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12 大ダンジョン時代

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井桐いきり通信 vol401
 日本初のダンジョンである、宗谷ダンジョンを探索してきた。
 ダンジョンというのは、実に不思議なものだ。ダンジョンに入った途端、自分が魔法が使えることが理解できるようになった。魔物を倒すのも、全然難しくはない。

 それからダンジョンで取れるアイテムは、かなりの金になる。これはビジネスチャンスになる。ダンジョンは、近い将来必ず熱い分野になる。まさに大ダンジョン時代の到来だ。

 ……おっと、政府から口止めされているのでダンジョンの話はここまでだ。フォロワーの皆に色々とシェアしたいところだが、この北海道の綺麗な風景で勘弁してもらいたい。最高の仲間達との思い出だ。
 最後に、これだけは言わせて欲しい。ダンジョン最高!』


『うわ、だっさ。井桐いきり先輩、まーたこんなこと書いてるよ』
『えなになに?』
『インスパの投稿。ダンジョン行ってきたやつ。リンク送るね』
『え。て言うか、あんたも写ってんじゃん』
『私は仕方なく行っただけだから、マジで勘違いしないで。キモいし』

『ウケる。そのリアクションガチじゃん。で、先輩また何かやらかしたの?』
『やらかしたって言うか、イきりすぎ。だって、選考を通過してダンジョンに入ったまではいいけど、私たち全然モンスターと戦ってなかったんだよ?』
『はい? 何でよ。政府が探索者募集してたんじゃないの?』

『私も分かんないんだけど、ダンジョンのモンスターがほとんど倒されていたのよ。私も含めて、他の探索者は魔物のドロップアイテムを拾って終わり』
『え、てことは井桐いきり先輩て……』
『もちろん、全然戦ってないよ。二、三発魔法を出して自衛隊の人に怒られてた。ダンジョンで魔法を無駄打ちするな! って』
『だ、だっさ! 井桐いきり先輩、ださすぎるでしょ!』


 井桐いきりは、知らなかった。
 宗谷ダンジョンは、後にSランクに分類される超高難度ダンジョンであったことを。
 魔物を一掃していたことを。
 その結果、井桐いきりのような探索者は、「ハイキング気分」でダンジョン攻略ができてしまったことを。

 井桐いきりはこのダンジョン探索で莫大な額を稼いだ。
 政府から支給された「ダンジョン探索手当」は危険手当も含めて一日で20万円。
 また、探索者が回収したダンジョンのアイテムは政府が買い取った。
 平均して、一つ3万円程度。
 井桐いきりはわずか数日のダンジョン探索で、100万円ほどを稼いだ。

 しかし――報酬を受け取るべき者は別にいる。
 その事を知る者は、ダンジョン探索者の中には誰もいなかった。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 一年後。

『速報です。大台に乗りました。国内でのダンジョン累計発生件数が、ついに200件を超えました!』

『ダンジョンバブルと、ダンジョン不況。その光と闇に迫ります』

『ご覧ください! 何と言うことでしょう! 新築のタワーマンションが、全てダンジョンになってしまいました! 世界最大のタワー型ダンジョン、〝魔塔〟が出現しています!』

『ダンジョンに入ったら人生が変わりました。一攫千金って本当にあるんですねえ。うふ、ぐふふふ……』


「ずいぶん盛り上がってんな」
 弔木とむらぎはアパートの一室で、ビール缶を片手にテレビを眺めていた。

 井桐いきりがSNSで予言したとおり、世間はダンジョンの話題で持ちきりだった。
 どのメディアもダンジョンのことばかり。
 それも当然のことで、政府は一般人がダンジョン探索することを解禁したのだ。
 正確には、認めざるを得なくなってしまった。
 ダンジョン化現象が各地で頻発したことで、政府は人々のコントロールができなくなったのだ。

 そうして、多くの人々がダンジョンに潜った。
 サラリーマンが、主婦が、学生が、定年退職した高齢者が、魔力に目覚め、魔物を殺した。
 ダンジョンで獲れたアイテムはマーケットを介して売買されるようになった。
 「魔法学」という学術分野が立ち上がり、教育カリキュラムに「ダンジョン探索」が組み込まれるようになった。
 まさに、大ダンジョン時代の到来だ。

 しかし弔木とむらぎは、熱狂する世間を冷めた目で見ていた。
「ま、俺には関係ないな。どうせダンジョン入れないし」
 ビール缶を傾け、一口ぐびりと飲む。
「うーん、うまいっ……!」
 バイト終わりのこの一杯が弔木とむらぎにとっての癒しだった。

 宗谷ダンジョンでの一件以来、弔木とむらぎは何かを取り戻すように「現実」と向き合った。
 バイト、貯金、資格取得。
 バイト、バイト、面接。お祈りメール。
 正直に言ってしまえば、灰色の日々だ。
 バイトで稼いだ金がそのまま生活費に消えていく。
 両親や親戚は、二十年ほど前の災害で皆亡くなった。
 頼れる人はなく、貯金残高は未だに数万円くらいしかない。

 それでも弔木とむらぎの心が折れることはなかった。
 胸の中にある異世界での思い出が、弔木とむらぎの心を穏やかに温めてくれていた。
 弔木とむらぎは、少しずつ前に進むことができた。

 弔木とむらぎは心静かに缶ビールを飲み干すと、テレビを消した。
「今日はもう寝よう。面接に遅刻したら大変だ。明日は頑張るぞ」


 翌日、弔木とむらぎは久しぶりに都内へと向かった。
(おお……みんな武器を持ってるぞ……!!)
 電車に乗った弔木とむらぎは驚愕した。
 大半の人間が、剣や魔法の杖を持っていたのだ。
 すれ違う会社員が着るスーツの下には、ベストの代わりに鎖帷子くさりかたびらが仕込まれていた。

 列車の中で驚いているのは弔木とむらぎだけだった。
 他の人達は何も気にする様子はない。
 剣や魔法という存在は、完全に日常の中に溶け込んでしまったようだ。

 ダンジョン化に巻き込まれた人間は、ランダムな場所に転送される。
 不幸にもダンジョンの最下層に転送された人間が、そのまま死亡する事故も発生している。
 それ故、銃刀法が改正され、自衛のための剣や魔法、魔導具の所持が許可されるようになったのだ。

 この一年、弔木とむらぎは八王子のアパートとバイト先を往復する毎日を送っていた。意図的にダンジョン関連の情報を避けていた。
 世間がこれほどまでに〝ダンジョン化〟に適応していることを知らなかったのだ。

『次は新宿、新宿に止まります』

 どくん、と弔木とむらぎの心臓が跳ねた。
 面接する会社は新宿にある。
 webメディア系の会社で、リモートでの一次面接はどうにか通過した。
 弔木とむらぎは、就活で数え切れないほど面接を落ち続けた。
 この会社が、一次面接を通った初めての会社だった。

 弔木とむらぎは拳をぐっと握り、自らを鼓舞する。
 席から立ち上がり、東京の街並みを見た。
 ずいぶんと時間がかかったが、ようやく自分の人生が始まる気がした。
(よし……今度こそ受かるぞ。何とか、正社員になるぞ……!!)


 そう決意した直後だった。
 弔木とむらぎはダンジョン化現象に巻き込まれた。
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