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第四話『 情 』 - 01 /07

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「あ~疲れた~。やっぱ荷物少なくても荷解きって疲れんなぁ~」
「だな~、あっちぃ~……夏に引っ越しなんてするもんじゃねぇわ……」
 二人の青年は、新居となるその部屋で仰向けになりながらそう言った。
 彼らの引っ越しは、一般的な引っ越しに比べれば荷物の量は少ない方だった。
 だが、それであっても二人分の生活用品や必需品をもっての引っ越しともなればそれなりに労力のかかるもとなった。
 彼らその日、引っ越しの作業自体は午前中に済ませていた。
 その為、その作業が終わるなり、早々に夏らしい色合いのカーテンをつけ、その後は昼過ぎからひたすら荷解きをしていた。
 そして、それから数時間程の格闘を経て、カーテンが橙色に染まり始めた頃。
 流石に空腹感を覚えた二人は、荷解きをそこで一時休戦することにし、今に至るのであった。
「――飯、外行くか?」
「いやぁ出前でよくね~? 外あっちぃよ……」
「あ、じゃピザ食おうぜ。引っ越し祝い」
「それ。名案」
 二人は仰向けに寝転んだままそんな会話をし、少ししてからBGMを流していたノートパソコンを手に取る。
 そして、肩を並べてピザのメニューを吟味ぎんみし始めた。
 するとそんな中、襟足の長い髪を銀色に染めた方の青年が言った。
「なぁ、そういやさ、ここってマジで事故物件なわけ? なんか古ぼけたアパートだとは思ったけど、中も全然キレーじゃん。大家さんもすげぇ引き留めてきたけど――ここ、そんなやべぇの?」
 そんな彼の問いに、彼よりも短めに長さを整えた茶髪の青年が、意味深な笑みを作りながら答える。
「そう。そんなにやべぇんだよ。――一応、事故物件になった理由は、二年前にここで男が自殺したってのが原因なんだけどさ、実はそれだけじゃねぇんだよ……」
「えっ、マジ……?――あ! わかった、アレだろ。ここにその男の霊が出るとか!」
 銀髪の青年は、瞳を輝かせながらそう言った。
 だが茶髪の青年は、残念! と声を張り上げてから、また声を潜めて言った。
「実はな……ここに出るのは男じゃなくて、女の地縛霊なんだよ……。でな、前にここで自殺した男は、その女に生気抜かれて憑りつかれた後、あの世に引きずり込まれるように突然自殺したんだってよ……」
「うっわマジかよ! こえぇ~!」
 銀髪の青年は、そう言いながら腕を擦った。
 そして、茶髪の青年は、そんな彼の様子に満足した様子で更に語る。
 それから二人は、そうして面白おかしくこの部屋における"いわく"についてを語り合った。
 そして、それから三十分ほど経った頃に注文していたピザが到着すると、二人は用意した酒を開け、そのピザを食し、少し早目の夕食を楽しんだ。
 そうして満腹にもなり、更に気分が良くなった二人は、荷解きを放ったままその後も一晩中騒がしく過ごした。
 本来ならば、このような壁の薄いアパートでそんな大騒ぎをすれば苦情が入ってもおかしくはない。二人もそれくらいはわかっていた。
 だが、どうやらこのアパートに住んでいる住人は現在、この部屋から最も遠い101号室の住人のみとの事だった。
 しかも、真下の103号室の住人は、現在ほとんど部屋にはおらず、更には近日中には引っ越すのだそうだ。
 そんな事もあり、入居時からお構いなしに騒げると喜んだりもしていた。
 更に、こうして騒ぎたいだけ騒げのなら、彼らそれぞれの趣味で迷惑をかける事も文句を言われる事もない。そして、ルームシェアにより、ただでさえ安い家賃も更に安価となった。
 そのような事からこの部屋は、二人にとってこれ以上にない最高条件の部屋であった。
 そして何よりも、ここは心霊現象が目撃されている事故物件なのだ。
 ここまで好条件がそろっていれば、願ったり叶ったりといったところである。

「――荷物、それで最後か?」
「あぁ」
 そうして散々騒いだ次の日。
 二人は、再び昼間から荷解きを再開した。
 そして、全ての荷解きを終えたのは、その日の十四時頃であった。まだ昼間と言ってもよい時間だ。
「やっと全部片付いたなぁ~」
「だなぁ……あ、そうだ」
 そうして荷解きを終えたところで、茶髪の青年は何かを思い立ったようにそう言った。
「あ?」
 銀髪の青年は、それに応じるように疑問を超えにした。
「荷解きも終わったし――」
 すると、茶髪の青年は、そう続けるなり銀髪の青年の肩を軽く押すようにしてやんわりと押し倒した。
「え、昼間ですけど」
「いやぁほら~昨日酔ってたからなんかよく覚えてなくてさぁ~」
「はぁ、まぁそれは俺もだけど」
 銀髪の青年は、そんな彼に抵抗する事もなく溜め息を吐いた。
「と、いう事でぇ……お邪魔しま~す」
 すると、それを合意と見なしたらしい茶髪の彼は、銀髪の青年の股に割って入るような形で、口づけ、茶髪の青年が彼の衣服を乱してゆく。
 銀髪の青年も、なんだかんだ言いつつそれに合わせてその身を彼に委ね、押し付けられたそれに応じるように腰を浮かせ、少しずつ己の熱を高めていった。
 そうしてそれから少しの間、二人の乱れた息遣いと、けたたましい蝉たちの声だけがその部屋を満たす事となった。

