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🍀本章🍀

第五話『 The Star / R 』 上

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 あずまが再び法雨みのりの店を訪れて以来、雷はちょくちょくと店に顔を出すようになった。
 そして、仕事終わりや休日にやってきては一人で飲んでいたり、みさとたちのグループと共に飲んでいたりと、その様子は様々だった。
 法雨はそんな彼らの様子を見て、兄と弟たちといったように感じており、妙に微笑ましい気分になったりもしていた。

 そんなとある日の事。
 すっかり夏も終わりかけ、秋の到来を思わせていた穏やかな夜に来店したとある常連客は、法雨に妙な相談事を持ちかけていたのだった。
 
 
― ロドンのキセキ-翠玉のケエス-芽吹篇❖第五話『The Star/R』 ―
 
 
「姐さん、こんばんはっす」
 法雨みのりが会計を済ませた客の背を見送っていると、背後から聞きなれた声がかかった。
 その声の主は、あのオオカミ族のみさとだった。
 そんな彼は、今ではすっかり法雨を慕う常連客となり、法雨のことをいつからか“姐さん”と呼ぶようになっていた。
 それゆえに、法雨としてはまるで舎弟のような存在となっていた。
 因みに、なぜ弟ではないのかと言えば、彼らの態度が舎弟のそれであったからだ。
「アラいらっしゃい。珍しわね。今日は一人なの?」
 そんな京に法雨が笑顔を向けて挨拶を返してやると、京は嬉しそうに笑んで言った。
「ハイ。今日は俺だけ非番だったんすけど、姐さんに会いたくなったんで」
 そして、わざわざ最後の一言を添えたのであろう京に、法雨は悪戯っぽい笑みを浮かべて返答する。
「アラ嬉しいわね。でも、アタシをナンパするならもっと男を磨いてからいらっしゃい」
「えぇ~……俺も十分男っすよ~」
「残念。アタシからしたら、アンタはまだ男の“子”よ」
「そんな~」
 数ヶ月前までのトゲトゲしい様子はどこへやら。
 京はあれ以降すっかり丸くなり、法雨に対してはこのように随分と可愛らしい一面を見せるようになっていた。
 そんな京からのアタックを軽くあしらいながら、法雨は店内へと戻ってゆく。
 すると、京もその法雨を追うように、店内へと入っていった。
 本気なのかどうかは分からないが、京は相変わらず法雨に会う度このようなアクションを忘れない。
 世辞だとしても悪い気はしないが、そんな京だからこそきっと、あの時法雨を綺麗だと言った言葉も嘘ではないのだろう。
 法雨はそれを、改めて嬉しくも思っていた。
 綺麗だと言って貰える事も、自分を好いてもらえる事も、法雨にとっては酷く嬉しい事なのだ。

