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第五章『 独り占め 』 - 01 /02

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「そうだ瑞尊みこと君。すっかり言い忘れてしまったんだけど――」
「は、はい! なんでしょう?」
 絶対に誰にも見られたくない様子で過ごした一晩を経たその日。
 僕は予定通りに先生の車の助手席に座り、京都へと向かっていた。
 そんな中、僕はひたすらに先生の運転姿とドライブ中の会話を堪能していたのだが、話題が変わった時の受け答えはと言えば、一向に緊張しきりなものであった。
 だがそんな僕の様子に慣れてしまったのか、先生はそれを気にしていない様子で、少し申し訳なさそうに続けた。
「今日泊まる旅館の部屋が、君と俺で相部屋になっちゃうんだけど……大丈夫かな」
「………………ほ……?」
 僕は、これまでの人生でそのようなリアクションをしてしまったのは、その時が初めてだった。
 
 
 ―第五章『独り占め』―
 
 
 どのような会話をしていようとも、“ほ”の一音で返答をする事はまずないだろう。
 だが先生は、そんな僕の“ほ”すらも何という事はない返答として受け取ってくれたらしく、更に言葉を続ける。
「俺も相変わらず抜けっぱなしで申し訳ないんだけど、一部屋しかとってないのを今さっき思い出してね……」
 僕はそんな言葉を聞きながら、その抜けっぱなしの先生に感謝した。
 確かに一週間もの間、他人と寝食を共にするのは非常に緊張する。
 ましてや教授と助手の関係であり、会社的には上司と部下だ。
 緊張どころか死ぬほど窮屈だろう。
 だが、僕にとってはそんな上下関係よりも、“片想い五年目の相手”という関係の方が重要視すべき点だ。
 そしてこの点を踏まえると、そうして一週間同室で寝食を共にする事は、喜ばしすぎる事態なのだ。
 その為僕は、心の中で――喜んで!! ――と叫びながら、
「ぜ、ぜ全然大丈夫ですよ」
 と、“ぜ”を二つもオマケして問題ないという意を伝えた。
 すると先生は、ほっとしたように、
「そうか、良かった。もし窮屈だったら言ってね。その時は何か対処法を考えよう」
 と言って笑んだ。
 そんな先生に、僕も頷き笑い返すようにした。
 そして、
(それに……)
 と、心の中で綴る。
(もし僕が先生に片想いしていなくて、上下関係しかなかったとしても、先生となら窮屈になんて感じなかったですよ)
 そうして、決して届くはずのないその思いを密かに綴り終えると、僕は現実に戻り、その先の時間も先生との二人きりの時間を過ごした――わけなのだが。
 結局その後も僕は緊張しきりで、相変わらずおかしな反応ばかりしてしまったのだった。
 しかし、そうして始終繰り出される僕のミスも、先生は難なく受け入れて対応してくれた。
 そんな先生には感謝しかない。
 僕は道中そう思いながらも、運転に集中する先生の横顔を盗み見ては見惚れつつ、その後のドライブを引続き満喫した。
 因みに、途中の休憩所で食べたアイスクリームの味や、道中で飲んだ飲み物たちの味は、まったく記憶に残っていない。



 その後、約六時間ほどのドライブを経た僕は、一切の疲れが見られない先生と共にとある旅館へと入った。
――少し変わった旅館だから、社会見学にもいいかもしれないね
 実はここに来るまでの道中、先生は僕にそんな事を言った。
 だが、そう言われた時の僕は、一体どういう事なのかよくは理解できずにいた。
 だが僕は、まさにこの旅館に入った直後にその言葉の意味を理解したのだった。
 実は、旅館に入る前のあたりから少し妙な感覚を覚えてはいたのだが、それがまさかこのような理由だったとは思いもしなかった。
 まず、その旅館は人気の多い街からはやや外れた場所にあり、道中の人気も少なく、新緑の木々に囲まれた穏やかな佇まいをしていた。
 だが、だからといって古めかしくもなく、旅館は内外共に綺麗で、その景観から不安を感じるような事はなかった。
 むしろ僕は、そんな景観からその旅館に神聖さすらも感じ、わくわくもしていた。
 それゆえ、僕はその旅館にわくわくしながら入ったのだ。
 だが、そこで僕は、感動するより前に、目を丸くする光景を目の当たりにした。
 僕と先生がその旅館に入ると、玄関口にはちょうど女将さんらしき美しい女の人がいた。
 するとその女の人は、先生の顔を見るなり笑顔で僕らを出迎えてくれた。
 予想通り、その人はこの旅館の女将さんであった。
 そんな女将さんはといえば、先生と随分親しげに挨拶を交わしていたのだった。
 その様子から、恐らく長年の馴染みなのだろう、と僕は思った。
 そして、僕がそんな事を思っていると、その女将さんは先生から僕の事も聞いていたらしく、僕にもその美しい笑顔で丁寧な自己紹介をしてくれた。
 だが、その時すでに僕は別のものに気にとられていて、なんとか平静を装っての自己紹介を返すので精いっぱいだった。
 何せ、その女将さんの肩には、小さな丸い“何か”がいたからだ。
 しかもそれは、女将さんの肩で時折嬉しそうに跳ねていたのだ。
 それゆえに僕は、女将さんの美しさにも驚いていたが、その丸い彼を見つけてしまってからはずっと、彼に目を奪われてしまっていたというわけだ。
 すると、そんな僕の様子に気付いてか、女将さんはくすくすと笑いながら、何も悪さはしないからと言った。
 しかし僕は、そんな女将さんの言葉にすら気の抜けた返事をする事しか出来なかった。
 それほどまでに驚いてしまっていたからだ。
 だが、そんな中でもただひとつ、この女将さんも“視える人”なのだという事だけは理解する事ができた。
 また、そのすぐ後に女将さんが僕らを部屋まで案内してくれたのだが、僕はその後もまた、つい前を見るのを忘れてしまうほど、旅館内の“変わっている部分”に気を取られながら泊まり部屋まで向かったのだった。

