!」

 魔力が下半身に集中する。
 地面を蹴った次の瞬間には、弔木とむらぎは竜騎士の前に立っていた。

「なるほど……だいたい分かったぞ。魔力の色は違っても、基本的なところは同じみたいだ。――想像イメージ言葉ワード。師匠の教えは覚えておくもんだな」

 とは言え、弔木とむらぎは一つだけ魔法の命名にルールを設けることにした。
 それは、出来るだけ渋めの日本語にすることだ。

 火炎弾ファイヤーバレッド、だとか氷結の刃フロストエッジみたいなネーミングは格好いいが、少し恥ずかしい。

 他の探索者とは違い、弔木とむらぎは自分で魔法の命名をしている。
 万が一、技名を叫んでいるところを誰かに見られでもしたら、軽く死ねるからだ。
 弔木とむらぎはもう良い年の大人だ。
 格好いい魔法の詠唱は、異世界だけに留めておこう。
 と、弔木とむらぎはそんなことを思った。

 その後も弔木とむらぎは、闇の魔力でトレーニングを行った。
 魔力の塊を弾き出す〝魔弾まだん
 鋭い魔力の刃を飛ばす〝薄刃うすば
 敵の動きを一時的に封じる〝牢獄ろうごく

 その他にも弔木とむらぎはラスボスを実験台にしながら、多くの技を編み出した。
「うーん。……どっちかつうと、魔法というよりは、魔技? 魔操術? みたいな感じかなあ、名付けるなら。まあいいか。他の探索者に見られる前に、ボスを倒してしまうか」

 弔木とむらぎが新たな技名を何にしようかと思ったその時だった。
 竜騎士が奇妙な動きをした。
 倒される寸前だと言うのに、なぜか上を見上げたのだ。

「……何だ?」

 弔木とむらぎは軽く腕を振り、魔力の奔流で竜騎士を飛ばした。安全な距離を取ったところで、ちらりと上を見た。
 すると、弔木とむらぎが開けたダンジョンの穴から、誰かが落ちてくる。

「うあああああああああああ!」

 男の叫び声がダンジョンに響く。

「……ん? 何か見たことあるような。〝凝視〟」

 弔木とむらぎは目に魔力を集中させ、視力を強化した。
 井桐いきりだった。 

 弔木とむらぎの強化した視力には、はっきりと見えていた。
 泣き叫び、涙とよだれをだらしなく垂らし、失禁し、死の恐怖に怯えた――自称エリートの姿が。
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