「――ま、姐さんは今の俺じゃダメなのは元から分かってたんすけど……。ただ、今日はちょっと姐さんに相談したい事もあって来たんすよ」
 そんな京は案内されたカウンターに腰掛けるなり、やや真剣な面持ちで法雨に言った。
「なぁに? あ、言っとくくけど、イイ子紹介してくれってのはナシよ」
「………………」
 そんな京の表情を受けつつも、法雨がぴしゃりとそう言うと、彼はすっかり黙ってしまった。
 そして、その様子を受けた法雨は半目気味に
「アンタね……」
 と呆れた様子で言った。 
 だが、その言葉を受け、京は少し慌てたようにして言い添える。
「い、いや……それはあわよくばと思ってただけっす。――なんで、それは冗談として、相談したい事ってのは俺の事じゃないんです」
「あら、じゃあ誰なの?」
 京が自分以外の事で相談したいとなると、友人たちや家族か誰かの事だろうか。
 法雨がそんな事を思っていると、京は法雨の予想だにしなかった人物の名前を言った。
「その、あずまさんの事で」
「え……雷さん?」
「はい」
 そして、法雨がそんな回答に驚いていると、京は相変わらず神妙な面持ちで続ける。
「なんか最近……雷さんずっと上の空なんすよ」
「上の空?」
「はい……」
 京は、軽めのカクテルにすっと口をつけてから頷いた。
 因みに、なぜ京が雷の様子を告げられるかというと、京が今働いている先は、雷の探偵事務所であるからだ。
 京は雷に出会って以降、すっかり雷の人柄に惚れ込んだらしく、雷の頼んで仕事の助手として働かせてほしいと頼んだらしい。
 そんな事から、苦手であるらしい事務仕事も不器用にこなしながら、現在もまだ雷のもとでアルバイトという形で勤務している。
 また、正社員としていないのは京が未熟だからという事ではなく、雷曰く、この先他にいい仕事も見つかるだろうから、色々経験してから一番しっくりきたものを本職にすべきだ、という事らしい。
 法雨はその話を聞いて、雷はやはりしっかりした大人だなと思い、なんとなくまた自分の未熟さを痛感したりもしていた。
 だが、その助手の京曰く、そんな雷の様子が最近おかしいのだという。
「上の空って、例えば具体的にどんな感じなの?」
 雷は店に来ている間も一切取り乱すようなことはなく、酒をどれだけ飲んでいても、常に普段と変わらぬ状態だった。
 その為、雷が大声を出したり、激しい言動をとっていたのも、法雨と初めて会ったあの日くらいなのだ。
「そうですね……なんか、書類の処理してんのかな~と思ったらぼけ~っとしてるだけだったり、珈琲淹れ終わってもそのまま突っ立ってたり」
 その様子を聞き、法雨は少し考えるようにしながらも、率直な意見を返した。
「まぁ、雷さんだってヒトなんだから、そういう時くらいあるんじゃないの? ――後は、単純に疲れてるとか」
「う~ん、そうなんすかねぇ……。でも、ここ最近は忙しい感じは一切なかったんすよ。むしろ暇なくらいで」
 それを聞き、法雨はまたひとつ意見を返す。
「じゃあ、その暇にボケちゃってるんじゃない? 常に忙しくないとダメなヒトって、一定数居るし」
「なんですかねぇ……俺、あんな雷さん見るの初めてっす……」
「あのねぇ、アナタ、まだ数ヶ月くらいしか一緒に居ないじゃない。毎日顔合わせてても、それくらいじゃ知らない一面なんて沢山あるわよ」
「そうなんですけど~……でもやっぱあまりにも変な感じで……」
 いかにしても納得のゆく答えが見つかっていないらしい京は、うんうんとまた考え始める。
 そんな様子に、法雨はまた一つ選択肢を与える。
「もう、そんなに悩むくらいなら本人に直接訊いてみたらいいじゃない。いずれにしても雷さんて、自分から疲れてるって言わないどころか、自分が疲れてるとか、具合が悪いとか気付かないタイプな気がするわ。だから、アナタから大丈夫かって訊いてみなさいよ」
 すると、そんな法雨の言葉に、京はぱっと顔をあげて言った。
「た、確かに! そうっすよね、やっぱ訊いた方がいいっすよね! 俺、明日にでも訊いてみます!」
「えぇ、そうしてあげなさいな」
 恐らく京も、一度は訊いてみるべきかと考えたのかもしれない。
 だが、自分が訊いて分かる事かわからない。
 そうも思ったのかもしれない。
 だからこそ、法雨にどうしたらよいかを相談しに来たのだろう。
 そして、こうして改めて背を押されたことで、京は良い決心がつけられたようだった。
 その様子に苦笑しながらも、法雨は京が頼んだカクテルを手際よく提供した。
「ありがとうございます」
「いいえ」
 彼はそれに礼を告げ、また楽しそうに口を付ける。
 すると、法雨と同じくカウンター内にいた桔流きりゅうを見かけ何か思いついたのか、京は次に桔流に声をかけた。
「あ、なぁ桔流桔流!」
「ん?」
 年が近いからか、ここ最近で彼らは随分と親しくなったらしかった。
 その為、このようにフランクな口調で会話がなされるのも、もう珍しくはない。
 そして京に話しかけられた桔流が首を傾げながら問いの意を示すと、京は言った。
「あんさ、今度合コ――」
「え~やだぁ~」
 すると桔流は不満顔を作り、彼の言葉を遮った。
「まだ全部言ってねぇだろ! しかもなんでやだなんだよ!」
 そんな桔流の態度を受け、彼はその大ぶりな尾をぶんぶんと不満げに振り下ろしては桔流に文句を言った。
「だってそれ女の子呼ぶ合コンだろ~? 俺ぇ~女の子のいる合コンとか余計モテちゃって疲れるからぁ~」
「……き、貴様……イケメンだからって言っていい事と悪ぃ事があんだぞ……」
 すると、その桔流の驚くべき発言に対し、京は次にわなわなと震え出した。
 だが、そんな京をよそに、桔流は涼しい顔で続ける。
「なんだよ、お前もモテればいいじゃん」
「………………ッ!! ッ!!」
 そしてどうやらその桔流の言葉の数々にとうとう言葉を失ってしまったのか、京は声にならない反論を騒がしく返していた。
 そんな彼らのじゃれあいをよそに、法雨はすっかり別の事を考えていた。
(雷さん、そんなに様子がおかしいのかしら……?)
 まったくその二人のやりとりは眼中にはないという様子の法雨は、なんとなく雷の事を考える。
 そして、先ほど助手の彼から聞いた情報を反芻しつつ、
(今度いらした時、お疲れの様子ならアタシからも訊いてみようかしら)
 と心に決めたのだった。
 
 
 
 そして、相変わらず騒がしいみさとが再び法雨みのりの店を訪れたのが、その次の日のことだった。
「姐さん! 事件っす!」
 そうして、そのように意味の分からない言葉を挨拶に来店した彼は、入口に近いテーブルに座る客たちの注目を集めていた。
「ちょっと何よもう。お客様がいらっしゃるんだから、変な入って来方しないでちょうだい」
 そんな彼を法雨が窘めると、彼は少しだけ反省したようにしたが、相変わらず落ち着かない様子で法雨の後に続く。
 そして、人気が少ないカウンター端の席に案内されながらも、彼は言った。
「す、すいません。でも、でもでも、俺! 俺! いてもたってもいられなくて! 誰かに聞いてほしくて!」
「もう、今日は一段と落ち着きがないわね……」
 法雨がカウンターに入った後も落ち着けず、未だ席にすら座れないらしい彼に溜め息を吐き、法雨は続ける。
「何? ついに恋人でもできたの?」
「!!」
 法雨がそう言うと、彼は大きな反応を見せた後、脱力した様子で
「いえ……それなら……どれだけ良かったか……」
 と言った。
 その様子がころころと変わる彼にまた溜め息を吐き、法雨は再び言う。
「はぁ……もういいわ。早く話して」
「あ、はいっ……あのですね……実は、実は実は……っ! あの! あの雷さんに! 好きなヒトが出来たみたいなんですよ!!」
 
 
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