「――せ、先生……あの……」
「ふふ、驚いた?」
 部屋から女将さんが下がった後、困惑しきりの僕が先生に声をかけると、先生は僕が何を尋ねようとしているのか分かり切っているらしい様子で、悪戯っぽく微笑んだ。
「は、はい」
 女将さんの肩から始まり、この部屋に来るまでの間、僕はこの旅館の中で異常な数の“人ならざる者”を見た。
 だが、そんな彼らの様子は、僕がこれまで見た、――よく見る彼らの姿――とは一風変わっていた。
 そう。彼らはまるで人間のように、旅館スタッフとしての振舞いをしていたのだ。
 もちろん人間のスタッフもいたのだが、そんな人間たちと同じように、――また、一般客などの人前に出る者たちは人の姿に化けながら――数多くの怪達が旅館の掃除をしたり、接客をしたりしていた。
 また、恐らくは僕や先生のように、怪たちと交流が深い者の前では元の姿で接客をしているのだろう。
 僕たちが案内された奥の間にゆくにつれて、素のままの姿で働く怪を多く見かけた。
「ここはね、人間好きだったり、変わり者だったり、仲間たちに馴染めずのけ者にされた怪たちの居場所なんだ」
 窓際にある椅子にゆったりと腰を落ち着けた先生はそう語る。
 僕はそんな先生の話を聞きながら、用意されていた茶器を扱う。
「変わり者……」
「そう」
 先生はゆっくりと頷く。
 僕はそんな先生の手前へ、手早く煎れた煎茶を置く。
 すると先生は、
「有難う」
 と、笑顔で礼を告げ、それにゆっくりと口を付ける。
 それに対し、僕も、はいと笑顔を返し、先生の向かいの椅子に座る。
 そんな僕を確認するようにして、先生はまた、彼らについて語る。
「彼らの中にも、彼らの“普通”が存在する。でも、俺達人間と同じように、その者たちにとっての“普通”になれない者もいる。そして、その場合どうなるか……――人間よりも野性的にそういった異質感を感じやすい彼らは、徹底的にそんな異質を排除しようとする」
 僕は、そんな先生の言葉を静かに聞きながら煎茶をひと口頂いた。
 夏らしく渋過ぎないさらりとした味わいが、舌を喜ばせる。
 先生もまたそれに口をつけ、目を細めてはまた続ける。
「怪にも住処は必要だ。でも、怪ほど住処探しに苦労する種族もいないだろうね。自然の少なくなった今、人間の作り出した場所、人間の作り出した物、人間の多い場所を住処に出来ないならば、元の住処を追われた後は、ただ世を彷徨い続けるだけになり、その後は死ぬか、別のものになる」
「彷徨っているうちに穢れてしまうんですね」
「そう。何によって穢れてしまうかで、彼らの行く先が変わる。でも、彼らはそれを選ぶことはできない。だから、そんなのけ者にされた怪がそのままの形で安住の地を手に入れるには、幸運か、第三者の介入が必要になる」
 先生の言う“幸運”とは、運よく新しい住処を見つけられるという事だ。
 そして、“第三者の介入”とは、他の怪か、彼らより上位に属す神々、あるいは人間が救いの手を差し伸べるという事。
「――という事はつまり、この旅館で働く怪たちにあったのは、幸運ではなく、あの女将さんという第三者からの救いの手の方だった、と……」
「そう言う事だね」
 先生はゆっくりと頷いて微笑む。
 そんな先生の話を元にするならば、この旅館にいるあの怪たちは、彼らの同族になんらかの理由で馴染めずのけ者にされてしまった者たちなのだろう。
 僕はなんとなくその事を改めて考え、心が痛むのを感じた。
 僕自身も、この“人ならざる者”が視える事、そして恋愛対象が同性である事から、いわゆる“普通”からは外されてしまう事が多かった。
 だからこそ、全てを隠して生きてきた。
 隠していれば知られない。
 知られなければのけ者にはされないで済むからだ。
 しかし、怪の世界ではそれが通用しない。
 当人が何をしなくとも、気配、あるいは香り、行動から気取られてしまうのだ。
 僕は、もし自分がそうだったらと考え、恐ろしくなった。
 
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