 お互いに体の相性が良いと言うだけで、恋人でもないのに体を重ね、二人は友人という関係のまま淫らに学生生活を共に過ごしてきた。
 そかし、そんな二人が新居で生活を始めた数日後。
 彼らの共同生活は、終幕となった。
 銀髪の青年が一人、その203号室を出ることなったのだ。
「マジでごめん。でも、俺もう無理だわ」
「おう。まぁ気にすんなって」
「わりぃ――てかさ、お前も一緒に出た方がいんじゃね……もしかしたらお前も――」
「だぁいじょ~ぶだって! 俺は自殺なんてしねーよ。――それに、俺はコレが生き甲斐なの。だから、コレやめて人生送るくらいなら死んだ方がマシって感じだからさ、心配すんな」
「そ、そっか。じゃあ、その、気をつけてな。――また、連絡はするから」
「はいよ。俺もまた連絡するから。お前も、気を付けて家帰れよ」
「うん、ありがと。じゃ、また」
「おう」
 そんな彼の返答に、銀髪の青年は少しだけ安堵した様子で笑んだ。
 そして、彼はそのアパートを後にした。
 彼らが話していた通り、やはりこの物件には女の地縛霊が居るようだった。
 二人は、この数日で毎晩その女による恐怖体験をした。
 だがそれは、二人とも予想していたことだった。もしかしたら、今度こそ本物の霊を見られるかもしれない。そう思ったからこそ、その物件に引っ越したのだ。
 だがその“本物の霊”は、銀髪の青年に、想像以上の恐怖を与えた。
 それゆえ、その事に耐え切れなくなった彼は、次の引っ越し先が見つかるまで一時的に実家に戻る事となったのだった。
 そうして、まだ明るい時間だというのに、ずいぶんと怯えた様子で話す彼を宥めるようにして見送った茶髪の青年は、そこで一息つく。
 そして部屋の中を見回しながら一人呟いた。
「こんな最高の物件……出られるわけない……」
 彼は、その想いを声にした途端、抑えきれぬ興奮がせり上がってくるのを感じた。
 それにつられて自然と口角が緩む。
 "オカルトマニア"。
 彼はいわゆる“そういった類の人間”だった。

 そして次の日。
 そんな彼は、とある人物と電話をしていた。
『あの、あの子がそちらを出た後、どこかに寄ったとか、何かわかりませんか……』
「はい……すみません。ここで彼を見送ってからは、僕も彼とは連絡がとれていなくて……」
『そう、ですか……。わかりました。ありがとうございます』
「いえ、お力になれずすみません。何かあれば僕も協力しますので、その時はまたご連絡ください」
『はい……ありがとうございます』
 電話越しの女性の声は、心底不安そうだった。
 だが、彼はただそれを宥めるような事しか言えなかった。
 本当に力になれる事がなかったのだ。
 だから彼は、その女性に見つかったら連絡をして欲しいとだけ頼み、そのやりとりを終えた。
 その女性は、彼の友、あの銀髪の青年の母親だった。
 どうやら、先日にこの家を出て行った彼は、予定の時間になっても実家に戻らなかったらしい。
 そうして、あまりにも連絡が取れない事から、流石におかしいと思った彼の両親は、ついには警察にも捜索届を出したそうだ。
 そして、今は家族総出で彼の友人や知人へ連絡をとり、彼の足取りを探し続けているらしい。
 また、その直前に彼と直接会っていたという事で、先ほど警察からも連絡を受け事情を話したりもした。
 殺人や誘拐にでも遭わない限り、そうそう簡単に人間が消える訳がない。
 オカルト好きの自分でも、流石にそんな事は分かっていた。
 だからこそ、彼の疾走も、一時的な騒ぎで済むはずだ。
 友人の母や警察とのやりとりを思い出しながら、彼はそう思っていた。
 だが、それから数日経過しても、その友人が見つかったという連絡が入る事はなかった。
「マジか……」
 そして、そんな事実に対し、彼は一人そう呟き、部屋の中を見渡した。
 その時、なぜだか彼は静かに興奮していた。何か楽しい事が起こるという予言があったかのように、頭に血が上り興奮で思考が鈍くなってゆく。
 その興奮に背を押されたかのように、彼はノートパソコンを立ち上げた。
 そして、とあるサイトにアクセスする。
 彼がアクセスしたそのサイトは、その手の界隈では老舗ともいえる有名サイトで、全国各地の事故物件を掲載しているもサイトであった。
 彼は、そのサイトにアクセスするなり、今度はそのサイトのメールフォームへと移動した。
 そして、そこに表示されている連絡内容のカテゴリーの中から――事故物件情報――を選択し、震える指でキーを叩きながらとある情報を送信した。
  
 
 
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